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第4話 笑う つかの間の自由

第4話 笑う つかの間の自由




 


「マフラー編んでた子知ってる?」


「知ってるよ。ビバリのことよね。」


「学年最後のテスト、数学、100点だったってよ」




ケイ中学校 校区のケイヤ神社




キッコとトウコが声を弾ませ鳥居をくぐる。




朝の空気を吸い込む。


鳥居の前で一礼。顔を上げる。




鳥居の向こうには、土俵。




身体がぶつかる。


ソラはトワの右を差した。


一気に土俵際まで追い込む。


持ち直す。息が詰まる。




どさっ。




土俵の匂いがする。


せまい背中に泥がつく。


そんきょ。見合う。




「見てくださいって感じだね」


キッコがトウコに言う。


「何?」


「はっけよーいのときのお尻よ」


「なぁーんだ」




どすっ。


細い身体が土俵に落ちた。




鳥居のそばで、二人が見ている。


背中の泥が汗を吸う。


白いまわしについた泥。


食いしばる。脇をしめる。




お昼近く。




掃く。 湿った土。 ブルーシートでおおう。




むき出しの身体がすっと伸びる。 目をつぶる。




礼。 三秒。




二つの丸刈り頭が起き上がった。





七秒


「ねー、ねーってば」 キッコの声にソラがつかまる。




すっ、すっ。




あっ、えっ。


温もりが近づく。




「その髪、いつ切るの」


ずくずく感じる。




「ああ、伸びてるよな」


「早く切りなよ」





-------------- 


「あはは」 トウコの声が通り過ぎた。


帰り道。


「切って来るかな、明日」


トウコが何気に言う。


「どうかな」


「男の子って予約すんのかな」


「するわけないよ。ビーってバリカンよ」


「あはは」


「学校だと怒られちゃう」




-----------------




ぺっぺっ、ぱっぱっ、


日焼けを重ねた尻をはたくトワ。


尻から太ももに、乾いた泥がまだらについている。




薄い泥の粉がふわっと浮く。




「おじさんが、俺らを褒めてた」


「おじさん、今日いなかったね」




「みんな稽古来なくなったって」


「前は20人くらい来てたって」


「それ聞いたことある。2人でもいいじゃん」


「まあな」




トワは着替え場に向かった。





ソラは後ろの縦褌をにぎり、くくっとさせた。


四股を何度か踏んだ


もう一度くくっとさせ、着替え場に向かった。




----------------------------


今日は男の人の...


「ああ、また男の人についてか。立てないとね、男は」


さんざん聞いてきた。




わかってるよ、もういいよ、キッコは飽きている。


トウコはメモを取っている。




四月、まわしがどっさり届いた。


去年、ソラとトワがもらって、次の日はしゃいでたな。




どうせ痛いよ。




仕分けて、


むき出しのまわしを、袋に入れる。




きちんとそろえて。


暖かく柔らかい手。




-----------------------




下校、川辺。


「昨日、ザッっと配られたみたいよ。まわし」


「ふーん」


トウコの声が湿る。




「いいじゃん。私らがどうぞって配るってのも」


「どうぞ? ないない」


「あはは」


キッコにつられてトウコも。




右手を大きく上げる。


「がんばれよー、一年生」


「一年生さま」


「一年生さぁまぁ」


「きゃはは」


「ふんどしー」


「まわしよ」


水面に響いた。





「私だってぇー」


声が詰まる


「ざまあみろー。痛い目あってこーい。」


走り出した。




------------------




「おっ 始まってんな」


ソラは去年と重ねて見る。


新品のまわしを締めた1年生が恐る恐る土に向かう。


ごっろ、ごろ。


新品のまわしが、白いお尻を締め上げている。


泥が、ねとってつく。




「あんなにきれいだったかな、おろしたての色」







曲がり角、


キッコとトウコはソラを捕まえる。


「もう相撲始まってたね」


「あぁ」




「お前らあんまり見んなよ、相撲。一年坊主だと思って寄っていくなよ」


「わかってますよ。殿方」


キッコがふざける。




「でさ、まわし袋詰めしたの私たちよ。1年生の」


「だからなんだよ」


「あんたのまわしもそん時の2年の女子が握ってー、袋詰めー」


「女に感謝しろ、 あはは」


「うるせぇ、袋詰めくらいで」


「じゃあ洗ってあげよっか。端から端まで。ごぉしごぉし」


「もういいよ。ありえねえし」





「洗ってあげようか、私も」トウコが耳を赤くしながら。





--------------------------


週末 明日何人神社に来るかな。




土俵際まで追いやって、エイ。 でも、トワの左手強いんだよな。


前の稽古を思い出す。


あ、髪切らなくちゃ


引き戸を開ける。


3mm


いつもの声、いつもの振動。 バリカンが前髪から進む。


もう一年経つ。丸刈り。


たまには6mmもいいかな。




-------------------------------


トウコ来るかな?




トワ


帰りながら、手を生え際にあてた。


そういえば、初めて坊主にしたとき、・・・


生え際、産毛みたいだったな。


今は、どうだろう。


生え際を指でこする。去年の今頃みたいに。


やわらかいのはなかった。


両手で、頂点、耳、首筋・・・


まるまるまる、ごしごし、ずるっ、じじ。




ガラスケースの中にワンピース。ガラスには、俺。






----------------------




「まわし?」 キッコ


「洗った事ある、兄ちゃんの」


「そうなんだ、で?」


「トワのまわし、洗おっかな、」


目がわずかに泳ぐ。


わざと目を見ないきっこ。




遠くから小さな男の子の声がする。




「洗うとき臭いの?」雰囲気を変えたい。


「それがさー、臭いのなんのって」


「うわぁー」




「いろいろ染み出てくるよ。」


「きゃはは 何よそれ」


いたずら顔のトウコの爪はいつも短い。




------------------------------------------




トウコの歩いている道。


塀の向こうに水の音がする。




軒先にぶわっと広がったまわし。




たんたんと、ブラシでこする。水をかける。


茶色の汚れが流れ出る。


におう。


無意識に指が動く。


かりかりこする。


ぱん、ぱーん


ぬれたまま、たたく。


まわしの折りじわをみつめる。


ぱん、じゅるっ、じゅっ


薄い茶色。




隣と向かいはもう干してあった。




-------------------------------


ケイヤ神社




「はだしになろうか」


鳥居の近くでトウコが言う。




「えー靴でいいじゃん」


「だめ、オトコががんばってるのよ」




「キッコ、な・に・し・に、きたんだ?」トウコがちょっとだけ真剣になる。




「うちらの担当、ソラとトワ」キッコがふざけて言う。


「なにそれ、そんなのないし」


「去年の・・・」


本当にだいたいの感じで決まっていた。




今ではソラとトワを放っておけない。




だれも見ていない。前回は靴はいてた。ソラ、トワは気にしないだろうが。


靴の中に、靴下を入れ、境内の隅に置く。




「土俵の近くまで行こうか」トウコがさそう


「えーここでいいよ」




すんずん行くトウコにつられ、土俵の近くに。


近くと言っても、夏祭りの観客席で言うと一番遠い場所。これ以上は近づけない。


正座をして、見る。


ふたりとも、すっと姿勢が伸びる。


両手を腹の下でそろえる。




「ここも土ならいいのに」


砂利の上で背筋を伸ばす。息を吸うと肩がわずかに動く。


腰のあたりが目線だ。




歯を食いしばる、


上がる足。


土踏まずは白い。





稽古は単調だった。


ソラとトワが声を出しながら四股を踏む。


同じ動き。


太ももの内側の筋がぐっとしている。




ドスン、崩れる。


ソラは右肩を押さえる。




鼓舞する。


ぺち、ぱん、ぺち、自分の尻を手でたたく。肌と肌。


ぶつかっては、押す。繰り返し。




息が上がる。




ソラはまっすぐに立ち、腰を落としぶつかる。





春の日差しが皮膚に当たる。


尻たぶについた泥。


後ろ縦褌に右手中指をかける。


く、くい。


肩が上下に揺れる。


ふーふー。


だんだん音が消える。





ほうきを持つ。


さ、さー、さ、さー




ざ、ざざ、


ブルーシートをかける。


四隅を固定。






セーター姿の二人が立ち上がる。キッコ、トウコ。


あごを少し弾き、視線を落とす。




坊主頭の細い体がすっと伸びる。


背筋の筋肉が動かない。




礼、




四人の静寂。






-------


ケイヤ神社


-------






鳥居が遠くに見える。


薄手のセーター。


セーターの色。


「派手だったかな」


「その色はまずいよ」


「次はやめとく・・・」


ふふっ


「動き、完璧、仕込まれた通り」


「去年はつらかったね、正座、お辞儀」


「キッコも、すっとできるじゃん」


「できるもんね」


にっ。小さく歯が見えた。


「一年の小娘ども、次はお前らの番だ」


ははは、


「髪しばって待ってろよー」






着替え場所に向かう。


「キッコたち、急になにしてんだ」


「あれがホントだし。いいんじゃね」


「去年さんざんだったな。あいつら」


「ああ」




「応援って男だけらしいな」


「うん」


「女は遠くで」


「見るだけ。声出せない、トウコが言ってた。」




Tシャツの内側に3mmの頭が吸い付く。


「ああミスった。引っかかってる」




---------------------------------------------------




「ほうきくらい、手伝いたいな」


曲がり角の近く、川のせせらぎに混じってキッコが言う。




「土俵に近づいてはいけません。ほうきを触ってはいけません。あれは、ただのほうきではありません。オトコのぉ、ものです」


「ワー似てる。去年の仕込みのやつよね、それ」


きゃはは・・・。


「去年の今頃よね。…きつかったー、あれ」




「で、でーもー」キッコが歌いだしそうになった。


「でも、まわしを洗うときはていねいに。キリッ」


「さわるじゃーん」


ぶ!ぶはははは・・・。




二人は、無意識にすねをさすった。


「慣れたもんよね」




漏れた言葉は、川の音に吸い込まれていった。


口では笑い飛ばしながら、身体は痛む。


仕込みが刻まれている。





-----------------------------------





「今度学校で大会あるって?」


「見ていいの? 私たち」


「遠く、とおーくからだって」




「応援は?」


「オトコだけ」


「私らはじっとしてって。岩みたいに」


「いともどおり正座」




キッコの小さな興奮がもっと小さく。




ケイ中学校




グラウンドの隅。正座。


はだしの私たちは指定された場所に、岩のように固まっていた。


遠い土俵、


泥を踏む音、男たちの声も、春の風の向こう側。




耳の奥で仕込みがよみがえる。


私たちは伏し目がちに、まつ毛の隙間から、土を蹴るソラたちの足首だけを追った。


勝負がついても、声は出さない。


ただ、膝の上で両手を重ね、心の中でだけ、熱い拍手を送った。




予選の終わりを告げる笛が鳴る。


土俵に、さらに濃い緊張が満ちていく。




いよいよ、決勝トーナメントが始まろうとした。


「見ていいの?ここまでじゃない」


焦りの表情が伝播する。




「起立」


号令に安堵する。


決勝の応援は、男だけ。


土俵の熱狂を吸い込めるのは、同じ泥を被る資格のある者だけ。オトコ。




礼...


視界には足の爪。




私たちは、一度も振り返らずに足早に歩き出す。


はだしの裏の冷たさ。


柔らかい足裏。


背中越しに、決勝を告げる野太い歓声が、遠ざかっていく。


校舎の冷たい廊下に踏み入れたとき、私たちの「応援」は、窓ガラスの向こう側で、音を立てずに切れた。


もっと裸足でいたい。靴下を伸ばす。


-----------------------------------





負けたトワは、握力を鍛え始めた。


考えることがあちこちに。


相撲、どうも指に力が入らない。まわしをつかんでも切られる。


握力を鍛えはじめたトワは、腕も張ってきた。


教室は騒がしい。


「マワシ、自分で洗ってんの?」誰かがきく。


「俺は自分だよ。まだ自分だよ」


「『まだ』って。誰から洗ってもらおうと思ってんだよ」


ふざけた会話が教室内に広がる。


妹、姉。公言していいのはこの関係。


ただ、洗いたいと言うから、週に一、二回してもらっている。




本当は触ってほしくない。負けた後のトワのマワシ。


----------------------





雨。夏に向かう雨。


やんだ。


「もうすぐ髪、切らなくちゃな」


トワはそう思いながら濡れた木々を見る。


涼しい。


「雨あがり」キッコが言う。


「何でもない」


キッコの頭の中に、負け姿が浮かぶ。


トワは自宅の庭にいた。


カチ、ギーギー。


バリカンの音がいつものように。




-------------------------------------




前回の大会で勝ち上がったトワ。


今回は早々に負けた。


立ち合い。


低く当たる。


相手の上半身をおしあげた。


相手が左にのけぞる。


攻める。押す。


わきに相手の手がかかる。


ふっと上に体が起きた。


土俵際で押し倒され、土がついた。





「何だったの」トウコが聞く。


「相撲のこと聞くなよ」


ソラの顔を見て黙るトウコ。




「体が上がったんだよ。脇持ち上げられて」


--------------------------------




「力比べなんだよな」


トワがつぶやく。


雨上がりも何もない。


土俵から出すか、地面につけるか。四六時中考えている。


根を張るように動かない。これも相撲である。


うごかせない、うごかない。


「立ち合い、低く当たる」


「押す、脇をしめる」


わかっていても続く。


はあはあ、ぜい。負けたトワは稽古で心を支えた。




負けたトワの稽古。


負けたものが集められ、勝ったものと分けられる。


叱責と指導。


すり足。足の裏はもう硬い。膝、もも、どんどん熱くなる。


汗が全身を流れる。


押す、押す。


押しては転がり、押しても動かない。


はー、はー、息が。


崩れ落ちても立たないと。


ああ、勝たないと、勝たないと。


-----------------------------------




「いってこい」


「低くいけよ」


太い声をかき分け、土俵に上がる。


ぞわっとする。


仕切り線が、いつも怖い。


頬を叩き、頭を触る。ちくっ、ザラ。


仕切り線を見る。


見合う。


土俵に両手をつく。


立ち合い、押す。まわしをつかむ。押す、押す。真っすぐ。


勝ち名乗り。




礼。




降りる。


何秒だっただろう。たったこの時間のために。


この時間が繰り返される。目の奥で。


----------------------------




「昨日、まっすぐ押し出したそうね」


正座したトウコの声が弾む。


「相撲のこと、聞くなよ」


トワの声も元に戻った。


「喜んでんじゃん。ずんずーんって押したの?」


「なんだよそれ」


「はははっ」




「でさー、今度の大会は?」トウコが聞く。


「どうかな……」


正座して微笑むトウコの口。




「足、崩しなよ」


あと二回言われないと、トウコは正座を崩せない。規則。




「楽にしなよ」


あと一回


「もう一回言ってよ」


「ごめん、楽にして」


ふふふ、ははは


つかの間の自由。




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