第3話 マフラー それぞれの冬
第3話 マフラー それぞれの冬
イクト
暖房が効いていた。
俺の背中に、いつもと違う汗がにじんだ。
「ここで好きな本を読んでいいよ」
「疲れたら帰っていいからね」
そう言われて、少しだけ戸惑う。
好きにしていい、と言われても、何をしていいのかわからない。
椅子に腰を下ろして周りを見ると、同じように座っているやつが何人かいた。
どれも日焼けとは縁遠い顔で、頬も耳も白い。あざや傷はない。
誰も、こっちを見ない。
俺はここにいる。
でも、どこにもいない気がした。
ぼさっとした髪を指で挟みながら、もういいや。
ひとり部屋に案内された。暖房を消した。外の風の音を聞く。
窓を開けようにも、数センチしかあかない。
暖房を消した部屋の空気は俺の頭を冷やした。
わずかなしかあかない窓を開けた。寒風が顔に当たる。
シャツ一枚になった。
ざっとシャツを脱ぎ、足を広げ、腰を下ろし、片足に力を入れる。うごけない。
そのまま目を閉じた。
逃げたい。
「イクト君、イクトくん、安心して。」
うるさい。
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ケイ中学校
俺のいない教室で。
もう一度美容室に行ったショウコ。
むき出しの耳。
「今から、叱られに行くね」
「ショウコは、がっつり刈り上げ。」ビバリが空気読まず言う。ほんとやだ。
ショウコは少しだけ笑った。
「先に帰ってていいよ、ビバリは」
ショウコは暗い部屋に向かった。
素にもどるビバリ。
髪だけじゃない、ビバリは知っていた。
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狭い部屋だった。
いくつかの声が、順番もなく重なってくる。
言っていることは、わかる。
頭では分かるのに、どこにも落ちてこない。
正座した足の感覚は、もうなかった。
「……伸ばします」
そう言った気がする。
言わされたのかもしれない。
ほかにも、あれこれあれこれ、...
外に出された。
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暗くなった公園で、ショウコがベンチに座っていた。
首を上に向けて、空を見ている。
「あ」
しばらく見なかった先輩。
指。赤い光。
「吸う?」
少しだけ間があって、
「……うん」
火をつける音。
むせた。
しばらくそのままでいた。
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季節は同じままである。俺は教室にいない。
期待しないで、私はもとにもどらないから。ベッドの上でつぶやく。枕もとのライターに手をかけた。
もう何度目だろう。ショウコはまたせまい部屋で言葉を浴びる。言葉の痛みも感じない。
木曜日、金曜日、月曜日。 朝から狭い部屋にいた。
窓がきしむ。 すりガラスしか見ていない。
暗い。
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そうきんがけ。頬をあかくしたアコ。板目を見る。
床の小さなごみ。人差し指と親指で挟む。
いつものルーティン。
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鏡台の前で正座するビバリ。 きょろきょろと落ち着きがない。 それでも、心だけはひとつの場所を見つめていた。
左手で前髪を持ち上げ、右手にはピンを握る。
やわらかくふくらんだおでこが、いつもより広く見えた。
髪を硬く結い上げて立ち上がる。 えい。
外に出た。
両手がぶらん。両手を広げる。
目の上に空気と光。
こんなのはじめて。んん。
軽くなれ、私。
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教室。ビバリ。
「おでこ、出したの、いいね」って言ってほしい。
言われない。
準備してきた。
「前髪、面倒だから上げたの。切るのも大変でしょ」
言葉をしっかり考えたんだけど。
きょろきょろ。
あっちも。こっちも。おでこ出てるじゃん。
たしかに、いたよね。何人かいたよね。
なーんだ。
ニコニコする。
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ビバリの集中。
おでこ出す前も、出した後も変わらない。
床を磨く。光る床、それでも磨く。やめろと言われるまで。
手をあらう。いつまでも洗う。
プリントに並ぶ英単語。左上から右下まで何度も何度も目に焼き付ける。
数字が言うことを聞くまで、シャープペンを止めない。
「すごい、すごっ。」みんなが褒める。
テストの返却は舞台で両手をあげる気分だった。
手編みのマフラーがビバリの机に。完璧に編んでいる。
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ビバリはショウコに会えない。会わない。
俺は闇のなかをさまよう。
こうべを垂れ、淡々とぞうきんを洗うアコ。頬が赤い。
同じ季節の中で
早春




