閑話. 弱気な少女は一人(と一匹)反省会を開くそうです
新キャラ視点です。
魔法学園が関係者以外に公開されるのは限られた行事の時のみだ。
当然その際も、主要な施設には入れないよう厳重な警戒態勢が敷かれるが、だとしてもそれは貴重な機会である。
そして、その行事の一つが入学試験だった。
そのため、受験のついでに学園をゆっくりと眺める受験者たちも多い。
「うう……全然魔法の制御できなかったし、筆記もダメダメだったよぉ……。きっともう見る機会はないと思うし、せめて目に焼き付けておこう……」
試験の終わった二次試験の会場の前で立ち尽くす気弱そうな少女––––スイもその一人だった。
「ごめんね、ぷにすけ。私の実力不足のせいでこれから大変かも……」
俯きながら、彼女はだぼっとしたローブの内側に隠したそれに向かって零す。
「プルル?」
顔を出した半透明な物体––––スライムは言葉を理解していないのか、体を震わせるだけだ。
彼女、スイが魔法学園に来たかった理由、それは逃げるためというのが正しいだろう。
スイは流れの商人をしている両親の元に生まれた、ごく平凡な少女だった。
しかし、十歳になった時、そんな彼女の生活が一変するような出来事が起こる。
商人をしていた両親が盗賊に襲われて死んでしまったのだ。
その時スイは一人留守番をしていたので無事だったが、家族に愛されて育った彼女はその日から深い悲しみに捉われることとなる。
両親が事故で亡くなったあと、スイは聖主国にある叔母の家で引き取られた。
しかし、スイの不幸は終わらなかった。母の姉である叔母は母のことが嫌いであったようで、ことあるごとにスイをいびり倒した。
あげく、スイの両親の遺した財産もほとんどスイに渡さずに、自分で独り占めしていたのだ。
一応食事を出したりや学校に行かせたりなど最低限のことはしてくれたが、家では一切面倒も見てくれない。しかも成人する十五歳になったら家を追い出すと言われ続けてきたのだ。
そんなある日、道端に一匹の弱ったスライムが落ちていた。
スライムとは何処にでも、それこそ街の下水道などにも生息している非常に弱い魔物だ。
それこそ、何でも食べて自然に増えるため、ごみを処理するにはよい、と放置されることもあるくらいには無害な魔物だ。
もっとも、それはここが聖主国でなければ、の話だが。
ここは聖主国––––聖教というこの世界で広く信仰されている宗教の総本山ともいえる国である
聖教は「他者への施し」「聖神への祈り」「自己の研鑽」を柱とした教えで、世界には聖神と悪神という二柱の神がおり、争いを続けているという考え方をしている。
そして、その悪神の作った邪悪な存在こそが魔王であり、魔物であるというのだ。
つまり、スライムもこの国においては悪神の尖兵であり、滅すべき存在ということである。
もっとも、スイ自身は両親と共に各地を巡っていたということもあり、それほどスライムへの偏見はない。
むしろ、そのスライムを見た時、スイは自分と重なるような感情を覚えた。
(この子も、独りぼっちなんだ……)
それ以降、スイは叔母に隠れてそのスライムを飼うことにした。
名前は『ぷにすけ』。理由はプニプニしてるからだ。
始めはどうやってぷにすけの世話をすればいいのか分からなかったが、なぜかスイの近くにいるだけでみるみる元気を取り戻したので、スイは悩むのをやめた。
実際はその魔力を食べていたのだが、当時自身の魔力の異常さを知らなかったスイがそれを知る由もない。
しかし、そんなスイにも自身の魔力の強大さを知る機会があった。
聖主国では、十二歳になると『成人の儀』という魔力を測定する行事に参加する義務がある。
そこで属性や魔力量を測り、もし優秀な人材がいれば聖教会に引き抜くためだ。
そこでスイは、これまでの記録で最高の数値を見せた。
魔法学園でも見せたように、辺り一面が青い光に包まれるほどの輝きを見せたのだ。
当然教会に勧誘もされたが、スイは断った。
理由はぷにすけだ。
教会にバレたらぷにすけは殺されてしまう。
しかし、かと言って十五歳になれば叔母には追い出されてしまうことが決まっている。
もし行くところが無ければ教会に行くしかないだろう。
そう思い、スイは他の候補を探し始めた。
そんな時に見つけたのがアーステシア独立魔法学園だ。
学費は安く、全寮制、しかも国籍も身分も不問。さらに卒業さえすれば一人で生きていけるだけの力が身につくらしい。
(しかも、魔物とか魔法生物を研究してる先生もいるらしいし、ここならぷにすけを隠さないで過ごせるかもしれない)
そう、学園は入学できたのなら、スイにとって完璧に近い環境であったのだ。
資金に関しては、一応両親の遺した財産の一部が残っていたので、それを使えば何とか足りそうだった。
そうしてスイは学園への入学を決意した。
……当然、そこに少しの不安も無かったと言えば嘘になる。全寮制ということは、顔も知らない誰かと同じ屋根の下で過ごすということだ。しかも、入学試験の結果でクラスが決められるらしい。
果たして友達を作ることはできるだろうか。虐められないだろうか。そう不安に思ったことは一度や二度ではない。
けれど、今のまま動かないよりはマシだと思ったのだ。
「……でも、多分ダメだったよね」
筆記の勉強も、本屋で買った魔法理論の教科書で勉強した。
本当は塾や教師に教えてもらいたのだが、当然叔母が許さなかった。
なんなら、教科書を見つかって捨てられたことも一度や二度ではない。
しかし、それ以上に苦戦したのは魔力の操作だ。
あまりに膨大な魔力を持っているスイには細かい制御ができない。
幸いだったのは直接的な破壊力のない水属性だったことか。
そして、必死に練習したのだが、結局試験の日までに制御を成功させることはできなかった。
叔母に隠れながら、しかも専門用語ばかりの教科書での勉強であったということもある。
しかし、なんと言い訳してもどうしようもないのだ。
「どうせ受からないだろうし、もう帰らないと。はぁ。あそこで楽しそうに話している人達はきっとすごい魔術師になるんだろうなぁ」
その視線の先には、自信に満ちた表情をした偉そうな少年と、黒髪の少年、赤髪の少女が騒ぎながら歩いているのが見えた。
きっと別の試験場で受けていたのだろう。
別の試験場なら……いや、きっと結果は変わらないだろう。自分の実力不足が原因なのだ。
憂鬱な気分になりながら、スイは自分の泊まっている宿へと歩を進めた。
◆
「……いやー、ほんとに派手にやってくれたよねー」
時を同じくして、別の試験会場。
オリガが担当したのと同じ質素なその施設は、まるで洪水の後のように水浸しになっていた。
「まあ、やれるもんならやってみなって言ったのは僕だけど、まさかここまでの出力とはねぇ」
この試験場の監督––––リリィはそう呟く。
思い出すのは少し前の光景。すなわちたった一人の自信の無さげな少女がこの教室を満たすほどの水を生成した場面だった。
「咄嗟に魔力に分解したけど、これでちゃんとした魔力操作を覚えたら僕でも対処できなくなっちゃうよ」
少女によって水が生成された瞬間、リリィはその水をほとんど魔力へと戻すことで試験場が水没することを防いだのだ。もっとも、地面や受験者たちの服に染み込んだ分までは干渉しなかったため受験者全員が水浸しになってしまったわけだが、大事には至らなかったので許してもらおう。
ちなみに魔力分解とは、相手の魔法の制御を奪うことでようやく成功することのできる技術である。
つまり、よっぽどの力の差がなければできないことなのだ。
「って、映写機は無事かな? あれだけ濃密な魔力にあてられちゃったらバグって壊れちゃうよねー。あーあ、めんどくさーい」
映像を記録するための魔道具は、特殊なレンズを通じて光や魔力を読み取り、それを映像として記録する。
しかし、あまりに膨大な魔力を一度に受けてしまうとレンズの許容量を超えて正常に作動しなくなってしまうのだ。
「ん~、なんとか途中までは映ってるみたいだし、セーフかなぁ……」
覗き込むようにレンズを確認するが、どうやら壊れてはいないようだ。
もっとも、一面が水に覆われて以降の映像はノイズまみれで見れたものではないが。
「でも、誰にも魔術を教わらずにこれだけ使えるなんて前例、聞いたことないよ」
今年の新入生は一味違うようだ。奇しくもリリィはオリガと同じ感想を抱く。
––––シリウスの知らないところで、物語は着実に動き始めていた。




