第2話 虚数要塞と化したメティス
衛星メティスに向けて出発した2機の宇宙船は、暗黒の真空の中、青く輝く地球を背にして、順調に木星圏へ向けた加速航行を続けていた。
「副司令官、目標の軌道に乗りました」
「よし、ご苦労」
陽太は管制コンソールから手を離し、石川さんが指揮を執っている二号機へ通信を行った。
「こちら一号機。メティス接近軌道への移行を完了。搭乗員4名、異常なし」
「こちら二号機、同じく軌道移行完了。こちらも異常なし」
「こちら地球の作戦本部。一号機、二号機、両機の軌道投入を確認した。引き続き慎重に任務に当たれ。健闘を祈る!」
「一号機、了解。通信終了」
「二号機、了解。通信終了」
陽太は作戦本部との回線を閉じると、隊員に指示を出した。
「これよりメティス到着までおよそ一ヶ月の長期巡航に入る。よって、これより当直体制に移行する。1名あたり6時間のシフト制で、レーダーおよび推進・生命維持システムの監視にあたれ。最初の当直は俺が務める。他の者は、次のシフトまでに十分な休息を取りつつ、機器のメンテナンスや必須の体力維持トレーニングを済ませておいてくれ。以上だ」
「了解!」
メティスに向けた長期巡航を開始して1週間が経った頃、地球の作戦本部から連絡が入った。メティスにいる宇宙資源開発研究センターの探査員からは相変わらず通信が途絶えており、更に、軍事同盟国でも同様にメティスの基地にいるものと連絡がとれなくなっているという。
「こちら一号機。石川さん、作戦本部からの連絡見ましたか?」
「こちら二号機。見たわ。ただの通信機材のトラブルではなさそうね」
「そうですね。皆、無事なら良いんですが……」
「私達はできるだけ早く現地に到着できるように最善を尽くしましょう」
「はい」
メティスに向けて順調に長期巡航を続けていたある日、陽太が当直シフトの前に食堂で食事をしていると、1人の隊員が現れた。
「失礼します」
「ご苦労さん。お前も食事か?」
「はい」
2人で食事をしていると隊員が話し掛けてきた。
「副司令官、差し支えなければ、少しお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、なんだ?」
「副司令官はなぜ虚数時空間防衛隊に入隊されようと決意されたのですか?」
「どうしてそんなこと聞くんだ?」
「副司令官が、危機的な状況においても常に冷静に、かつ果敢に立ち向かっていかれるその勇姿に、私はずっと敬服しておりました。ですので、以前から聞いてみたいなと思っていまして……」
「そうか……。俺は子供の頃、家族で旅行に行っている時、交通事故で父親と兄を亡くしたんだ。母親と俺は奇跡的に生き残った。そして、2人で細々と暮らしていたんだが、4年前に母親が病気で亡くなった。そして、俺は天涯孤独になった。そのショックから俺は精神を病み、働けなくなって会社を辞めた。家に引きこもっている時、テレビでタキオンのことを知ったんだ。タキオンを使えば、過去に行って過去の辛かった思い出を無くせるんじゃないかと思った。しかし、虚数時空間では実時空間と同じ速さで逆に時間が流れるだけだと知ってガッカリした。将来的にはタキオンを使ってタイムマシンが作られるのかもしれないが、まだ遠い未来だろう。その後、タキオンを利用した犯罪の増加や、他国が軍事利用することによる国防上の脅威が懸念されていることを知った。俺のように悲しい思いをする者を増やさないために、俺は入隊を決意したんだ」
「そうだったんですね……。お辛い過去のことを話させてしまって、申し訳ございませんでした」
「いや、構わん。俺はもう過去の辛い経験は乗り越えたんだ。さて、そろそろシフトの時間だな。じゃあ、行ってくる」
「はい、失礼します」
宇宙空間を航行すること一ヶ月余り、メティスを肉眼で捉えられるところまで来た。
「副司令官、後5時間ほどでメティスに到着します」
「分かった」
メティスへの着陸に向けて最終準備を始めようとしたその時、大きな音と共に、宇宙船が激しく揺れ動いた。計器類が赤く点滅し、警告音が鳴り響く。
「っ……! 今のは何だ? 隕石と衝突したのか!?」
「分かりません! レーダーには何も反応がありませんでした! 何かと衝突したようですが電磁気シールドと衝突しただけですので、宇宙船本体は無傷です!」
それを聞いて安心した陽太だったが、再び大きな音と共に、宇宙船が激しく揺れ動いた。
「またか……! 今のもレーダーに反応は無かったのか!?」
「はい! ありませんでした!」
まさか、これは虚数時空間を通した攻撃なのではないか!? 陽太はすぐにタキオンを使い虚数時空間へ移動した。すると、目の前の光景に陽太は愕然とした。
「これは……!」
陽太はすぐに実時空間へ戻ると、隊員達に指示を出した。
「メティスの虚数時空間が何者かに占拠されている! そして、虚数時空間を通じて我々に攻撃をしてきている! 全員すぐにタキオンを使って虚数時空間へ移動しろ!」
「了解!」
陽太は石川さんにも通信した。
「石川さん、大変です! メティスの虚数時空間が何者かに乗っ取られています! そして、虚数時空間を通じて我々に攻撃をしてきています! そちらの機も全員タキオンを使って虚数時空間へ移動してください!」
「分かった!」
石川さんもタキオンを使って虚数時空間へ移動しタキオンを見た。メティスの姿に驚いた。
「メティスの虚数時空間に……基地が作られてる……」
「何者の仕業か分かりませんが、我々に攻撃を仕掛けて来たので敵と考えて間違いないでしょう。このままメティスに行くのは危険です。引き返しましょう」
「その方が良さそうね。司令官には私から報告するわ」
「お願いします」
そして、地球に向けて引き返そうとした時、隊員から報告を受けた。
「副司令官! メティスの基地から発進したと思われる宇宙船が、凄まじい速度でこちらに接近してきています!」
「何!? 全速力で地球に向かって引き返せ! この宇宙船は戦闘タイプではないので戦えない!」
2機の宇宙船は地球に向かって全速力で引き返していった。しかし、敵の宇宙船はなおも追ってきながら、攻撃をしてきた。
「副司令官! 全速力で航行していますが、敵の宇宙船の方が機動力が上です! 追い付かれます!」
「くそっ……! 至近距離から攻撃されたら電磁気シールドでは耐えきれない。やられてしまう……」
陽太はしばらく考え込むと、虚数ボディスーツの上から宇宙服を着始めた。
「こうなったら戦うしかない」
「……副司令官が船外に出て戦われるのですか?」
「ああ、そうだ! もう、そうするしかない! 一度、虚数戦闘機とは戦ったことはあるが、『虚数宇宙船』は初めてだ。宇宙服がもつとは思えないが、敵の宇宙船を破壊するまでの間だけでももってくれれば良い。敵の宇宙船を破壊することができたら、戻って来て俺を助けてくれ。生きていればの話だが……」
「……はい!」
「地球に戻ることができたら、藤本博士に『虚数宇宙服』を作ってもらわないとなぁ……」
陽太は船外活動用のエアロックの前に立ち、覚悟を決めた瞳で隊員たちに最後の指示を出した。
「いいか! 俺が出て行った後も全速力で地球に向かって航行を続けろ! もし敵の宇宙船が破壊されたのを確認できたら戻って来て俺を助けてくれ! そうでない場合は俺は死んだものと考えて、そのまま全速力で地球に向かって航行を続けろ!」
「……了解!」
陽太はエアロックを開け、船外へ飛び出した。遠くに敵の宇宙船が迫ってきているのが見える。陽太は考えた。
『敵は油断しているはずだ。宇宙船の死角となる側面から攻撃しよう。しかし、虚数エネルギーを使った攻撃をすると宇宙服は間違いなく壊れてしまう。よって、虚数エネルギーを使った攻撃のチャンスは一度しかない。一撃で敵の宇宙船を破壊できなければ全員死ぬことになる。全虚数エネルギーを瞬間的に集中させて、一撃で敵の宇宙船を破壊する!』
陽太は、敵の宇宙船が横切ると考えられる地点から横に500メートルほど離れたところに着いた。そこから徐々に加速していき、宇宙船の側面に攻撃する作戦だった。陽太は目を閉じて集中した。そして、タイミングを計った。
――今だ! 陽太は宇宙服が壊れないように徐々に虚数エネルギーを高めながら加速して敵の宇宙船に迫って行った。そして、敵の宇宙船まで100メートルを切ったところから、虚数エネルギーを一気に高めて敵の宇宙船を目掛けて突っ込んでいった。
「うああああああああああああああ……」
陽太の着ている宇宙服は虚数エネルギーに耐えられず徐々に壊れていく。陽太はそれに構わず、全力で突っ込んでいく。敵の宇宙船を破壊して隊員達を守ることができれば死んでも良い。そう考えていた。そして、敵の宇宙船が間合いに入った。全ての虚数エネルギーを拳に集中させ、敵の宇宙船に突き刺した。
「虚数衝撃拳!」
陽太の拳が敵の宇宙船に突き刺さった。宇宙船に亀裂が入り、更に拳が深く突き刺さる。陽太は拳の先から全力で虚数エネルギーを放出し続けた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお……」
宇宙船内部の機器が次々と破壊されていき、遂に爆発を起こした。
陽太は弾き飛ばされた。虚数エネルギーと宇宙船の爆発により、宇宙服の機能は完全に停止してしまった。体力の限界を超えた攻撃とその後に受けた強い衝撃と熱、更に酸素供給の停止により、陽太の意識は徐々に薄れゆく。遠ざかる意識の中で、陽太は破壊した敵の宇宙船を見て安堵した。
「隊員達を…… 守れて良かった……」
(第2話 終わり)




