第3話 地球へ帰還、そしてメティス奪還に向け再始動
まぶたの裏に広がる鈍い痛みが、陽太の意識を現実へと引き戻した。ゆっくりと目を開けると、視界に飛び込んできたのは見覚えのない白い天井だった。全身を苛むのは、骨の芯まで響くような重い激痛。思考のモヤの向こうから、敵宇宙船との絶望的な死闘と、その果てに爆発の光に飲み込まれた記憶が鮮明に蘇る。生きているのか……? かすむ視線を脇へ向けると、厚い強化ガラスの窓越しに、赤茶けた荒涼とした台地が果てしなく広がっていた。見慣れぬ異郷の景色に、ここがどこなのか理解が追いつかない。陽太が混乱する思考を整理しようとしたその時、プシューというエアロックの作動音とともに部屋の自動ドアが滑るように開いた。入ってきたのは石川さんだった。陽太と目が合うと、彼女の強張っていた表情が一気に崩れ、安堵の息が漏れた。
「陽太、意識が戻ったのね……! 本当によかった……」
「はい……。石川さん、ここはいったい……?」
「ここは火星基地内にある医務室よ。動かないで、今ベッドを起こしてあげるから」
石川さんが枕元のパネルを操作すると、シートが微かなモーター音を立てて身体を起こした。視界が広がり、窓の外の赤錆色の景色の中に、自分たちが乗ってきた宇宙船と、ドーム状に広がる火星基地の武骨な外観がはっきりと見えた。
「あなたはあの日から丸3日間、意識を失っていたのよ」
「3日も……。助けてくれてありがとうございます。俺、宇宙船が爆発して弾き飛ばされた時、もう駄目かと覚悟しました」
「礼を言うのはこちらの方よ。あなたが命懸けで敵の宇宙船を破壊してくれたお陰で私達は助かったんだから」
「あの後……敵の宇宙船が爆発した後は、どうなったんですか?」
「2機の船で引き返して、虚数グラスの微弱な反応だけを頼りに宙域を捜索したの。なんとかあなたを回収して応急処置を施したけれど、容体が深刻で地球までの長距離航行には耐えられないと判断して……。急遽、この火星基地に緊急着陸して治療を受けることになったのよ」
「そうだったんですね……」
石川さんは表情を引き締めて続けた。
「状況は全て作戦本部に報告したわ。いま、今後の対応について地球で協議が進められている。どちらにしても、私たちは一度、地球へ戻る事になるわ」
「そうですよね。このままでは戦えないですし……」
「ええ。あなたが瀕死の重傷を負ったと知って、藤本博士は凄く責任を感じてたみたいだから、今頃は血眼になって『虚数宇宙服』と『虚数宇宙船』の研究開発に取り組んでくれているはずよ」
「藤本博士ならきっとすごい宇宙服と宇宙船を作ってくれますよね」
「ええ、信じましょう。でも今は、あなたの回復が最優先。私はこれから地球への帰還スケジュールについて、基地側と最終打ち合わせを行ってくるわ。あなたは無理をしないで、しっかり休んでいなさい」
「はい。よろしくお願いします」
それから3日後、陽太は自力で歩けるまでに回復した。リハビリを兼ねて石川さんに基地内部を案内してもらいながら、救命の礼を伝えるため、基地長である伊藤さんの執務室を訪れた。
「伊藤基地長、この度は迅速なご対応、本当にありがとうございました。お陰様で、ここまで動けるようになりました」
「それは良かった。運ばれてきた時は息も絶え絶えでしたから大変心配しましたが……さすが前線で戦っている隊員の方の回復力は素晴らしいですね」
「適切な治療をして頂いたお陰です。重傷者を受け入れて頂いた上、貴重な食料や燃料まで融通して頂き……次にこの宙域に来た際には、必ずお返し致します」
「そうして頂けるととても助かります。……それにしても、大変な事件に巻き込まれてしまいましたね……」
伊藤の柔和な顔に、深い陰りが落ちた。陽太も視線を落とし、言葉を絞り出す。
「……はい。タキオンの探査員としてメティスに行っていた方々は、敵に人質として取られているものと思われます。まだ犯行声明などが出されていないため全容は掴めていませんが……」
「私達がお手伝いできることがあれば何でも言ってください。全力でバックアップいたします」
「そう言って頂けると、大変心強いです。ありがとうございます」
「地球へはいつお戻りに?」
「明日の朝、出発の予定です」
「そうですか。生憎仕事でお見送りは叶いませんが、道中どうかお気をつけて。……それでは私はこの後、仕事がありますので失礼します」
「お時間を頂き、ありがとうございました。失礼します」
翌日、陽太達を乗せた宇宙船は火星を出発して、地球への帰路に就いた。
発進から1時間後。メイン推進器が静かな振動を伝える船内の観測デッキから外を覗くと、漆黒の宇宙の遥か後方に、縞模様を描く巨星・木星と、その傍らに小さく輝く衛星メティスの姿があった。
陽太は拳を強く握りしめ、冷たいガラス越しにメティスを射抜くような眼光で見つめた。そして心の中で誓った。俺達は力をつけて必ず戻ってくる!
一ヶ月に及ぶ沈黙の静寂航行を経て、青く輝く母星・地球へと帰還した。
陽太と石川さんは着陸後、すぐに山崎司令官の待つ作戦司令室へと向かった。重厚な扉が開くと、部屋の奥で腕を組んでいた山崎さんが2人を鋭い眼光で迎えた。陽太と石川は姿勢を正し、背筋を伸ばして敬礼を捧げた。
「坂井率いる第一部隊、石川率いる第二部隊、只今戻ってまいりました!」
「ご苦労! 今後の対応の詳細は軍事同盟国も交えて協議中だ。だが、いずれにしろメティス奪還に向けて動いていくことに間違いない。新兵器や防護装備の開発は、すでに藤本博士が進めている」
山崎さんは2人の顔を交互に見つめ、力強い声で言葉を継いだ。
「お前たち2人には、明日から隊員を率いて実戦を想定した過酷な戦闘トレーニングに入ってもらう。肉体を極限まで鍛え直し、新装備の導入に備えよ。以上だ!」
「了解!!」
必ずメティスを奪還する! 陽太は固く決意した。
(第3話 終わり)




