第0章 26話 答えられないこと
学園が夏の休暇に入ったころ、アランはガスパールの仕事場を訪ねた。
王都の役所の一室で、男は卓いっぱいに紙を広げている。寝起きする部屋もこの建物の中にあり、外へ出るには監督役の許しと兵の付き添いが要る。
監督役に声を掛けられ、ガスパールはペンを置いた。
「閣下。お待たせいたしました」
椅子を引こうとして、自分の上着が掛かっているのに気づく。急いで外して畳むあいだに、同行の書記が壁際へ席を取った。
「何をしていた」
「買い入れた品の代金と、届いた数を合わせております。この分は、前に払った金が引かれていませんでした。まだ支払う前でしたので、書き直してもらえば済みます」
そう言って一枚を差し出しかけたが、アランの手にある封筒を見ると、卓へ戻した。
「……今日は、どのお話でしょうか」
「倉庫のことで、返事が来た」
アランは封筒から受取の記録を出し、男の前へ置いた。
昨冬、リュミエール北部の中継倉庫へ運んだ毛布の分だ。施設へ届ける荷の運賃を、ベルネ商会が肩代わりしていた。ノルドへの救援で余分に受け取った金を使い、ガスパールが手配したと認めた一件だった。
「この倉庫は、昨年の秋に閉じている。建物が傷み、その後は誰にも貸していないそうだ」
土地の管理者からの返事も添える。ガスパールはそちらには手を伸ばさず、受取の記録を引き寄せた。
「別の倉庫へ変えたのなら、その場所を知りたい。どこへ届けた」
「現地の者に任せておりましたので」
「任せた相手は」
「この分の費用も、私が負担すべきものとして、返す額に入っております」
「それは承知している。受け取った相手を確かめたい」
「……荷は、渡しております」
アランは返事の続きを待った。ガスパールの手の下で、紙の角が折れる。
かつては、こちらが止めるまで仕事の話をした男だった。誰に頼めばよいか、どこで荷を揃えるか。いま広げている紙についても、訊けばいくらでも答えるだろう。
「分からないなら、そう言えばよい。誰に確かめれば分かる」
アランはしばらく待ったが、男は答えなかった。書記からもう一枚を受け取り、卓に置く。
「売り手にも、御者にも話を聞いた。御者は、町の反対側にある倉庫へ荷を下ろしている。記録にある場所とは違う」
紙には、店の名と御者の名が並んでいた。
「先ほど荷を渡したと言ったのは、この倉庫までか」
ガスパールは二つの名を読み、頷いた。
「はい。そこまでは、間違いございません」
「その先は、お前が差配したのか」
今度は頷かなかった。膝へ下ろした手で、片方の袖口を握っている。
「閣下。私の償い方に、不足がございましたか」
「何を案じている」
「私が責任を引き受けると、約束したのです。今さら申し上げて、責任を逃れようとしていると取られては……」
「責任を取り消せとは言っていない。荷の行方を訊いている」
「それをお答えしても、約束には触れないのでしょうか」
アランは、締結前に確かめた条件を思い返した。認めた罪の責任を引き受け、監督の下で償いを続ける。取引について尋ね、答えを得ることを妨げる条件は入っていない。
責任を引き受ける、というところか。誰に荷を渡したかを話しても、働いて返すことは続けられる。それでも責任逃れになると案じるなら、認めた話の中に、他人のしたことが含まれているのではないか。
倉庫までは間違いないと言い、その先は答えない。どこまでを自分の責任として引き受けたのか、この男はまだ話していない。
帳面に載っていない取引や、まだ名の出ていない相手がいるとは考えていた。だが、罪を認めたときの話から覆るとなれば、引き受けた責任のどこまでに触れるのか。
助命後に取り寄せた締結記録には、術者としてエレナの名があった。娘の友人が、この男に死の罰を結んでいる。
もし私の追及がきっかけでガスパールが死ねば、あの子はどう受け止めるか。処分を決めたのは王で、約束を破るのは本人だと言って、それで済むとは思えなかった。
何を語るのかも聞けていないうちに、約束には触れないと請け合えるか。その言葉で口を開かせたところで、万一の罰を止めてやれるわけではなかった。
アランは受取の記録を手元へ戻した。
「今日はここまでにする」
ガスパールの肩が下がった。卓の端へ寄せた仕事の紙に手を置き、頭を下げる。
「お役に立てず、申し訳ございません」
「ほかの記録も確かめる。必要があれば、また来る」
男の手が止まった。今度は、すぐには礼を言わなかった。
廊下へ出ると、開けた窓から熱い風が入ってきた。アランは封筒を鞄へ収め、隣を歩く書記に声を掛ける。
「倉庫へは、荷を運んだ御者にも案内させてくれ。受け取った者の名だけでなく、顔も確かめたい」




