第0章 20話 生かしておく
救出から数日後、レオポルトは王宮の控えの間で、アラン公爵が父王への報告を終えるのを待っていた。
ガスパールの書き出した売り先から、荷の一部が見つかったという。仕事を取り上げられるのが嫌でも、荷を売ったことは商会の代表に話すべきだった。あの夜に聞いた話を思い返すたび、そう思う。今日こそ、その後の調べについても聞きたかった。
扉が開き、書類を携えたアランが入ってきた。レオポルトを見て足を止めると、その後ろからヴァレンティナが顔をのぞかせた。
「こちらでお話ししてもよろしいでしょうか。殿下にも、お聞きいただきたいことがございます」
アランが構わないと言うので、レオポルトは二人に椅子を勧め、自分も卓へ寄った。夫人は捜索に人を出してくれたうえ、まだ何か手助けできることがないか、気に掛けているのだろう。
「デロームの処分について、お願いがございます」
ヴァレンティナは、アランへ向き直った。
「あの者の命を残すよう、陛下へお口添えいただけませんか」
レオポルトは椅子を引きかけた手を止めた。
「ガスパールを?」
「はい」
「何をしたかは、お聞きになっているのだろう」
「お嬢様を攫わせ、国から金を引き出そうとしたと伺っております」
それを知って、なぜ父親に頼めるのか。レオポルトはアランを見たが、彼はすでに座っていた。
「理由を伺おう」
「ベルネには、以前から施設へ届ける荷も扱わせております。デロームの手配に助けられた者は少なくありません。あの者にまだ働く力があるなら、奪った分を償わせたいのです」
施設の者たちにとっては、頼りにしてきた男なのだろう。夫人には、あの男がしてきた仕事も見えている。だが、クラリッサを攫わせたことまで、それで軽くなるのか。
「本人も、同じことを言っていた」
レオポルトが言うと、ヴァレンティナは口を閉じた。
「まだ役に立つから、助けてほしいと。その前には、仕事を取り上げられたくないから、荷を売ったことを言えなかったと話している。また任せるのか」
「元の仕事へ戻すつもりはございません」
夫人はレオポルトが座るのを待ち、言葉を継いだ。
「財産で足りない分は、監督の下で働いて返させる。人を雇うことも、金を動かすことも、自由にはさせません。あの者が望む暮らしには戻れなくとも、償う仕事はできると思います」
「また逃げようとすれば」
「魂印を条件に。逃亡や、償いを投げ出すことへの罰を定め、そのうえで命を残すのです」
魂印は、約束を交わした者自身を魔法で縛る。書面を守る公証とは違い、契約を破れば、定められた罰がその身に及ぶ。
王都の兵まで買い込み、国外へ逃がすと約束していた男だ。逃げた先でも罰が及ぶのでなければ、また誰かの手を借りるだろう。
「命を残す条件が償いなら、それを自ら捨てたときの罰は、死であるべきだ」
「その条件も含め、陛下のご判断を仰ぎたいと存じます」
夫人の返事に、レオポルトは口を閉じた。自分で言った条件ではある。だが、それで命を残すことに頷けたわけではなかった。
「金を返せば、済む話ではない」
「ええ。済んだことにはできません」
「なら、なぜ——」
「返してもらえない者も、残っております」
ヴァレンティナは声を荒らげなかった。
「荷を運んだ人も、倉庫で働いた人も。あの者に払わせることを諦めたくはありません」
「正当な代金は、商会に払わせる」
アランが口を開いた。
「デロームが働いて稼ぐまで、待たせるわけにはいかん」
「もちろんです。その支払いを済ませても、国から余分に受け取った金は残ります。財産で返しきれなければ、本人に働かせてでも返させたい。それを、命を残す条件にできませんか」
レオポルトは、アランの持っていた請求書を思い出した。金を取られた側からすれば、罰が決まっただけでは終わらない。そこは分かる。
それでも、娘を攫われた父親に頷けとは言えなかった。
「私が反対すれば、この話は取り下げるのか」
アランの問いに、夫人はしばらく答えなかった。
「陛下へお願いするつもりはございます。ただ、その前に、閣下へ直接お話ししたかったのです」
「分かった」
アランは膝に置いていた書類を卓へ載せた。
「私も、あの男を生かしておくことを望む」
レオポルトはアランへ顔を向けた。この人が断れば、自分もそれ以上は言わないつもりだった。まさか、命を残すほうを望んでいたとは。
「公爵も、働かせて返すほうがよいと?」
「まだ、聞きたいことがございます」
「帳面は出させたのだろう」
「出した分は、調べております。しかし、そこに載っている先へ人をやると、別の店へ渡したと言われる。そちらで帳面を見せてもらえば、またあの男に確かめねばならぬことが出てくる」
アランは書類の一枚を抜き、卓へ広げた。売却先の名と、その下に、レオポルトの知らない店の名が書き足されている。
「最初に聞いた説明だけでは、売られた荷さえ追いきれません。以前の取引も、同じように確かめる必要がございます」
「では、まだ隠していることがあると?」
「あるかもしれません。本人が話すほどのことではないと思っているものも、こちらには要る」
あの夜、ガスパールは売った品を書き出すのには手間取らなかった。商会の代表に報告していないことは、こちらが訊くまで言わなかった。帳面を調べるだけでは、分からないことがまだあるのだろう。
「命を残せば、話すだろうか」
レオポルトの問いに、アランはすぐには頷かなかった。
「必ず話すとは申しません。ただ、生きていれば、もう一度会いに行けます」
ヴァレンティナが、アランへ頭を下げた。
「ありがとうございます。では、償いの条件を整える際にも、ご意見を——」
「調べは続ける。その妨げになる条件は受け入れられん」
「承知いたしました」
アランは書類を重ね直した。
レオポルトは、まだ何か言い足りない気がしていた。このまま終えれば、三人で助命に賛成したことになるのだろうか。
「私は、まだ助けたいとは思えない」
二人がこちらを見る。
「ただ、聞き残したことがあるなら、調べてほしい。父上にも、そう伝える」
「それでよろしいかと存じます」
アランが答えた。
ヴァレンティナは席を立ち、正式な願い出について改めて相談したいと言った。アランは、処分をお決めになるのは陛下だ、と返す。
夫人が辞去すると、アランも立ち上がり、卓の書類を腕に抱えた。
「明日、またデロームに会ってきます」
その一番上には、先ほどの店の名が見えていた。レオポルトは、自分も続きを知らせてほしいと頼んだ。




