第0章 17話 まだお役に立てます
詰所に灯りが入っても、ガスパールは帰る許しを得られずにいた。
アランを見送ったあと、ヴァレンティナも辞去した。レオポルトは詰所に残り、従者が運んできた食事にほとんど手をつけずにいた。
派遣元からは返事が来た。右頬に傷のある兵が一人、持ち場を離れたまま戻っていない。市場でその男と働いた者も、リナたちを案内したのは彼だと認めている。
本物の衛兵だった。
その男は、生徒たちを守るために派遣されたはずだった。クラリッサも、記章を見れば助けを求めたのではないか。
「父上にも知らせてくれ。その男の所属と、まだ戻っていないことを」
名前と所属を書いた紙を、王宮へ戻る従者に持たせた。
捜しに出た者の知らせを待つうちに、表の人声はまばらになった。レオポルトは冷めた肉を切り、ひと口だけ食べて皿を脇へ寄せる。
今夜のうちに、どこまで分かるだろう。クラリッサはもう食事をしただろうか。考えかけたとき、廊下で足音が止まった。
「隊長」
戸が開き、兵が一人入ってくる。隊長のそばへ寄ろうとしたので、レオポルトは椅子から身を起こした。
「見つかったのか」
「商会の者に案内させ、使っている倉庫を調べました。川沿いの一棟に男が一人。右頬に傷があり、膝を痛めております。先ほど届いた名と所属を告げると、自分だと認めました」
「押さえたか」
隊長が尋ねる。
「はい。出入口を固めて呼びかけると、短剣を捨てました。デローム殿が戻るのを待っていたと言っております」
ガスパールが立ち上がった。
「わ、私と話をさせてください!」
「話はそれぞれに聞く。あなたはここにいてくれ」
隊長は兵へ、捕らえた男を別の部屋に入れるよう命じた。
ガスパールは椅子へ手を掛けたが、座ろうとはしなかった。戸口の兵が一人、そばへ来る。レオポルトは従者を呼び、アランにも知らせるよう頼んだ。
*
衛兵が連れてこられてからも、ガスパールは廊下の足音を気にしていた。別の部屋で聞き取りが始まると、こちらへ戻ってくる隊長に、その男が何を言ったかと尋ねる。自分の話を求められると、知らない、心当たりがないと答えた。
アランが戻ったころには、レオポルトの食事は下げられていた。
「クラリッサは」
「食事を取れました。友人に便りを書いております」
レオポルトはほっとして、アランに椅子を勧めた。隊長が、衛兵の雇った二人も人相を聞き取って捜していると報告する。アランはそれを聞き終えてから、ガスパールの向かいへ座った。
「お前から金を受け取り、娘を攫う者を雇ったと言っている。仕事が済めば、国外へ逃がす約束だったとも」
「自分の罪を軽くしたいのでしょう」
ガスパールが答えた。
「お前の話も聞こう」
ガスパールは返事をしかけて、レオポルトへ目を向けた。
「殿下も、お聞きになるのでしょうか」
「聞かせてほしい。父上へは、私からも伝える」
「……あの男の話も、陛下に?」
「伝える。お前が否定していることもだ」
ガスパールはすぐには口を開かなかった。レオポルトが待っていると、アランへ向き直る。
「……私が扱ったノルド向けの荷について、帳面をお求めでしたね」
「ああ」
「お出しします。先方との費用の分け方も、私からご説明します。店の者に帳面だけ渡させても、分からないところがございますから」
「そうしてくれ」
アランが答えると、ガスパールは言葉を継いだ。
「その代わり、どうか、私の働きもお認めいただきたいのです」
アランが返事をしないので、ガスパールは続けた。
「荷を届けてきたのは事実です。あちらへ行きたがらない者も、私が口を利けば馬車を出してくれました。まだお役に立てます。閣下から、そのことだけでもお口添えいただければ」
「何について、口添えを求めている」
アランが尋ねると、ガスパールは身を寄せ、声を落とした。
「……閣下。命だけは、お助けいただけませんか」
「命の保証はできん。だが、調べに応じたことは、陛下に申し上げよう」
「……本当でございますか」
「ああ。何を明らかにしたかも含めてな」
ガスパールは深く頭を下げた。レオポルトはアランの横顔を見る。娘が食事を取れたと話したときにはほどけていた口元が、今は固く結ばれている。
「話してくれ」
アランに促され、ガスパールは顔を上げた。
「……お支払いを認めていただけなかった請求について、ご説明いたします」




