↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
16/41

第0章 15話 何よりでございます

ガスパールが川沿いの倉庫の前で待っていると、衛兵(えいへい)が片足を庇(かば)いながら歩いてきた。その後ろに、娘を載せてくるはずの荷馬車はない。


 衛兵はガスパールのそばまで来ると、鍵を取り出して倉庫の戸を開けた。ガスパールもあとに続き、戸が閉まるなり尋ねた。


「娘はどうした」


「取り返された。あの侍女(じじょ)が来た」


「なんだとっ!」


 樽(たる)の中で娘が音を立て、侍女に見つかったという。娘一人を移すだけで、なぜそんなことになる。問い詰めたいのに、先ほど使いに預けた手紙のことが気にかかる。今さら公爵(こうしゃく)に何を話せばいい。


「……追われてはいないだろうな」


「途中で追ってこなくなった。娘のほうへ戻ったんだろう。それより、金と、国境の向こうの紹介先をくれ。顔を見られた。もう兵舎(へいしゃ)には戻れん」


「金は商会だ。取ってくる。ただ、公爵から呼ばれていたら先にそちらへ行かなければならん。戻るまで、ここで待ってくれ」


「いつまでかかる」


「まだ分からん。だが、金も渡すし、国外へ逃がす。それは変えない」


 衛兵はガスパールを見据えたまま、壁際の木箱へ腰を下ろす。


「早く戻ってくれ。外をうろつくわけにもいかん」


「分かっている」


 逃がす約束を違(たが)えれば、こちらの名を出されかねない。ガスパールは倉庫を出て、商会へ足を速めた。公爵には、娘が見つかったことをまだ知らぬ顔で会うしかない。


     *


 商会へ戻るなり、手紙を持たせた使いに呼び止められた。


「公爵様がお待ちです。すぐ、市場の詰所(つめしょ)へ来るようにと」


「……そうか」


 使いのそばに控えていた兵が、一緒に行くと申し出る。自分から頼んだ以上、今は会えないとも言いづらい。ガスパールは書記に留守を頼み、そのまま兵と店を出た。


     *


「お嬢様がお戻りになりました!」


 屋敷から来た使いの言葉に、レオポルトは椅子から立ち上がった。


「クラリッサが?」


「はい。リナたちがお連れして、奥様もおそばに」


「怪我(けが)はどうだ」


 アランが尋ねた。


「腹を蹴(け)られたと申しております。いま診てもらっておりますが、命に別状はないとのことです」


「娘とは話したか」


「はい。閣下(かっか)がどちらにおいでかと、お尋ねでした」


 生きて帰った。父親のことを訊(き)ねるだけの元気もある。レオポルトはすぐにでも顔を見に行きたかったが、公爵がまだここにいるのに、自分だけ先に訪ねるわけにもいかない。


「リナから、もう一つお伝えするようにと」


 使いが声を落とした。


「お嬢様を運んでいた御者(ぎょしゃ)は、市場まで捜索(そうさく)の案内をした衛兵ではないかと。声と右頬の傷に覚えがあるそうです。お嬢様からも監禁先に衛兵の記章(きしょう)をつけた男がいたと聞いたそうで」


「同じ男なのか」


 アランが尋ねた。


「そこまでは。お嬢様の前では兜(かぶと)で顔を隠していた、と」


「学園の警護に出した兵なのか」


 レオポルトが尋ねると、隊長は所属から確かめます、と答えた。記章を盗んだ者かもしれない。そうであってほしかったが、リナを捜索隊へ案内している。その場の誰も、見知らぬ男だとは思わなかったのだろうか。


「派遣元の記録と、こちらの名簿を照合してくれ。結果は私にも知らせてほしい」


「承知いたしました」


 アランも隊長へ声を掛ける。


「リナと一緒にいたうちの護衛にも、顔を確かめさせよう。その男が今どこにいるかも調べてくれ」


 隊長は傍(かたわ)らの兵を呼び、指示を出した。


「公爵。私はここにいる。屋敷へ戻ってはどうか」


「ありがとうございます。ですが、先に会っておかねばならぬ者がおります」


 机には、ガスパールからの手紙が置かれたままだった。


 アランは使いへ向き直る。


「娘に、私も戻ると伝えてくれ。それから、リナにも。よく連れ帰ってくれたと」


 使いを送り出したあと、レオポルトも従者(じゅうしゃ)を呼び、王宮へ救出を知らせるよう頼んだ。衛兵が関わっている疑いがあり、身元を確かめていることも、父へ伝えるよう言い添える。


 隣でヴァレンティナが、捜索へ出した者にも伝えましょう、と隊長へ申し出ている。しばらく人の出入りが続き、それが落ち着いたころ、表からガスパールの来訪が告げられた。


「通してくれ」


 入ってきた男は、アランへ頭を下げかけて動きを止めた。机のそばにいるヴァレンティナと、その隣のレオポルトへ目を向ける。


「……どうして、ここに……」


「父上のお許しを得て来た。話を聞かせてほしい」


 レオポルトが答えると、男は慌(あわ)てて頭を下げ直した。


「失礼いたしました、殿下。ベルネ商会のガスパール・デロームでございます」


 アランが椅子を勧めても、すぐには座らなかった。


「お嬢様の件で、お伝えせねばならぬことが」


「娘は戻った。いまは屋敷にいる」


「なんと……それは、何よりでございます」


 ガスパールは胸に手を当て、深く息をついた。レオポルトには、自分たちがさっき聞いたときと同じ安堵(あんど)に見えた。


「私のところへ来た男は、荷を運んだ代金が入らぬから、お嬢様を預かったと言っておりました。商会に金が入れば返すと。ともかく、お戻りになってよかった」


 アランは手紙を男の前へ寄せた。


「名は」


「男自身は名乗りませんでした。運賃をお払いするはずの業者の名を挙げて、そこの使いだと言っておりました」


「どんな男だった」


「白髪交じりで、私より小柄な男です。顎(あご)に髭(ひげ)があり、茶の外套(がいとう)を着ておりました」


 アランは頷(うなず)くだけで、頬の傷については何も言わなかった。


「どこで会った。ほかに見た者はいるか」


「店の裏の荷受け口です。私が話している間は、二人きりでした。その前後に誰かが見かけたかまでは、分かりません」


 レオポルトは、ガスパールの話した容貌(ようぼう)を書き留めた。リナにも聞いてもらわなければならない。傷の話が出なかっただけで、違う男だとは決められなかった。


「その男とは、どう連絡を取る」


「商会へ、また来ると申しておりました。一度戻らせていただければ、私から話ができます。娘御(むすめご)を手元に置いていないなら、もはや脅(おど)しは通じません。素性(すじょう)も聞き出せるかと」


「商会にはこちらから人をやる。お前には、ここでもう少し話を聞きたい」


 アランは隊長へ、家の護衛も同行させると伝え、男が来れば連れてくるよう頼んだ。店の者にも荷受け口への来訪者を確かめるよう言い添えると、隊長は戸口の兵に指示を渡した。


「手紙を出してから戻るまで、どこにいた」


 アランは椅子をもう一度勧めた。


「取引先の家へ。支払いを待ってもらうために、話をしに参りました」


 ようやく腰を下ろしたガスパールは、訪ねたという家の主の名と、住まいの場所を告げた。相手は留守で、会えなかったという。


 アランはその住所を書き留め、別の兵へ確認を頼む。ガスパールが椅子から身を乗り出した。


「……まさか私をお疑いなのですか」


「お前の話も確かめねばならん。娘を運んだ馬車は、お前の商会の名で借りられている」


「うちでは、よその業者に頼まれて馬車を手配することもございます。どの一台か、分かれば調べられます」


「それを調べさせている。お前が話したという男のこともだ。確かめるまでここにいてくれ」


「夫人。お宅の荷もお預かりしております。明日の便を出すにも、私が戻りませんと」


 ヴァレンティナが顔を上げる。


「明日の荷なら、モーリスとお店の方で相談できるでしょう」


 ガスパールはすぐには答えず、夫人の顔を見ていた。ヴァレンティナがアランへ向き直ってから、ようやく頭を下げる。


「……閣下。運賃の支払いについては」


「必要な帳面を出してくれ。そこは変わらん」


 アランは隊長に席を譲った。話の食い違うところがあれば知らせるよう頼んでから、レオポルトに辞去(じきょ)を告げる。


「一度、娘のもとへ戻ります」


「私も、後ほど訪ねてもよいだろうか」


 口にしてから、しまったと思った。戻ったばかりの彼女を、王太子(おうたいし)を迎える支度で困らせてどうする。


「いや、すまない。まずは休ませてやってほしい」


「落ち着きましたら、娘に訊いておきます」


 アランはそう答え、迎えの従者とともに詰所を出ていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。