第0章 11話 娘のために
市場の詰所に戻ると、父のアランが来ていた。
リナたちは通りを回り、馬車の荷台を見せてもらったが、生徒の姿はなかった。捜索に加わった衛兵が隊長へ報告する間、リナは扉の脇で待った。次にどこへ行くか決まれば、すぐに出るつもりだった。
「リナ」
アランに呼ばれ、机の前へ進む。
「奥様には、お知らせを?」
「人をやった。屋敷へは戻らず、お前は捜索を続けてくれ」
「はい」
ほっとした。奥様のことも気になるが、いま屋敷へ帰って座っていることはできそうになかった。
隊長が地図へ書き込んでいる。その手元を見ていたアランに、従者が耳打ちした。彼は入口へ目を向け、通すように言った。
「殿下……?」
壁際の衛兵が漏らした声に、リナも入口を振り返った。レオポルト殿下だった。報告をしていた者まで口をつぐみ、隊長が慌てて椅子を離れる。リナも頭を下げた。まさか、ここまでお越しになるとは思っていなかった。
殿下の護衛が戸口の両側へ分かれた。
「公爵。クラリッサの様子は分かっているか」
「連れ去られたあとのことは、まだ。最後に見た生徒の話は、この者が聞いております」
アランに促され、リナは顔を上げた。
「ご学友を呼んで、助けを求めておられたと。そのあとは、姿が見えなくなったそうでございます」
「怪我は」
「そこまでは、分からないそうです」
殿下はリナからアランへ目を戻した。
「父上がモンフォール家にも協力を求めてくださった。私も来たいと申し上げて、お許しをいただいた」
後ろにいた女性が進み出た。四大公爵家の一つ、モンフォール家の公爵夫人ヴァレンティナだった。王妃陛下の義姉にあたり、リナも王宮で見かけたことがある。
今日は侍女のほかに、脱いだ帽子を腹の前で両手に持った男を連れていた。
「こちらは運送商のモーリスです。私どもの荷馬車を任せております。貸し馬車の手配にも詳しいので、お役に立てるかと」
モーリスが頭を下げる。アランは隊長に、これまでの捜索について説明を頼んだ。殿下が机の前へ寄ると、隊長は地図に書き込んだ所を順に示した。
目撃された馬車の特徴まで聞き終えると、モーリスが口を開いた。
「借りた馬車かもしれません。私の知っている貸し手にも当たってみましょう」
モーリスは帽子を机へ置き、隊長の寄せた紙に店の名を書いた。地図と照らし合わせ、そのうちの一軒を指す。
「ここは、自分のところに馬車がなくても、よそから融通してきます」
「その店は、私どもが回りました」
リナは地図へ寄った。
「荷馬車は何台も来るから覚えていない、と。こちらが特徴をお伝えしている途中で、ほかの方を呼んでしまわれて」
「あの主人なら、覚えていても、そう言うかもしれません。ほかの持ち主から預かった馬車を、無断で人に貸すことがあるんです。貸した相手を話せば、そのことまで知られる。馬車を取り上げられたら、商売ができなくなりますから」
「私どもの馬車も?」
ヴァレンティナが尋ねた。モーリスは頷きかけ、口を開いた。
「ないとは、申せません」
「では、私どもの馬車については、捜索に応じて又貸しを申し出ても、それだけで仕事を取り上げはしません。そう伝えて、聞いてください」
「……ありがとうございます。それなら、私から話せます」
「お供します」
リナは言った。さっきと同じ問いでも、今度は返事をもらえるかもしれない。
モーリスが頷いたので、リナは扉へ向かいかけた。アランに呼び止められる。
「護衛の二人も一緒に行くように。何か分かったら、ここへ知らせを」
「かしこまりました」
隊長は部下を呼び、モーリスの書いた名を控えさせている。ヴァレンティナの侍女が差し出した手帳には、モーリスが新たに頼む使い先が書き足されていった。
「ほかにも手配できる者がおります。こちらへ寄越せばよろしいですか」
「頼みたい。行き先はこちらで決める」
「ええ」
「王宮への連絡には、私の者も使ってほしい」
殿下は戸口に控える従者を呼んだ。アランが礼を述べるそばで、隊長は書きかけの報告をその者に見せ、届け先を伝えている。
アランはそこで初めて、ヴァレンティナへ頭を下げた。
「娘のために、ご助力を感謝する」
「お嬢様を、無事に取り戻しましょう」
リナも礼をして、家の護衛たちを呼びに行った。
外へ出ると、モーリスは帽子を被り、リナの先を歩き出した。
「女将がいたら、そちらに訊きましょう。馬車を貸すのは主人ですが、返ってこないと捜しに来るのは女将のほうです」
「では、その方にも」
リナは歩調を上げた。モーリスも急いでくれた。
*
店の前には、荷を下ろし終えた馬車が停まっていた。リナに気づいた主人が奥へ引っ込もうとするのを、モーリスが呼び止める。
「私だ。馬車のことで話がある」
「だから、さっきも言っただろう。荷馬車なんぞ——」
「モンフォール家の馬車を、誰かに貸したか」
主人は言葉を切り、リナの後ろにいる護衛二人を見た。
モーリスがヴァレンティナの言葉を伝えても、すぐには返事をしなかった。何度か唇を舐めてから、ようやく尋ねる。
「貸したからって、取り上げられないんだな」
「今、正直に話したことを理由にはしないと、仰せになった。私が直接伺った」
モーリスの肩越しに、女将が店の奥から顔を出した。
「話しておくれよ。あんた、いつまで黙ってるつもりなの」
「お前は、向こうに——」
「私が見たんだもの」
女将は主人の脇を抜け、リナの前へ来た。
「幌を継いだ馬車なんです。角に、色の違う布が当ててある。私が縫ったから分かります。昼前、市場の入口を走っていくのを見ました」
リナは女将へ向き直った。
「乗っていた人は、見えましたか」
「御者は知らない男でした。荷台の中までは。ただ、男の子が追いかけていて。学園の服を着て、名前を呼んでいたから、忘れられなくて」
「クラリッサ、と?」
「ええ。その名前です」
リナは主人を見た。主人は視線を落とし、腰から下げた鍵を握っている。
「どなたに貸したのですか」
「ベルネ商会だ。荷が増えたから、幌付きの馬車を一台貸してくれと。今朝、使いの男が受け取りに来た」
「その商会の方だと、確かめたのですか」
「いつも荷を頼まれるときに来る男だった。名前までは知らんが、顔は覚えてる」
女将が主人の手から鍵を取り、店の奥へ戻った。引き出しの開く音がして、紙を手に出てくる。
「頼みに来たときの書付。これも持っていってください」
モーリスが受け取り、リナにも見えるよう広げた。幌付きの荷馬車を借りたいという用件に、商会の名が添えてある。
「ベルネなら、私も荷を運んだことがあります。店の場所は分かる」
モーリスの言葉に、リナは頷いた。
「ご案内をお願いします」
家の護衛の一人へ書付を渡し、いま聞いた話をアランへ伝えるよう頼んだ。女将が聞いた名も、借りに来た男は以前から商会の使いとして出入りしていたという話も、どちらも。
護衛が詰所へ向かって走り出す。リナは残る一人と、モーリスの後に続いた。




