勇者の旅
聖剣が眠る魔窟。なんてワクワクする響きだろうか。
正直言って楽しみすぎる勇者といえば聖剣。異世界といえばダンジョン。
何度もゲームやアニメで見てきた展開だ。まさか自分自身がそれを体験する立場になるとは夢にも思っていなかった。いや、もしかしてこれはまだ夢なのでは?
そう思い、自分の頬へ手を伸ばす。ペシッ。
「夢じゃないぞ」
背中を叩かれた。痛い。振り返ると、健がさっきの街で買っていた本を読みながらこちらを見ていた。
「何で分かったんだよ」
「お前の顔見てれば分かる」
「俺今どんな顔してた?」
「小学生が遠足前日にする顔」
「そこまでか?」
「そこまでだ」
サリーがそのやりとりを見て笑う。
「あなた達本当仲良いわね」
そんなやりとりをしながら旅を続けている。
聖剣が眠る魔窟へ向かう。それだけで十分だった。王都で勇者だ何だと言われても、正直まだ実感は薄い。天使に認められたと言われても、魔王を倒すと言われても、どこか物語の外から自分を見ているような感覚があった。だが聖剣は違う。聖剣という言葉だけで、自分が完全に物語の中へ放り込まれた気がする。
そんなことを考えていた時だった。
「魔物が出ました! コボルトです!」
キールさんの声が響いた。
「コボルト!?」
これまた王道な魔物がきた!
馬車から身を乗り出して姿を確認する。街道脇の草むらから飛び出してきたのは、イメージしていた通りの見た目だった。二足歩行で痩せ細った犬。実際に見ると弱そうだな。ゴブリンの方がなんなら見た目は怖かったぞ。
「コボルトは確か火が苦手だったはずよ」
サリーが言う。
「それなら任せろ!」
窓からよじ登り、馬車の屋根に立つ。
「ファイヤーボール!」
掌へ集まった炎が一気に膨れ上がる。
「ファイヤボールはそんなにでかくないわよ!」
サリーがツッコむ。
火球は一直線にコボルト達へ突っ込んだ。
ドォォォォン!!
爆発。
炎が消えた頃には、黒焦げになったコボルトしか残っていなかった。
「終わったぞー!」
「見れば分かります」
キールさんが少しだけ頭を押さえていた。
「勇者様の魔法は相変わらずですね」
「相変わらず?」
「威力が高すぎます」
「そうなのか?」
そう言われても困る。俺としては普通に撃っただけなのだ。火が苦手だと言われたから火炎魔法を使った。ただそれだけである。
「まあ倒せたからいいじゃん」
「その考え方は嫌いではありませんが、少々雑です」
「雑かな?」
「雑ですね」
即答だった。
その後、魔石だけ回収して馬車は再び街道を進み始めた。
しばらくして、また魔物が出た。
コボルト。
ホーンウルフ。
ゴブリン。
どれも王都周辺で見かける魔物ばかりだった。
見つけたら吹き飛ばす。
飛び出してきたら吹き飛ばす。
襲い掛かってきたら吹き飛ばす。
「魔石もそこそこ溜まって来ましたね。誰も低級ですが換金するなら少しの足しにはなるでしょう。」
キールさんが回収した魔石を見ながら言う。
「いや、その魔石俺に預けてもらってもいいですか?」
答えたのは健だった。
「使うのか?」
「ちょっと試したいことがあってな」
健はそう言って魔石を眺めている。俺にはただの小さな石に見えるが、健がそう言うなら何かあるのだろう。こいつはこういう時、だいたい何かを思いついている。
「じゃあ魔法鞄に入れとくか」
「そうだな」
魔石を魔法鞄へ入れる。
毒草も荷物も魔石も入る。
改めて考えると本当に便利だ。これ無しで旅しろと言われたら、もう無理かもしれない。
そんなことをしているうちに日は大きく傾き始めていた。
「今日はこの辺りで野営にしましょう」
キールさんが馬車を止める。見渡す限り草原だった。
「野営か」
少し楽しみだった。冒険者らしいことをしている気がする。だが。
「創世」
健が先に動いた。白い光が広がる。そして現れたのは小さな小屋だった。
「何だこれ」
「風呂場」
健が当然のように言う。
「風呂!?」
「風呂だな」
冒険者らしさが一瞬で消えた。いや、嬉しいよ?。めちゃくちゃ嬉しい。だが、野営とは何だったのか。
「いや水入ってないじゃん」
「魔法があるだろ」
「あ」
言われて気付く。
「ウォーターボール!」
風呂桶へ水を満たしていく。
あっという間にいっぱいになった。
「次は私ね」
サリーが前へ出る。掌へ拳ほどの小さな火球を作り出した。戦闘で使うものよりずっと小さい。
「ファイヤーボール」
ぽちゃん。
火球が湯の中へ落ちる。
ジュッと音がして湯気が立ち上った。サリーは温度を確かめながら、何度か同じように火球を投げ入れる。やがて風呂桶からいい感じに湯気が立ち始めた。
「できたわ!タケル!私が最初に入ってもいい?」
「もちろんです。」
「ありがとう!」
そう言うとこちらに目で訴えかけてくるサリー。
出ていけと言ってるのだろう。
バタン。
扉を閉める。
「俺も最初がよかったなぁ」
「レディファーストだろ」
ぐうの音も出ない。
サリーが風呂へ入っている間、健はさっき回収したコボルトの魔石を取り出していた。
「何してるんだ?」
「ちょっと試したいことがあるって言っただろ?」
健は魔石を手の上へ乗せる。白い光が魔石を包み込んだ。
創世。
魔石を核にして何かを作っているのだと、俺にも何となく分かった。光が収まった時、健の手には見たことのある道具が握られていた。
「ドライヤー!?」
ブォォォォォ。
温かい風が吹き出した。
「おお!?」
思わず声が出る。健に渡されたドライヤーを顔へ向けてみる。温かい。気持ちいい。
「何これすげぇ!」
「魔石を使って創世すれば家電も再現できるみたいだな」
「まじ?」
よく分からない。でも凄い。凄いことだけは分かる。
「流石タケえもん!」
「しつこい」
健は呆れたように言った。だが、今はそれどころではない。
ドライヤーだ。
ブォォォォォ。
「おおー」
ブォォォォォ。
「おおおー」
温風を顔へ当てる。
楽しい。
「何してるのよ」
風呂場の扉が開く。
サリーが出てきた。
「サリー見ろこれ!」
「何それ」
「ドライヤーだよ!髪を乾かせる道具だ!」
「なんですって!?」
俺はドライヤーをサリーへ向けた。
サリーの髪がふわっと揺れる。
「……あったかい」
「だろ!?」
感動している。
俺も感動している。
「これ、魔道具?こんなもの王都にも売ってないわよ?」
「健が作った!」
「なら信用できるわね」
それでいいのか。いや、確かに健が作ったなら信用できる。
「次は俺だ!」
ドライヤーをサリーに押し付け、風呂場へ向かう。
後ろで健が何か言っていた気がするが聞こえなかった。今は風呂が最優先だった。
湯船へ浸かる。
思わず声が漏れる。
「はぁぁぁ……」
最高だった。
異世界に来てから初めての風呂だ。旅の途中だということを忘れそうになる。むしろ王都にいた時より快適なのではないかとさえ思う。
いや、これは絶対におかしい。
野営のはずだ。
野営のはずなのに、風呂に入っている。
しかも外にはドライヤーまである。
健のやばさが、湯気と一緒にじわじわ染み込んでくる。こいつ、便利すぎる。いや本当に便利すぎる。魔法鞄を作った時も思ったが、健は戦うより生活を壊す方向でチートなのかもしれない。
風呂から上がり、小屋の外へ出る。
サリーはドライヤーで髪を乾かしていた。
完全に気に入っている顔だった。
「これ凄いわね」
「だろ」
俺が作ったわけではないが、何故か少し得意になる。
その時だった。
「あれ?」
風呂場の横に、もう一つ小屋が建っていた。
さっきまで無かったはずだ。
キールさんが珍しく驚きを隠せない様子でその小屋を見つめている。
「どうしたんだ?」
「いえ……」
キールは小屋を見る。
「増えているなと」
気になって扉を開く。そして固まった。
「……は?」
ベッド。
しかも一つじゃない。人数分ある。部屋も広い。机まである。何なら王都で泊まった宿より綺麗かもしれない。いや。普通にホテルじゃないかこれ。
「健」
「何だ」
「今、野営だよな?」
「野営だな」
「野営って何だっけ」
「外で寝ることだろ」
絶対違う。
そんなことを思っていると。
「ベッド!」
サリーが声を上げた。
次の瞬間、一番奥のベッドへ向かって駆け出す。
ぽすん。
勢いよく飛び込んだ。
「タケル最高よ!」
満面の笑みだった。
そして。
数秒後。
すぅ……すぅ……
「寝た」
早い。
さっきまで風呂に入って、ドライヤーで髪を乾かしていたはずだ。
なのにもう寝ている。
「……あの人王女だよな?」
思わず確認する。
キールさんは真顔だった。
「王女ですね」
キールも呆れたように呟いた。俺は目の前のベッドを見る。
「まあ、寝るか」
そのままベッドへ飛び込む。ふかふかだった。
柔らかい。最高。
次に何かを考える前に、意識が落ちた。
◇◇◇
朝起きると、外からいい匂いがしていた。
目をこすりながら小屋を出る。
キールさんが朝食を用意してくれていた。
「おはようございます、ミナト」
「おはよう、キールさん」
「よく眠れましたか?」
「めちゃくちゃ」
正直、野営でここまで寝られるとは思わなかった。
サリーも遅れて小屋から出てくる。
寝起きなのに満足そうな顔をしている。
「おはよう」
「おはよう、サリー」
「ベッド最高だったわ」
「それは分かる」
健は既に起きていて、また本を読んでいた。
いつ寝ているのか分からない男だ。
「これを食べ終わったら出発しましょう」
キールが言う。朝食を済ませ、出発の準備を整える。魔法鞄のおかげで荷物はほとんど無い。
「そういえば健」
「ん?」
「この小屋とかどうするんだ?」
健は何を今更と言いたげな顔をした。
目の前にウインドを開く。何やらぽちぽち操作する。次の瞬間。小屋が消えた。風呂場も消えた。ベッドも消えた。ドライヤーも消えた。跡形もなく。
「え?」
サリーが固まる。キールさんも固まる。俺だけは何となく分かった。創世一覧だ。多分収納したんだろう。
「そんなこと出来るのかよ……」
「作れるんだから出来るだろ」
理屈は分からない。でも健なら出来そうな気はした。
馬車は再び街道を進む。
しばらくすると遠くの景色に違和感を覚えた。最初は雲だと思った。だが違う。近付くにつれて、それが巨大な山脈だと分かる。
「でか……」
思わず声が漏れる。見上げるほど巨大な山々が地平線を埋め尽くしていた。
「あの麓がセカンです」
キールさんが前方を指差した。
よく見ると山の麓に街が見える。煙が上がっていた。王都とは違う。遠くからでも活気が伝わってくる。聖剣が眠る街。魔窟がある街。俺達の次の冒険が始まる街。馬車はそのままセカンへ向かって進んでいった。




