盗人
採掘都市セカンは、王都ともファースとも違う街だった。馬車が門をくぐった瞬間、最初に目へ入ったのは人ではなく山で、街のすぐ後ろにそびえる巨大な岩山は遠くから見た時よりさらに大きく見える。近付けば近付くほど大きくなるような錯覚すらあって、思わず首が痛くなるほど見上げてしまった。
「でかいな……」
「あの山の内部に坑道があります」
キールさんが説明する。
「セカンは採掘によって発展した街です」
なるほどと思いながら周囲を見る。王都では騎士や貴族をよく見かけたが、この街は違う。荷車を押す男達、鉱石を積んだ馬車、工具を腰に下げた人達。どちらかと言えば働く街という印象だった。
「人も多いな」
「交易の中心地でもありますから」
交易。
そう言われると確かにそんな感じがする。
隣を見る。
健は人ではなく街を見ていた。
「何見てるんだ?」
「流通」
「流通?」
「どこから入ってどこへ出ていくかって話だ」
「そんくらいは知ってるわ!」
思わずツッコむ。
「なんでそんなとこ気にしてるんだって話だよ!」
健は少し考える。
「まあ性格だな」
「そうか」
納得は出来ないが健ならそういうこともある。
その時だった。
「あれ勇者様じゃないか?」
「本物か?」
「天使様に認められたって」
周囲からそんな声が聞こえてくる。
「何か広まってないか?」
「王国がお触れを出したのでしょう」
キールさんが答える。
「勇者一行が旅立ったことは既に各地へ伝わっているはずです」
なるほど。
だからか。
「有名人じゃない!」
サリーが嬉しそうに笑う。
「勇者だもの!」
「急に言われてもなぁ……」
実感は無い。
だが街の人達を見る限り、本当に広まっているらしい。
宿へ荷物を置いた後、自由時間になった。
「私は街を見て回るわ!」
サリーは真っ先に飛び出していった。
「迷子になるなよ」
「ならないわよ!」
信用できない。
「タケルは?」
「本屋」
即答だった。
予想通りすぎる。
結局一人になった俺は適当に市場を歩くことにした。
市場は賑やかだった。焼いた肉の匂い。露店の呼び込み。聞いたことのない食材。歩いているだけでも面白い。異世界へ来たんだなという実感が少しずつ湧いてくる。
その時だった。
誰かとぶつかる。
「っと」
反射的に体勢を立て直す。
目の前には小柄な少女がいた。茶色の髪に少し汚れた服。年齢は俺達より少し下くらいだろうか。
「ご、ごめん!」
少女は慌てた様子で頭を下げると、そのまま走り去っていった。
忙しい奴だなと思いながら歩き出そうとして、ふと肩が軽いことに気付く。嫌な予感がして視線を向けると、肩に掛けていたはずの魔法鞄が無い。一瞬何が起きたのか理解出来なかったが、頭の中でさっきぶつかった少女の姿が浮かび、慌てて振り返ると人混みを縫うように走っていく背中が見えた。その肩には見覚えのある鞄が掛かっていて、さらによく見ると肩紐は綺麗に切られている。
俺の魔法鞄だ。
「……待てぇぇぇ!!」
反射的に駆け出す。少女は振り返りもしない。その反応だけで確信した。間違いない。あいつだ。
路地へ飛び込む。
俺も追う。
身体補正のおかげでかなり速く走れるようになったはずなのに距離が縮まらない。それどころか向こうは迷いなく路地を抜けていく。こっちは追いかけるだけで精一杯なのに、向こうは完全にこの街を庭みたいに走っていた。
まずい。
健から預かった魔法鞄だ。
旅の荷物も、魔石も、全部入っている。
失くしたら絶対怒られる。
いや怒られるだけならまだいい。問題は俺自身が嫌だった。せっかく預けてくれた物を盗まれましたじゃ格好がつかない。
絶対に取り返す。
その瞬間、視界の端でウインドが光った。
創世一覧:韋駄天
「お?」
こんな時に新しい創世?
そう思ったが迷っている暇はない。今の俺に必要なのは速さだ。だったら使うしかない。
ウインドへ触れる。
次の瞬間。
景色が吹き飛んだ。
「速っ!?」
一歩踏み出しただけなのに身体が前へ持っていかれる。今まで見ていた街並みが一瞬で後ろへ流れ、少女との距離が目に見えて縮まった。
追いつける。
そう思った瞬間、少女が路地を曲がる。
俺も反射的に曲がる。
そして。
ドォォォォン!!
「がっ!?」
止まれなかった。
速すぎる。
曲がりきれない。
壁が迫ってきたと思った瞬間には激突していた。
頭が痛い。
めちゃくちゃ痛い。
「お、おい」
頭上から声が聞こえる。
「大丈夫か?」
少女だった。
どうやら心配しているらしい。
誰のせいだと思ってるんだ。
視界は少し揺れているし頭も痛い。でも逃がしたら終わりだ。俺は無言で腕を掴む。
「捕まえた……」
「やべっ!?」
少女が固まった。
◇◇◇
本来なら騎士団へ突き出すべきなのかもしれない。
そう思いながら隣を見る。
少女は何度も逃げる隙を窺っていたが、その割にはふらついていた。服は汚れているし、痩せてもいる。そして。
ぐぅ。
腹の音が鳴った。
……腹減ってるんだな。
「来い」
「は?」
「飯食うぞ」
「何で飯なんだよ」
「盗人の女の子捕まえたら飯を与える。これ異世界の常識。」
「いや、そんな常識しらねぇよ!」
結局そのまま食堂へ連れて行くことになった。
「食うの早いな」
「うるさい」
二皿目も消える。
三皿目も消える。
俺は少し笑った。悪い奴には見えなかった。
「名前は?」
少女は少し迷う。
「……エナ」
「俺はミナト」
「知ってる」
勇者のお触れ出てるんだっけ。でも名前まで知られてるのは少し恥ずかしいな。
「何で盗んだんだ?」
エナは少し俯く。
「金が必要だった」
「家族は?」
「いない」
即答だった。その言葉に冗談は混じっていない。
「親は?」
「魔族に殺された」
思わず言葉が止まった。
軽い気持ちで聞いたわけじゃない。でも、ここまで重い答えが返ってくるとも思っていなかった。
エナの表情は変わらない。
まるで何度も口にしてきた言葉みたいだった。
「3年前までは叔父さんが育ててくれてた」
叔父さん。その言葉だけ少し柔らかかった。
「色々教えてもらった」
「冒険者だったのか?」
「うん」
エナは頷く。
「剣も。弓も。生き方も」
そこで言葉が止まる。少しだけ視線が揺れた。
「でも死んだ」
短い言葉だった。だがそれだけで十分だった。
「だから私は一人で生きる」
エナはそう言い切った。強がりなのは分かる。だがそれでもそう言うしかなかったのだろう。
俺はしばらく考える。
そして口を開いた。
「その話、聞かせてくれないか?」
エナが顔を上げる。
「何で?」
「気になるから」
正直な理由だった。
エナはしばらく俺を見ていたが、やがて諦めたように息を吐いた。
「……長くなるぞ」
「いいよ」
エナは少しだけ遠くを見る。
「叔父さんの話だ」
そう言って語り始めた。




