薬草採取
勇者だの魔王だの言われた後でやることが薬草採取というのも妙な話だったが、不思議と嫌な気はしなかった。むしろこういうのでいいんだよこういうので、という気持ちの方が強い。
俺とサリーはさっそく馬車へ乗り込む。
「楽しみね!」
サリーはもう完全に遠足気分だった。俺も人のことは言えない。初めての依頼。初めての冒険。少し浮かれていたと思う。
キールは荷物の確認を終え、御者台へ向かっている。そんな中、健だけがまだ馬車へ乗り込まず、その場で立ち止まっていた。
「どうした? 乗らないのか?」
「いや、またあの揺れかと思うとな」
「あー」
確かにファースまで来る途中も微妙な顔をしていた気がする。そこまで嫌なのかと思ったが、健が途中で言葉を切った。
「いや、ちょっと待て」
健がウインドを開き、なにやら操作し始める。
「どうした?」
「創世が使えるかもしれない」
「え? マジで?」
健は少し考え込むと、馬車へ手を置いた。
次の瞬間、馬車全体が白く光る。
「うおっ!?」
思わず目を細めた。サリーも驚いて振り返る。
光はすぐに消える。
「何これ!?」
サリーの叫び声が響く。俺も慌てて中を覗き込んだ。
ソファー。机。棚。
さっきまで普通の馬車だったはずなのに、ちょっとした部屋みたいになっている。意味が分からない。
「健、お前何したんだ?」
「創世が使えたらしい」
「いや、それは見てた」
「理由は分からん」
「便利すぎるだろ」
「俺もそう思う」
本人も若干引いていた。サリーはもうソファーへ飛び込んでいる。
「すごいわ!」
「すごいな!」
「でしょう!」
「お前が作ったんじゃないだろ」
でも言いたいことは分かる。俺だって興奮していた。異世界の馬車だと思ったら、いつの間にか移動する部屋になっていたのだから。試しに腰を下ろす。
沈む。
「うわ」
思わず声が漏れた。キールも中を見て固まっている。それはそうだろう。さっきまで普通の馬車だったものが一瞬でこうなったのだ。正直、薬草採取よりこっちの方が感動している。
「信じられません……」
ようやく絞り出したキールの言葉に思わず頷く。
「だよな」
「創世とはここまでの力なのですか……」
「俺に聞くな」
健も分かっていないらしい。それが一番怖い気もするが、便利なのは間違いなかった。
「よし」
思わず拳を握る。
「今度こそ出発だな!」
サリーはまだソファーを触っている。キールは何度も中を見回している。健は自分で作ったくせに微妙な顔をしている。何だかんだで楽しくなりそうだった。
俺達を乗せた馬車は再び動き始める。しばらくして気付いた。揺れが全然違う。前みたいに体が跳ねる感覚がほとんどない。
「おお」
思わず声が漏れる。前とは全然別物になっていた。
「快適だろ」
健が少しだけ得意そうに言った。
認めるしかない。初依頼も楽しみだが、この馬車だけでも旅をする価値がある気がした。森まではまだ少し距離があるらしい。せっかくだし薬草のことでも予習しておこうかと思ったところで、サリーが自信満々に薬草の絵を見せてきた。嫌な予感しかしなかった。
森へ入ると思った以上に平和だった。もっとこう、不気味な空気だったり、魔物が出そうな雰囲気だったりするのかと思っていたのだが、見た目だけなら普通の森である。
「本当にここで薬草採れるのか?」
「採れますよ」
キールが即答する。
異世界の薬草ってもっと特別な場所に生えてるんじゃないのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
俺とサリーはさっそく薬草探しを始めた。問題は全部同じに見えることだった。
「これじゃない?」
「それっぽいわね」
「だよな」
摘む。また見つける。摘む。そのうち自然と競争みたいになっていた。
「私の方が多いわ!」
「量じゃないだろ!」
「負け惜しみ?」
「ぐっ」
悔しい。確かに数では負けている。
そんなことを言い合っているうちに、サリーはいつの間にか少し離れた場所まで移動していた。相変わらず楽しそうだなと思いながら見ていると、その背後の草むらが揺れた。
何かいる。そう思った瞬間には体が動いていた。地面を蹴る。速い。いやこれは速すぎる!
一瞬前まで離れていたはずなのに、気付けばサリーのすぐ横まで辿り着いていた。そのまま反射的に拳を振り抜く。
鈍い音。
何かが吹き飛ぶ。木へ叩きつけられ、そこでようやく止まった。
「……え?」
今の俺だよな?走ったのも。殴ったのも。いや速くなかったか?というか。視線を向ける。緑色。棍棒。尖った耳。見覚えしかない。
「あれ……ゴブリンじゃね?」
「え?」
サリーが振り返る。まだ状況を理解していないらしい。
「何?」
「いや」
俺はゴブリンを指差す。
「後ろ」
サリーが振り返る。数秒固まる。
「ゴブリン!?」
反応遅くない?
「魔物よ!」
「知ってる」
「ミナトもしかして助けてくれた?」
「体が勝手にって奴かな」
「べ、別に気付いてたわよ!? 誘い出そうと思ってただけだし!」
それは無理があるぞ。今更遅い言い訳をしているサリーをよそに、周囲の草むらが次々と揺れ始める。
一つ。
二つ。
三つ。
複数体のゴブリンが身を表す。
「増えたな」
全然嬉しくない。その時、後方から駆けてくる足音が聞こえた。
「ミナト!」
キールだった。
その後ろには健もいる。
「何だ?」
「ゴブリンだ」
「見れば分かる」
それもそうだった。既に十匹近い。思っていたより多い。キールは剣と盾を構える。サリーも杖を握る。俺も腰の剣へ手を伸ばした。初めての戦闘。緊張しているはずなのに、不思議と体は軽かった。むしろ何でも出来そうな気さえする。身体補正ってやつだろうか。そんなことを考えていると、サリーが先に動いた。
「ファイヤーボール!」
サッカーボールくらいの大きさの火球が勢いよく放たれた。目の前のゴブリンが吹き飛ぶ。
本物の魔法だ!
「おお!俺も使いたい!!!」
思わずテンションが上がった瞬間だった。頭の中で何かが弾ける。ウインドが開く。新しい項目。
火炎魔法。
「お?」
思わず声が漏れる。増えてる。しかも何故か分かる。使える。どうやって使うかも何となく分かる。
「ミナト!」
サリーが叫ぶ。ゴブリンが迫る。だったら試すしかない。俺は手を前へ突き出した。
「火炎魔法!」
次の瞬間。
目の前に現れた火球を見て固まった。でかい。いや待て。ゴブリンに撃つサイズじゃない。小屋くらいある。こんなものを放てば森が全焼してしまうぞ。
「……健」
「何だ」
「これどうしたらいい?」
健が振り返る。
火球を見る。
数秒固まる。
「何やってんだお前……」




