冒険者都市
王都を出てからしばらくすると、遠くに城壁が見えてきた。最初はただの壁にしか見えなかったそれも、近付くにつれて門の前を行き交う人の姿が見え始める。荷馬車を引く商人、武器を背負った男、門番と話し込む旅人。王都を出てから初めて見る普通の街の光景に、ようやく旅が始まったんだなという実感が湧いてきた。
「あれがファースです」
キールが前方を指差す。
「王都レグナスほどではありませんが、この辺りでは最も大きな街になります。周辺の村や街道を結ぶ中継地でもありますから、冒険者も多いですね」
冒険者も多いのか。ならさっき門の前にいた大剣担いだマッチョは絶対冒険者だな。うん、それ以外ありえない。
「楽しみね!」
サリーが身を乗り出した。
街より先にそっちへ目が向く。本当に楽しそうだ。王女なのに遠足前日の小学生みたいな顔をしている。
「そんなにか?」
「そんなによ!」
即答だった。
「だって旅よ? 冒険よ? 世界を見て回るのよ?」
その笑顔を見ると、こっちまで少し楽しくなってくる。
ファースへ入った後、キールの案内で真っ直ぐ冒険者ギルドへ向かった。
そして建物へ足を踏み入れた瞬間、思わず足が止まる。
受付の前には列ができている。壁には大量の依頼書。武器を持った冒険者達が酒を飲みながら笑っていた。
想像通り、いや想像以上にギルドだわ。
漫画やアニメで何度も見たことがある場所なのに、本物は全然違う。空気も匂いも音も全部そこにあって、思わず声が漏れた。
「おお……」
その瞬間だった。
「サリー殿下?」
誰かが呟く。
周囲の視線が一斉に集まった。
「王女様だ」
「本物か?」
「なんでここに?」
サリーは平然としている。むしろ少し誇らしそうだ。
だが周囲の興味はそこで終わらなかった。
「あの二人は誰だ?」
「見慣れない服だな」
「貴族か?」
そこで初めて自分を見る。
制服。
健を見る。
制服。
「あ」
そういえば制服じゃん。
「今さら気付いたのか」
健が呆れたように言う。
「いやだって誰も言わなかったじゃん」
というかめちゃくちゃ見られてるな。言われるまで気にならなかったのに、一度意識すると急に落ち着かなくなる。
「あとで服買えばいいか」
「そうだな」
健は最初から気付いていたらしいが、特に気にしていなかったらしい。羨ましい。
そのまま受付へ向かい冒険者登録を行う。もっとこう、水晶に触ったり血を採られたりするものだと思っていたのに、実際は名前を書いて説明を受けるだけだった。異世界なんだからもう少し仰々しいものを想像していたので少し拍子抜けする。
「それでは初依頼ですが」
受付嬢が依頼書を差し出した。
「薬草採取などはいかがでしょう?」
俺と健は顔を見合わせる。
「ほらな」
「やっぱりな」
「何なのよその反応は!」
サリーが抗議する。
「異世界の冒険者って最初は薬草採取から始まるイメージあるだろ」
「どこの情報よそれ」
「何となく」
「適当じゃない!」
結局最初の依頼は薬草採取になった。勇者だの魔王だの言われた後で薬草採取というのも妙な話だが、逆にこういうのを期待していた自分もいる。異世界へ来た実感ならとっくにあるはずなのに、こういう小さなことの方が冒険者になった実感を与えてくれるから不思議だった。
依頼を受けた後は買い物だった。さっきから制服への視線が気になっていたせいか、服屋へ入った瞬間に少し安心する。
「こっちとかどう?」
サリーが服を持ってくる。
「派手じゃないか?」
「そう?」
「絶対そう」
そんなやり取りをしながら旅用の服を選び、靴や鞄、水筒や細かな生活用品も揃えていく。知らない道具を見るたびに手が止まりそうになるが、全部見始めたら日が暮れそうだった。
健は健で道具屋や雑貨屋を見て回っている。
「何見てるんだ?」
「いや」
健は棚を眺めたまま答えた。
「思ったより色々あるなと思って」
多分あいつは商品じゃなくて、この街そのものを見ているんだろうなと思う。昔からそうだ。俺が面白そうな人を見ている時、健はその人が何をしているのかを見ている。
買い物を終えた後は馬車へ戻る。購入した荷物を積み込み、新しい服へ着替え、鞄へ必要な物を詰めていく。制服を畳みながら少しだけ手が止まった。たった数日しか着ていないはずなのに、異世界へ来てからずっと一緒だったせいか妙に見慣れてしまっている。
「準備はよろしいですか」
キールが確認する。
「もちろん!」
サリーが真っ先に答えた。
本当に元気だなと思う。
「行くぞ」
健がこちらを見る。
「ああ」
頷く。
初めての依頼。
初めての冒険。
薬草採取なんて地味な依頼のはずなのに、不思議と嫌な気はしなかった。むしろ少し楽しみですらある。
王都の外へ広がる景色を眺めながら、俺達の最初の冒険が始まった。




