勇者の決意
「健ーーーーーーっ!!」
叫ぶ。だが返事はない。ただ風だけが吹き抜けるだけで、健の声はどこからも聞こえてこなかった。
俺は崖へ駆け寄る。
谷底は見えない。黒い闇がどこまでも続いていて、本当に人が落ちたのかすら分からないほど深かった。
「くそっ……!」
飛脚。
頭の中に流れ込んだ技の情報を思い出す。空を駆ける技。まだ試してもいないが、もしかしたら追いかけられるかもしれない。今ならまだ間に合うかもしれない。
そう思った瞬間には、身体が動いていた。
「ミナト様!」
キールの声が聞こえる。構わず踏み出そうとしたところで、肩を掴まれた。
「離せ!」
振り払おうとする。
「落ち着いてください!」
「落ち着いてられるか!」
思わず怒鳴る。
健が落ちた。ついさっき、目の前で。助けに行かなきゃいけない。そう思っているのに、キールの手は離れなかった。
「助けられる保証がありません!」
珍しくキールも声を荒げた。俺は睨み付ける。
「やってみなきゃ分からないだろ!」
「分かります!」
即答だった。キールは俺から目を逸らさない。
「今飛び降りれば、ミナト様も助からない可能性が高い」
胸が痛む。だがキールは続けた。
「タケルさんなら分かっています。だからエナさんを助けたんです」
風だけが吹いている。
「今追えば」キールは谷底へ視線を向ける。「タケルさんの覚悟を無駄にします」
悔しい。悔しくて仕方ない。今すぐ飛び降りて追いかけたいのに、それが出来ない自分が何より腹立たしかった。
それでも何も言い返せなかった。キールの言葉が正しいと分かってしまったからだ。
今飛び降りても助けられない。それどころか、健が助けた意味すらなくなる。
「……くそっ」
力が抜ける。その場へ膝をついた。
◇◇◇
誰も喋らなかった。
エナは腕時計を握り締めたまま、動かない。ずっと谷底を見ている。
誰も声を掛けられなかった。掛けていい言葉が分からない。
だって、分かっているからだ。健が落ちた理由は明白だった。
エナを助けたからだ。
俺も分かっている。キールも、サリーも。きっとエナ自身が一番分かっている。だから誰も口に出せなかった。
長い沈黙のあと。
「……ウチのせいだ」
初めてエナが言った。
「違う!」
思わず否定する。
「違わねぇよ」
エナは顔を上げない。腕時計を握る手に力がこもる。
「タケルが助けなかったら、落ちてたのはウチだ」
何も言えなかった。否定したいのに、言葉が出てこない。それが事実だと、俺も分かってしまっているからだ。
「なんでよ……」
サリーの声だった。涙を拭っている。
「だってタケル、強かったじゃない」声が震えている。「聖剣だって直したのよ? あんなに何でも出来たのに」
サリーは谷底を睨んだ。
「なんで落ちるのよ……」
理不尽だった。本当に、理不尽だった。あれだけ何でも出来た健が、こんなあっけなく落ちる。誰も納得できるはずがなかった。
キールは黙っていた。
一番冷静に見えた。いつも通り、落ち着いて全員を見守っているように見えた。
でも、拳を握っていた。
「私も」
小さな声だった。
「助かると思っていました」
その一言で、分かってしまった。キールも同じだったのだ。冷静を装っていただけで、本当は誰よりも信じたかったのかもしれない。
風が吹く。
谷底は相変わらず黒い。何も見えない。返事もない。
それでも。
「ですが」
キールが静かに口を開いた。
「タケルさんなら、もしかしたらと信じてしまうだけのことを、今までしてくれました」
苦笑するような声だった。
「正直、私の常識では説明できません」そう言って谷底を見る。「だから今回も、そうであって欲しいと思っています」
その言葉に、俺も谷底を見た。
普通なら助からない。そんなことくらい、俺にも分かる。
でも。
健だ。
あいつは面倒臭そうな顔をしながら、結局やる。無理だと言われてもやる。自分が危なくても助ける。
そういう奴だ。
だからきっと、落ちながらでも何かやってそうだ。落ちた先でも何かやってそうだ。下手したら、村でも作ってるかもしれない。
そう考えたら、なんだか少し笑えてきた。
「……あいつだもんな」
胸の奥に張り付いていた重さが、少しだけ軽くなる。
「そうだよな」
顔を上げる。
エナが俺を見ていた。
「タケルは死んでねぇ」
ようやく、いつもの強気な声が戻っていた。
「まだ付き合いは短いかもしれねぇけどよ」腕時計を握る。「なんかわかるんだよ。あいつなら、もしかしたらって」
その言葉に、サリーも涙を拭って顔を上げた。
「……そうよね」
だったら、迷う理由はない。健が生きているなら、俺達がやることは一つだけだった。
「仮に生きて流れ着いたとしても、その先は魔族領です」
キールが続ける。
魔族領。人類の敵が暮らす場所。本来なら近付きたいとも思わない場所だった。
だが今は違う。そこに健がいるかもしれない。そう思った瞬間、魔族領という言葉の意味が少しだけ変わった気がした。
「なら決まりだな」
立ち上がる。聖剣を握る。
「さっさと魔王を倒して」谷底へ視線を向ける。「健を迎えに行くぞ!」
「おう!」
エナが力強く頷く。
「はい」
キールも頷いた。サリーも涙を拭いながら顔を上げる。
健は生きている。根拠なんてない。
それでも、あいつならもしかしたらと思えてしまうのだから、仕方がなかった。
【第一章終了時点】
小鳥遊 湊
創世【技】
* 火炎魔法
* 水魔法
* 韋駄天
* 聖剣技
* 浄化
* 飛脚(習得直後)
⸻
桐生 健
創世【物】
生活用品
* 風呂
* 小屋
* ベッド
* ドライヤー
* 腕時計
* 救急箱
* ポーチ
* 冷蔵庫
* 電子レンジ
* 魔法鞄×4(湊、キール、サリー、エナ)
村設備
* 手押しポンプ式井戸 貯水槽
武装・改造
* 聖剣(解)
*黒剣(健)
第一章プロローグ完




