落下
嫌な予感は外れなかった。
最初に突っ込んできたワイバーンは一匹だった。
「来る!」
エナの声が響く。反射的に空を見る。
デカい。想像していたよりずっとデカい。鋭い爪。長い尾。巨大な翼。それが一直線にこちらへ向かってくる。
「ファイアボール!」
火球を放つ。直撃。ワイバーンが悲鳴を上げながら地面へ落ちた。
「よし!」
倒せた。思ったよりいける。
その直後、二匹目が来る。さらに三匹目。
サリーの風魔法が飛んだ。翼を切り裂かれたワイバーンが、回転しながら落下する。
「右です!」
キールが叫ぶ。
「上!」
エナも続く。反射的に身体を動かした。ワイバーンの爪が目の前を通り過ぎる。
危ない。だが戦える。十分に。
「意外といけるな!」
「油断しないでください!」
キールが即座に否定する。その声には焦りが混じっていた。
空を見る。まだいる。二匹。三匹。五匹。さらにその奥。まだ飛んでいる。
「おい……」
思わず呟く。多い。明らかに多い。
「ありえません」キールの顔が険しかった。「普通の群れではありません」
その時だった。
「まだいるぞ!」
エナが叫ぶ。空を見上げたまま数を数えていたらしい。その顔が引きつっていた。
「十五……いや、もっとだ!」
背筋が冷えた。多すぎる。そんな数と戦うのか?
次の瞬間。ワイバーン達が一斉に動いた。
「まずい!」
キールが叫ぶ。
爆風。ワイバーン達が次々と頭上を通過する。馬が暴れ、馬車が大きく揺れた。
「うおっ!?」
踏ん張る。サリーの魔法が飛ぶ。俺も火炎魔法を放つ。一匹落ちる。二匹落ちる。
だが減らない。次が来る。また次が来る。
「くそっ!」
ファイアボールを撃つ。避けられる。聖剣も届かない。空だ。高すぎる。
「韋駄天!」
身体が軽くなる。地面を蹴る。速い。だが届かない。
当然だ。速くなっただけだ。足場のない空は走れない。
どうする。どうしたら届く。
ワイバーンが頭上を旋回する。届かない。韋駄天じゃ足りない。足場がない。
だったらどうする。どうしたら。
ピコン。
頭の奥で音が鳴った。同時に情報が流れ込んでくる。
【飛脚】
「飛脚?」
思わず呟く。意味は理解できた。空中を足場として認識する技。空を駆けるための技。
「なんだそれ……」
だが試す暇はなかった。
その時。馬車が大きく傾いた。ワイバーンの体当たりだった。車輪が崖側へ沈む。道の端が崩れる。
「まずい!」
キールが叫ぶ。
「創世」
健が前へ出た。地面から石柱が伸び、崩れた場所を支える。さらに石材が組み上がり、傾いていた馬車が持ち直した。
「助かった……」
思わず息を吐く。
次の瞬間だった。
「エナ!!」
健の叫び声。今まで聞いたことがない声だった。
反射的に振り向く。そこで初めて見た。ワイバーンの体当たりを受けたエナの姿を。
小さな身体が宙へ吹き飛ばされる。その先は崖だった。
「エナ!」
叫ぶ。だが届かない。
健が走る。迷いなく。一直線に。崖を蹴る。飛ぶ。空中でエナの腕を掴む。
そして。
ぶん投げた。
「うわぁぁぁぁ!?」
エナが地面へ転がる。
助かった。そう思った瞬間だった。
健だけが空中に残る。支える場所はどこにもない。
「健!」
手を伸ばす。届かない。エナも手を伸ばす。届かない。
健の身体が落ちる。大渓谷の底へ。どこまでも。どこまでも。深い闇の中へ。消えていく。
時間が止まったようだった。
誰も動けない。風だけが吹いている。
信じられなかった。今起きたことが理解できない。
嘘だろ。嘘だろ。嘘だろ。
「健……?」
返事はない。谷底は見えない。ただ黒い。深い。何も見えない。
エナはその場へ座り込んでいた。腕時計を握り締めている。震えていた。
俺も震えていた。
嫌だ。こんなの。嫌だ。
「健ーーーーーーっ!!」
叫ぶことしかできなかった。
しかし、返事はなかった。




