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表裏の歴史書〜悪魔との契約〜  作者: qp46
プロローグ

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17/21

野営

村を出てしばらく経った頃だった。


馬車の中は静かだった。村を救えた達成感なのか、それとも単純に移動の疲れなのか、誰もあまり喋らない。サリーは窓の外を眺め、キールは本を読んでいる。エナは椅子へ深く腰掛けながら、落ち着かない様子で周囲へ視線を向けていた。


そんな中、健だけは窓の外を見ながら何か考え込んでいる。


「どうした?」


俺が声を掛けると、健は視線を外へ向けたまま答えた。


「中途半端だな」


何の話かはすぐに分かった。今の健が気にすることなんて一つしかない。


「村か?」


「ああ」


やっぱりだった。


「水は解決した。でもそれだけだ」健は淡々と言葉を続ける。「畑は荒れていたし、柵も壊れていた。病人も多かったし、働き手も足りない」


俺は思わず笑ってしまった。


「まだ考えてたのか」


「当然だろ」


即答だった。


本当にそういう奴なんだなと思う。俺だったら水問題が解決した時点で満足している。でも健は違う。一つ問題を解決したら、その先にある問題へ目を向ける。多分あいつの頭の中では、あの村の改善案がまだ延々と続いているのだろう。


「時間があればな」


健がぽつりと呟く。


その言葉を聞いて、少しだけ考える。確かにあの村はまだ良くなる余地がある。でも今の俺達には、やるべきことがあった。


「じゃあ魔王倒したら戻ろうぜ」


健がこちらを見る。


「あの村は逃げないだろ」俺は笑った。「俺達の目的は魔王を倒すことだ。それが終わったらまた来ればいい」


少しの沈黙のあと、健は小さく頷いた。


「そうだな」


珍しく素直だった。


◇◇◇


翌日になると、景色は大きく変わり始めていた。森は少しずつ減り、代わりに岩肌の目立つ荒野が増えていく。道も緩やかに高くなっているらしく、馬車の窓から見える景色はどこまでも広がっていた。


「そろそろ見えますよ」


キールの言葉に外を見る。


最初は山脈か何かだと思った。だが違う。近付くにつれて、それが巨大な裂け目だと分かる。地平線の先まで続く大地の傷跡は、まるで世界そのものが真っ二つに割れているように見えた。


「でか……」


思わず声が漏れる。


「これが大渓谷です」


キールが頷く。


言われても実感は湧かなかった。ただ大きい。とにかく大きい。もし落ちたら助からない。そんな確信だけはあった。


「よくこんな所に道作ったな」


「昔から使われている道ですからね」


キールが苦笑する。


しばらく進んだところで、馬車が止まった。


「今日はこの辺りで野営にしましょう」


日はまだ落ち切っていない。どうやら大渓谷へ入るのは明日らしい。


「創世」


健がウインドを開く。白い光が広がり、見慣れた小屋が二つ現れた。風呂小屋と寝室だ。前に見た時も思ったが、本当に便利すぎる。


サリーは当然のように風呂の準備へ向かい、キールも特に驚いた様子はない。だがエナだけは固まっていた。


「なんだこれ」


「野営セット」健が答える。


「野営?」


「野営だな」


エナは風呂小屋を見る。寝室を見る。それから俺を見た。


「野営ってこんなだったか?」


「俺も最初そう思った」


キールが苦笑した。


しばらくして、風呂の準備が終わる。前と同じように俺とサリーで風呂桶へお湯を張った。二回目ともなると、手順も分かっていた。


「よし」


準備が終わり、俺は肩当てへ手を掛ける。


その瞬間だった。


「ダメよ!」


サリーが声を上げた。


「は?」


「一番風呂は王女の特権よ!」


「そんな特権あってたまるか!」


言い返した次の瞬間。


「えいっ!」


「うおっ!?」


サリーに肩を押される。勇者になって身体能力が上がったはずなのに、意味が分からない。気付けば風呂小屋の外へ追い出されていて、そのまま目の前で扉が閉まった。


「一番風呂いただき!」


中から勝ち誇った声が聞こえる。


「おい!」


俺は思わず健を見た。


「俺、身体能力上がってるはずだよな!?」


「上がってるな」


「なのに普通に押し負けたぞ!?」


健は少し考えた。


「火事場の馬鹿力ってやつじゃないか?」


「こんなところで!?」


何と戦ってたんだよ。


後ろでキールが吹き出していた。


しばらくして、風呂場の扉が開く。


「最高だったわ」


サリーは満足そうな顔をしていた。どうやら勝者らしい。


「次エナ」


「おう」


エナが立ち上がる。


「ちゃんと髪乾かせよ」


健がドライヤーを渡す。エナは怪訝そうな顔をしながら受け取った。


「便利なんだよな、それ」


「本当か?」


「使えば分かる」


半信半疑のまま、エナは風呂小屋へ入っていった。しばらくして出てきた時には、濡れていた髪がしっかり乾いている。


「どうだった?」


「……便利だな」


素直な感想だった。


サリーが得意げに笑う。


「でしょ?」


「悔しいけどな」


そう言いながらも、エナはドライヤーをもう一度見ていた。


健がこちらを見る。


「次は湊だな」


「待ってました」


立ち上がる。


その時だった。


「待て」


健に呼び止められる。


「なんだ?」


健が何かを差し出してきた。お風呂に浮かべる、あのアヒルだった。


「一応作っておいたぞ」


「作ったのかよ!」思わず叫ぶ。「エナ用じゃなかったのか?」


「お前も使いたいのかと思って」


「なんでだよ!」


サリーが吹き出した。エナも呆れた顔をしている。


「いるかそんなもん」


「違うのか?」


健は本気で不思議そうだった。


「違うわ!」


結局、アヒルは持って入った。何となくだ。


風呂桶へ浮かべると、ぷかぷかと湯の上を漂い始める。しばらく眺める。


「……」


何だろう。ちょっと和む。


「いや、悪くないな」


認めたくないけど、悪くなかった。


風呂を終え、夕食を食べる。辺りはすっかり暗くなっていた。大渓谷から吹いてくる風は冷たいが、風呂へ入った後だからか、不思議と心地よい。


小屋へ戻り、ベッドへ倒れ込む。ふかふかだった。隣を見るとサリーは既に寝ていた。相変わらず寝るのが早い。エナも自分のベッドへ潜り込んでいる。


明日はいよいよ大渓谷だ。


「俺も明日に備えて寝るか」


そう呟いて目を閉じる。すぐに意識が沈んでいった。

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