聖剣
ミノタウロスが地面を蹴った。
巨体からは想像できない速度だった。
「来ます!」
キールの声が飛ぶ。次の瞬間には目の前まで迫っていた。
振り下ろされた大斧を慌てて避ける。轟音と共に岩盤が砕け散り、飛び散った破片が頬を掠めた。
「うおっ!?」
今のは食らいたくない。というか食らったら終わりだ。オークの棍棒も危険だったが比べ物にならない。ミノタウロスは着地と同時に斧を振り上げる。あれだけ大きな身体をしているのに動きは鈍いどころか、下手な魔物よりよほど速かった。
「サリー!」
「任せて!」
サリーが放った火球がミノタウロスへ直撃する。爆発と共に炎が広がり、その巨体を飲み込んだ。だが止まらない。毛皮の一部は焦げている。確かに効いてはいるのだろう。けれど足は止まらない。煙の中からそのまま突っ込んできた姿にサリーが目を見開いた。
「嘘でしょ!?」
キールが前へ出る。剣が閃き、ミノタウロスの斧を受け流した。流石だ。そう思った瞬間、キールの表情が僅かに歪む。
押し切られた。
キールの身体が吹き飛び、壁へ激突する。
「キール!」
「問題ありません!」
返事は返ってきた。返ってきたけど問題はあると思う。普通に痛そうだった。
その隙にミノタウロスがこちらを向く。赤い目と視線が合った瞬間、嫌な汗が背中を流れた。俺は剣を握り飛び出す。横から斬り付ける。硬い手応えだった。それでも刃は食い込み血も流れたが、ミノタウロスは気にも留めていない。傷を付けたというより引っ掻いたと言った方が近かった。
ミノタウロスが振り返る。斧が振り下ろされる。
「っ!」
飛び退いた直後、地面が砕ける。飛び散った破片が肩へ当たるだけで痛い。今まで戦ったどの魔物よりも強い。オークが強かったなんて思えなくなるくらい別格だった。
その横から健が飛び出した。黒い剣が閃く。以前より明らかに動きが良い。剣筋がミノタウロスの脇腹を捉え、俺よりも深い傷を走らせた。
だが、それでも浅い。
「硬いな」
健が小さく呟いた直後、斧が横薙ぎに振るわれる。健は後ろへ飛んだ。少しでも遅れていたら真っ二つだっただろう。
そこへエナの矢が飛ぶ。目、喉、関節。急所ばかりを狙った矢は確かに命中している。それでもミノタウロスは止まらない。刺さるだけだ。まるで気にしていなかった。
「くそっ!」
エナが舌打ちした。初めて聞いた気がする。それだけ余裕がないのだろう。
誰が見ても分かった。このままでは勝てない。傷は付いているし戦えてもいる。だが決定打がない。ミノタウロスは少しずつ傷付いているのに対して、こちらは一撃でも貰えば終わりだ。このまま続けば先に力尽きるのは俺たちだった。
その時だった。視界の端に聖剣が映る。岩台の上へ静かに突き刺さっている伝説の剣を見た瞬間、俺はここへ来た理由を思い出した。
そうだ。そのために来たんじゃないか。
「みんな!」
俺は叫ぶ。
「少しだけ時間をくれ!」
キールが即座に理解した。
「ミナト!」
「行け!」
俺は走った。ミノタウロスの咆哮を背中で聞きながら岩台へ飛び乗る。目の前には聖剣があった。
これが魔王を倒す剣。勇者だけが抜ける伝説の武器。
俺は柄を握った。
正直少し期待していた。こう、光るとか。神秘的な何かが起きるとか。勇者認定みたいなイベントとか。そんなことを考えながら力を込める。
スポン。
「抜けた」
あっさりだった。
いやもっとこう、伝説の瞬間みたいなのないのか。
後ろでサリーが叫ぶ。
「抜けた!?」
「流石です!」
キールの声も聞こえた。
その瞬間だった。
視界の端でウインドが光る。
創世一覧:聖剣技
「きた!」
思わず叫ぶ。理由は分からない。でも分かる。今の俺に必要なのはこれだ。
迷わずウインドへ触れる。
次の瞬間、聖剣が手に馴染んだ。初めて握ったはずなのに違和感がない。振れる。使える。そう確信した。
ミノタウロスがこちらへ向かってくる。キールが吹き飛ばされ、サリーが距離を取り、エナが矢を放つ。健が正面で時間を稼いでいる。
間に合う。今ならまだ間に合う。
俺は聖剣を構えた。
身体が自然に動く。ミノタウロスが咆哮し、大斧を振り上げる。俺は走った。
聖剣が光る。
分かる。これだ。
「エクスカリバー!!」
振り抜く。
光が奔る。一直線に放たれた光がミノタウロスを飲み込んだ。
咆哮が消える。
光が消える。
静寂。
巨大な身体が揺れる。
そしてゆっくりと崩れ落ちた。
真っ二つになって。
誰も喋らなかった。俺自身も何が起きたのかよく分かっていない。ただ勝った。それだけは分かった。
「倒した?」
サリーが呟く。
「そのようですね」
キールも安堵したように息を吐いた。
エナはその場へ座り込んでいる。
健だけが聖剣を見ていた。
「どうした?」
俺が尋ねる。
健は聖剣を指差した。
「それ」
「ん?」
改めて手元を見る。
そして固まった。
「……あれ?」
サビている。
めちゃくちゃサビている。
刃こぼれもしている。
よく見るとヒビまで入っている。
「え?」
思わず見直す。
どう見てもボロい。
伝説の武器とは思えない。
「これ聖剣?」
「聖剣よね?」
サリーも困惑している。
キールも複雑そうな顔だった。
「間違いなく聖剣です」
「そうなのか……」
どう見ても寿命寸前だった。
健が剣を眺める。
「寿命だな」
「そんな家電みたいに言うなよ」
伝説の武器なんだけど。
俺は改めて聖剣を見る。サビだらけの聖剣を見つめながら、本当にこれで魔王を倒せるのだろうかと少しだけ不安になった。




