番人
「オークがいる」
エナの言葉に思わず剣を握り直した。暗闇の奥で何かが動く。今まで倒してきたゴブリンやコボルトとは明らかに違う。立っているだけなのに妙な圧迫感があり、筋肉で膨れ上がった身体は人間より一回り大きい。手に握られた棍棒も俺の胴体くらいありそうだった。
「あれがオークか」
「中層の主力だな」
エナが短く答える。なるほど。確かに強そうだ。入口で戦った魔物達も十分危険だったが、目の前のオークは見るからに格が違う。
「グォォォォ!!」
オークが咆哮を上げると同時に地面を蹴った。その巨体からは想像できない速度だった。
「うおっ!?」
慌てて横へ飛ぶ。直後、振り下ろされた棍棒が地面へ叩きつけられ、轟音と共に岩が砕け散った。飛び散った破片が頬を掠める。今のは普通に死ぬ。ゴブリンとは比べ物にならない。
だが、不思議と恐怖だけじゃなかった。強い相手と戦っているという実感があったし、異世界へ来てから想像していた冒険者らしい戦いに少しだけ胸が躍る。
オークが再び棍棒を振り上げる。今度はこちらから踏み込んだ。
振り下ろされるより先に懐へ潜り込み、全力で剣を振り抜く。肉を裂く感触と共にオークの身体が揺れ、そのまま巨体が崩れ落ちた。思ったよりあっさりだった。いや、強かったとは思う。思うんだけど、正直そこまで苦戦した感覚がない。
「いや、一人で倒すなよ」
エナが頭を抱えた。
「強かっただろ今の」
「強かったな」
健が頷く。
「普通はな」
何か引っかかる言い方だった。
◇◇◇
中層へ入ってから現れるのはオークやリザードマンばかりで、どれも入口にいた魔物より一回り強かった。しかも数が多い。三体、四体と群れで現れることも珍しくない。
「右!」
エナの声と同時に矢が飛ぶ。物陰へ隠れていたオークの肩へ突き刺さり、体勢が崩れたところへ俺が飛び込んだ。
剣を振るとオークが吹き飛ぶ。だが次の瞬間には別の魔物が現れ、休む暇もなく次の戦闘が始まる。
「左です!」
今度はキールの声だった。リザードマンが剣を振り下ろしてくる。受け止めると予想以上の力だったが押し負けるほどじゃない。そのまま弾き返し、首元へ剣を叩き込んだ。
「サリー!」
「任せなさい!」
火球が飛ぶ。片方のオークへ直撃すると爆発し、近くにいたもう一体もまとめて吹き飛ばした。
「相変わらず派手だな!」
「褒め言葉として受け取っておくわ!」
サリーは楽しそうに笑う。その横ではキールが静かに剣を振るっていた。無駄がない。本当に綺麗だ。気付いたら魔物が倒れている。そんな戦い方だった。
「やっぱキール強いな」
「長年鍛えてますから」
本人は謙遜しているつもりらしいが、全然謙遜になっていなかった。
戦闘の合間、キールが軽く剣を振った。
「どうですか?」
健へ向けた言葉だった。
昨日改良してもらった剣だ。
「問題なさそうですね」
健が頷く。
キールは感心したように剣を見つめた。
「驚きました。以前より遥かに扱いやすいです」
「良かったです」
健も少しだけ満足そうだった。
健達が武器の話で盛り上がる中、俺は別の問題に直面していた。
「俺のは?」
「だから聖剣を抜くんだろ」
「ぐぬぬ」
当然却下された。
「諦めろよミナト」
エナにまで言われる。
ひどい。
◇◇◇
さらに奥へ進む。
気付けば魔物の姿が減っていた。さっきまであれだけいたのに、今は妙な静けさが辺りを支配している。
「何か変じゃないか?」
俺が言うとエナも頷いた。
「変だな」
気配察知や道標でここまで案内してくれたエナも警戒している。
「魔物がいない」
「逃げたとか?」
サリーが尋ねる。
エナは首を横へ振った。
「違う」
そう言って暗闇の奥を見る。
「もっと強い奴がいる時はこうなる」
嫌な予感しかしなかった。
◇◇◇
その後遭遇したのはガーゴイルだった。石像みたいな見た目をした魔物で、しかも空を飛ぶ。
「なんだあれ!?」
「ガーゴイルだ!」
エナが叫ぶ。
名前そのままだった。
だが強い上に硬く、おまけに空まで飛ぶ。面倒くさい要素を全部盛りしたみたいな魔物だった。俺の剣を弾き返しながら上空へ逃げる姿を見て思わず顔をしかめる。
「面倒だな!」
「でしょうね!」
サリーの火球が直撃する。片翼が砕けた。ガーゴイルが地面へ落下する。
そこへキールが飛び込んだ。
一閃。
首が宙を舞う。
「お見事!」
「ありがとうございます」
流石だった。
◇◇◇
ガーゴイルを倒した先で、俺たちは揃って足を止めた。
今まで通ってきた通路とは比べ物にならないほど広い空間だった。天井も高く、自然に出来た洞窟というよりは誰かが意図して作った神殿みたいにも見える。そしてその中央、巨大な岩台の上に一本の剣が突き刺さっていた。
言葉を失った。理由なんて分からない。けれど分かる。あれだ。あれが聖剣だ。
「……あれが」
思わず呟く。
サリーも息を呑んでいた。
キールも静かに頷く。
「聖剣です」
胸が高鳴る。聖剣。異世界へ来てから何度も聞いてきた言葉だ。その終着点が今、目の前にあった。
俺は無意識に一歩踏み出す。
その時だった。
ズシン。
地面が揺れた。
全員が振り返る。
もう一度。
ズシン。
重い足音。
暗闇の奥から巨大な影が姿を現した。オークより遥かに大きく、ガーゴイルとも比べ物にならない巨体だった。二本の角。筋肉の塊みたいな身体。手には巨大な斧。
「嘘だろ……」
エナの顔が引きつる。
キールの表情も消えた。
サリーが杖を握り締める。
健は静かに剣へ手を添えた。
俺だけが目の前の怪物から視線を外せなかった。
見ただけで分かった。今まで戦ってきた魔物とは格が違う。オークが強かったとかそんな話じゃない。立っているだけで嫌な汗が背中を流れ、あれだけ大きな身体をしているのに隙が見当たらなかった。
「ミノタウロス……」
エナの声が震える。
怪物がゆっくりと斧を持ち上げた。
その瞬間、俺は理解した。こいつだけは別格だ。あれが聖剣を守る番人なのだと。
ミノタウロスが咆哮する。
魔窟そのものが揺れた気がした。




