魔窟
翌朝。俺たちは早速山の麓にある魔窟へ向かっていた。
街から見えていた山は近くで見るとさらに大きい。山肌に空いた巨大な洞窟はまるで魔物の口みたいで、見ているだけで嫌な圧迫感があった。
「なんか思ってたよりも怖くね?」
思わず本音が漏れる。
ゲームとかアニメで見るダンジョンはもっとこう、冒険の始まりって感じだった気がする。だが目の前にあるのは巨大な穴だ。普通に怖い。
「だから言っただろ」
エナが呆れたように言う。
「引き返すなら今だぞ」
「いや、引き返さないけどさ」
怖いのと行かないのは別だ。むしろワクワクしている自分もいる。勇者。聖剣。ダンジョン。
異世界に来てからずっと物語の中にいる気はしていたが、今が一番それを実感していた。
「行きましょう」
キールが先頭へ立つ。
俺たちは魔窟へ足を踏み入れた。
◇◇◇
中へ入ると思ったより暗かった。真っ暗という訳ではない。壁や天井には淡く光る石が埋まっていて最低限周囲は見えるようになっている。ただその光は頼りなく、奥へ進むほど影が濃くなっていく。
それに道が多い。少し進んだだけで左右へ枝分かれしている。
「迷路みたいだな」
思わず周囲を見回す。俺なら十分遭難する自信があった。
「実際迷うぞ」
エナが前を向いたまま答える。
「だから斥候が必要なんだ」
なるほど。
確かに俺だけで来ていたら入口で終わっていた気がする。そしてもう一つ。臭いだ。獣臭い。それに混じって鉄みたいな臭いもする。
「なんか臭わないか?」
鼻をひくつかせる。サリーも眉をひそめた。
「確かに」
「血の臭いだな」
エナが当然のように答える。
「ここじゃ魔物同士も殺し合う。死体が残ることもあるし血の臭いくらい普通だ」
普通らしい。
俺は普通じゃない気がする。
そんなことを考えていると、エナが突然足を止めた。
「止まれ」
空気が変わる。
全員が足を止めた。
「どうした?」
キールが尋ねる。
エナは奥を見たまま答えた。
「早速お出ましだぞ。ゴブリン三、コボルト二だ」
俺は目を凝らす。何も見えない。
「どこだ?」
「ウチには見える」
そう言いながらエナは弓を構えた。
「来るぞ」
次の瞬間だった。
ギャギャッ!!
暗闇の奥からゴブリンとコボルトが飛び出してくる。
エナが矢を番える。俺は剣を抜いた。
「行くぞ!」
地面を蹴る。次の瞬間には魔物の群れの真ん中にいた。
横薙ぎの一閃。
ゴブリンもコボルトもまとめて吹き飛ぶ。壁へ叩き付けられた魔物達はそのまま動かなくなった。
静寂。
俺は剣を鞘へ戻す。
「終わったな」
振り返る。
エナが矢を構えたまま固まっていた。
「あれ?」
「どうした?」
エナは俺を見る。それから倒れた魔物を見る。また俺を見る。
「……終わったのか?」
「終わったな」
「お前、本当に強かったんだな……」
何だろう。
その言い方だと今まで弱いと思われていたみたいじゃないか。
「お前って呼ばれるのは好きじゃないな」
エナが首を傾げる。
「じゃあ何て呼べばいいんだ?」
「湊」
俺は笑った。
「湊って呼んでくれ」
エナは少しだけ考える。
「……ミナト」
それだけなのに何となく嬉しかった。
「私はお姉ちゃんでいいからね!」
サリーが割り込んでくる。
「それは呼ばねえって言ってるだろ!」
「なんでよ!」
「なんででもだ!」
「ひどい!」
エナが呆れたように頭を押さえた。
◇◇◇
倒した魔物から魔石を回収する。素材になりそうな牙や爪も回収して魔法鞄へ放り込む。便利なもので全部吸い込まれるように収納されていく。
「それ俺にくれ」
健が魔石へ手を伸ばした。
「使うのか?」
「ああ」
健は頷く。
「ありがとう。早速だが試しておきたいことがある。すぐに済むから少し待っててくれ」
そう言うと目の前へウインドを開いた。何やら操作している。
最近は見慣れてきた光景だ。見慣れてきたけど何をしているのかは相変わらず分からない。健は魔石を一つ取り出すと自分の剣へ押し当てた。
白い光と共に魔石が砕け、光が剣へ吸い込まれていく。数秒後。光が消えた。見た目は少し変わっている。銀色の鉄剣だったものが黒い剣へ赤い模様が混じった男子ならみんなが唆られる見た目になっている。
「かっこいいな!」
「ああ」
健は軽く剣を振る。
「おお?」
思わず声が漏れる。さっきまでと全然違う。剣が身体の一部みたいに動いていた。健自身も少し驚いているようだった。
「何したんだ?」
「剣を改良した」
当然のように言う。
「今のままだと扱いづらくてな」
剣を見ながら続ける。
「軽量化の付与と重心を少しずらした。あと切れ味に補正が付いたみたいだ」
「すげぇ!!」
思わず叫ぶ。
「俺のもやってくれよ!」
健は即答した。
「お前はこれから聖剣を抜くんだろ?」
「おう」
「やるだけ損だ」
ひどい。
「キールさん。よければ改良させてもらえませんか?」
キールの目が少し見開かれる。
「私の剣をですか?」
「試してみたい」
「ぜひお願いします」
「私の杖は出来ますか!?」
サリーまで食い付いた。
「やってみましょう」
「本当!?」
ずるい。俺だけ仲間外れじゃないか。
キール。サリー。健。三人で盛り上がり始める。
俺は少し離れた場所でしゃがみ込んだ。
「はぁ……」
「落ち込むなよ」
隣へエナが座る。
「落ち込むだろ」
「まあ、なんだ」
エナは少しだけ困ったように笑った。
「そういうことも生きてりゃあるよな」
肩を叩かれる。
「気にすんなよ、ミナト」
慰められている。勇者なのに。何だろう。ちょっとだけ複雑だった。
◇◇◇
探索を再開してからもエナの活躍は続いた。
枝分かれへ来れば迷わず進路を決める。魔物が隠れていれば先に気付く。不意打ちを狙っていたコボルトも、エナの矢が飛んだ瞬間に飛び出してきて、そのまま俺が斬り倒した。
「今の見えてたのか?」
「気配察知だな」
エナが答える。
「さっきの道は?」
「道標」
「足音がしなかったのは?」
「遮音」
便利なスキルがあるもんだ。
「スキルってそんなに色々あるのか?」
俺が聞くとエナが固まった。健も固まった。サリーも固まった。何だその反応。
「ミナト」
健が呆れたように口を開く。
「今更か?」
「え?」
「そりゃあるだろ」
そう言われて少し考える。この世界、スキルがあったのか。
いや、俺にも健にもあるんだし当たり前と言われれば当たり前なんだが、改めて言われると考えたことがなかった。
「俺たちだけだと思ってた」
「何でだよ」
健が即座にツッコむ。
「サリーの魔法だってスキルによるものだし、キールの剣術だってそうだろ」
俺はキールを見る。
キールは苦笑しながら頷いた。
「私も剣術系のスキルを所持しています」
「私だって火属性強化とか魔力制御とかあるわよ?」
サリーも胸を張る。
マジか。
「え!?そうだったのか!」
知らなかった。
普通に知らなかった。
「はぁ……」
エナが頭を押さえる。
「何でそれで今まで戦えてたんだよ……」
「何となく?」
「聞いたウチが馬鹿だった」
さらに奥へ進む。その度にエナは迷うことなく進み続けた。
「エナ殿は優秀ですね」
キールが感心したように言う。
「気配察知、道標、遮音。どれも斥候向きの優秀なスキルです」
エナが少しだけ目を丸くする。
「斥候として十分通用します」
「王都の冒険者ギルドでも評価されるでしょう」
「……そうか」
少しだけ嬉しそうだった。すると。
「照れてる?」
サリーがニヤニヤしながら聞く。
「照れてない」
即答だった。でも耳が少し赤い気がする。
多分気のせいじゃない。そんなやり取りをしながら歩いていると、エナが突然立ち止まった。今度はさっきまでと空気が違う。
「どうしました?」
キールが尋ねる。エナは前を見たまま答えた。
「ここから先は中層だ」
短い言葉だった。だが緊張感は十分伝わってきた。
「オークがいる」
暗闇の奥で何かが動く。今まで見てきたゴブリンとは違う。大きい。立っているだけなのに妙な圧迫感があった。俺は思わず剣を握り直した。
どうやら本番はここかららしい。




