エナ
「叔父さんの話だ」
エナは少しだけ遠くを見る。さっきまでの尖った空気が少しだけ消えていた。
「魔族の盗賊団に村が襲われて、私を逃がすために父さんと母さんは殺された」
食堂の喧騒は変わらない。だが自然と耳はエナの声へ向いていた。
「そこに叔父さん達が来てくれた。近くで依頼を受けてて、騒ぎを聞いて駆け付けてくれたらしい。森の中を一人で走ってた私を見つけて、そのままこのセカンまで連れてきてくれた」
少しだけ表情が柔らかくなる。
「叔父さんは冒険者だった。いつも依頼でいなくなるけど、ちゃんと帰ってくる。たまにパーティの人達も来てくれて、剣とか弓とか色々教えてくれた」
エナは少し笑う。
「楽しかったよ」
その言葉だけは年相応だった。
「でも十歳になった頃、叔父さん達は帰って来なかった」
笑みが消える。
「最初は依頼が長引いてるんだと思った。次は怪我してるんだと思った。でも一ヶ月経っても二ヶ月経っても帰って来なくて」
エナは視線を落とした。
「分かってたんだ。帰って来ないんじゃない。帰れないんだって」
エナは少し俯く。
「もう誰かを失うのは嫌なんだ」
静かな声だった。
「だったら最初から誰にも頼らないで生きていく」
ゆっくり顔を上げる。
「だから私は一人を選んだ」
食堂が静かになる。その時だった。
「お前のことだから飯でも食ってるかと思った」
聞き慣れた声がした。振り返る。健だった。
「何で分かったんだ?」
「お前の行動パターンは単純だからな」
即答だった。酷くないか。健はエナを見る。
「で、その子は?」
「色々あってな」
「攫ってきたのか?」
「違う」
少し考える。
「いや、攫ってきたかもしれん」
「事と次第によっては騎士団に突き出さないといけないな」
「待て説明させてくれ!」
◇◇◇
「なるほど」
説明を聞き終えた健が頷く。
「そういうことか」
そしてエナを見る。
「エナだったな」
「……何だ」
「そういえば聞きたいんだが」
健が腕を組む。
「魔窟について何か知らないか?」
エナが少し眉をひそめた。
「魔窟?」
「ああ」
俺が頷く。
「聖剣を抜きに行くんだけど」
エナが固まった。
「聖剣?」
「魔王の弱点って言われてるらしいからな」
「……お前ら、あそこ行くのか?」
エナは呆れたように息を吐く。
「それはやめた方がいい、死ぬぞ」
エナは続けて語る。
「聖剣の近くへ行けば行くほど強い魔物がいるって話だぞ」
表情が真剣になる。
「今まで何人も挑戦して、そのまま帰って来なかった」
食堂の空気が少しだけ重くなる。俺は少し考える。
確かに怖い話だ。
でも。
「大丈夫だ」
「何がだよ」
エナが呆れたように言う。
俺は笑った。
「俺は魔王を倒しに行くからな」
エナが固まる。
「は?」
「こんなところじゃ死んでやらん」
そう言うとエナは頭を抱えた。
「意味分かんねぇよ……」
「それに」
俺は指を折る。
「騎士団副団長のキールは俺なんかより剣の扱いが上手だし安定感がある」
一本。
「王女なのにお転婆なサリーは魔法が得意で俺たちにとって強力なサポーターだ」
二本。
「ここにいる健はなんでも作るし、頭がいい」
三本。
「俺だけ雑じゃないか?」
健がツッコむ。
「だから大丈夫だ」
「根拠になってねぇ……」
即答だった。
でも俺は構わず続ける。
「だからさ」
エナを見る。
「俺達が生きて帰って来たら」
エナが顔を上げる。
「俺と一緒に旅しないか?」
数秒沈黙した。
そして。
「だから何でそうなるんだ!」
机を叩く。
「話の繋がりがおかしいだろ!」
「そうか?」
「そうだよ!」
健が小さく笑った。
「湊らしいな」
エナは大きくため息を吐く。
「……本当に魔窟に行くんだな」
「ああ」
「なら見極めてやる」
エナは立ち上がった。
「お前が本当に勇者なのか」
◇◇◇
宿へ戻ると、入口でサリーとキールさんが待っていた。
「遅かったわね!」
サリーが駆け寄ってくる。
そして。
エナを見る。
固まる。
一秒後。
「キャーーー!!」
耳が痛い。
「なによこの子可愛い!!」
エナが後ずさる。
サリーは構わず距離を詰めた。
「私はサリーお姉さんよ!」
「誰だよ」
「お姉ちゃんって呼んでいいわよ!」
「呼ばねぇよ!」
即答だった。
「遠慮しなくていいのよ!」
「してねぇよ!」
キールさんが額を押さえる。
慣れているらしい。
「ミナト殿」
「説明するよ」
◇◇◇
「なるほど」
話を聞いたキールさんが頷く。
「ではエナ殿が魔窟まで案内してくださると」
「勘違いするな」
エナは腕を組む。
「私は見極めるだけだ」
そして俺を見る。
「お前が本当に勇者なのか」
サリーは満面の笑みを浮かべた。
「よろしくねエナちゃん!」
「勝手にちゃん付けするな!」
宿の前に騒がしい声が響く。だが不思議と悪い気はしなかった。
明日は魔窟だ。聖剣が眠る場所。本当に勇者なら聖剣を抜けるのか。そんなことを考えながら、俺達は宿の中へ入った。




