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第9話:鉄格子の空


第09話:鉄格子の空

府中刑務所。日本最大級の規模を誇るその場所は、今や空からの脅威に晒されていた。

高い外壁も、厳しい検問も、小型ドローンにとっては意味をなさない。ここ数ヶ月、ドローンによる敷地内の盗撮、さらには看守の目を盗んだスマートフォンや薬品といった「禁制品」の投下供給が相次ぎ、所内秩序の崩壊が危ぶまれていた。

「……刑部さん。あなたが空対課に選ばれた本当の理由、覚えているわね?」

羽田から府中へと向かう大型キャリアーの中、羽代課長が静かに問いかけた。刑部はMk-IIのコクピットで計器をチェックしながら、短く答えた。

「……ええ。空路の法規と、塀の中のルール。その両方を知る『生贄』が必要だったんでしょ」

刑部の出向は、法務省による強力な要請だった。ドローンによる組織的な脱獄支援が現実味を帯びる中、刑務所という特殊な空間で「空の力」を行使できるスペシャリストが切望されていたのだ。

「現場に到着よ。……ターゲットは複数。組織的な禁制品投下、および脱獄幇助の疑いあり。空対課、介入を開始して!」

府中刑務所・グラウンド上空

「……見ろよ、まるでカラスの群れだな」

金剛がキャリアーを急停車させる。刑務所の広大なグラウンドの上空には、三機の高性能ドローンが旋回し、特定の運動エリアへ向けて包みを落とそうとしていた。

「刑部、Mk-II、展開!」

刑部はMk-IIをキャリアーから降ろし、刑務所の狭い通路を四脚のホイールで疾走させた。

「瑞希、奴らの狙いは?」

「第4工場の裏手よ! あそこは死角になっていて、監視カメラの網から外れてるわ。……刑部さん、そのまま直進して!」

だが、刑部は瑞希の指示を無視し、逆に独居房棟の屋根へと駆け上がった。

「刑部さん!? ルートが違うわ!」

「……いや、瑞希。工場の裏は『撒き餌』だ。奴らの本命は、さっきから不自然に高度を維持しているあの一機だ」

刑部は別の施設で勤務していたが、刑務官としての経験から知っていた。被収容者(受刑者)たちはシキテン(見張り)や、わざと必要の無い申し出を職員にし、職員の目をそちらに向けさせ、その隙に本当に欲しがるガテ(情報を書いた紙)のやり取りをする。

「右メインアーム、レーザー・ダズラー、出力最大!」

刑部は、雲間に隠れようとしていた四機目のドローンを捕捉した。光学焼損用の強力なレーザーが、ドローンの高性能カメラを一瞬で焼き切る。

「……ターゲット、視界喪失! 迷走を始めたわ!」

「逃がすか。右補助腕、ローター・ブレード、始動!」

刑部はMk-IIの四脚を屋根に固定し、補助腕を高速回転させた。発生した局所的なダウンバーストが、制御を失ったドローンをグラウンドの中央へと叩きつける。

「……刑部さん、まだ終わってないわ! 独居房の窓から、囚人が何かを投げようとしている!」

財前の叫び。ドローンへの「返信」として、内部の協力者が暗号化されたデータをマイクロSDに込めて放り投げようとしていた。

「……無駄だ。そこから投げても、今の風じゃ届かないぜ」

刑部は、ローター・ブレードの回転角を微調整し、独居房の窓付近に強力な「空気の壁」を作り出していた。囚人が放った小さなチップは、機体が発生させた気流に押し戻され、皮肉にも看守の目の前へと転がり落ちた。

「……チェックメイトだ」

事件解決後。府中の所長室で、刑部は感謝の言葉をかけられていた。

「……助かったよ、刑部主任看守。君が空対課にいてくれて本当に良かった。正直、我々だけでは空からの侵入にはお手上げだったんだ」

「……いえ。私は自分の仕事を全うしただけです。……それより所長、あの第4工場の死角、早急にネットを張ることをお勧めしますよ。」

刑部は刑務官時代、工場担当では無く、昼夜勤職員として、夜間巡回していたが、やはり、夜間のドローンによる不正侵入に悩まされて来た。その経験からの発言だった。

刑部は不器用な敬礼を残し、Mk-IIが待つキャリアーへと戻った。

「……刑部さん、いい顔してるじゃない」

羽代課長が、いつものようにコーヒーを差し出す。

「法務省の『生贄』どころか、立派な『守護神』ね。……でも、忘れないで」

羽代が差し出したのは、やはり一枚の書類だった。

「『刑務所施設内における高出力レーザー使用に伴う、法務省・国交省連名報告書』。これ、刑務官の書式と航空局の書式、両方で作成してね。……もちろん、今日中に」

「……結局、どこの部署にいても、俺を待っているのはこれ(書類)か」

刑部は苦笑しながら、キャリアーの助手席に深く腰掛けた。

鉄格子の向こうにある空を守り、法を執行する。

元刑務官・刑部風人の戦いは、この空対課という新しい「現場」で、さらに深く、鋭く続いていく。

【第09話:鉄格子の空 完】


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