第8話:鋼の導き手
第08話:鋼の導き手
羽田空港は、観測史上稀に見る集中豪雨に見舞われていた。視界はほぼゼロ。滑走路の照明すら雨幕に遮られる中、最悪の緊急事態が発生する。
完全自律飛行型の超大型貨物機「アトラス」が、落雷によるシステム不調を引き起こした。脚部の展開に失敗し、さらに着陸誘導システム(ILS)との同期が断絶。燃料が尽きるまでの間、アトラスは迷い鳥のように羽田上空を旋回し続ける「空の遭難者」と化した。
「……機体制御は生きているけれど、目と耳が潰された状態ね。アトラスは今、自分がどこにいるかも、滑走路がどこにあるかも分かっていないわ」
詰め所の管制卓。羽代律子が、ヘッドセットを装着し、マニュアル操作に切り替わったレーダーを睨む。その声に迷いはない。
「財前さん、アトラスの予備受信ポートを強制開放して。瑞希さんは気流の安定する高度を指示。……金剛さん、キャリアーをB滑走路のセンターラインへ。風人君、Mk-IIを『誘導灯』にするわよ」
「……誘導灯? 課長、この雨じゃ地上のライトは見えませんよ」
刑部がMk-IIのコクピットで計器をチェックしながら応える。
「普通のライトならね。……あなたの右腕には、霧も雨も切り裂く最強の『光』があるじゃない」
雨の滑走路・ランディング・ミッション
激しい雨を跳ね飛ばし、金剛の操るキャリアーが滑走路を爆走する。屋根の上には、四脚でがっしりと機体を固定したADUADS Mk-IIが、暴風の中で巨体を震わせていた。
「刑部君、アトラスが高度を下げてくるわ。予定進入角、3.2度。……でも奴はまだ滑走路の位置を誤認している。このままだと護岸に激突するわ」
羽代の冷静な声が、雨音を突き抜けて刑部の耳に届く。
「……位置を教えればいいんだな。課長、タイミングを!」
「……今よ! 右メインアーム、レーザー・ダズラー、出力最大! 拡散レンズをパージして、指向性を絞りなさい!」
刑部がトリガーを引く。本来、敵ドローンの光学センサーを焼くための強力なレーザー光が、極細の「緑色の光の矢」となって天を突いた。
「レーザー・ダズラー、照射開始! アトラス、この光を見ろ!」
激しい雨粒を蒸発させながら、緑色のレーザーが暗雲を貫き、迷走するアトラスの機首を捉えた。アトラスのバックアップカメラが、雨の中に輝く一点の「絶対的な指標」を認識する。
「……捕捉したわ。アトラス、誘導レーザーに同期。着陸シーケンスを再開したわ!」
瑞希が叫ぶ。だが、問題はまだ残っていた。
「刑部、あいつの車輪が出てねえ! このままじゃ胴体着陸で火だるまだぞ!」
金剛の怒号。
「分かっている! 課長、……Mk-IIの脚を、アトラスの『義足』にします!」
「……許可するわ。刑部君、アトラスの速度は時速240キロ。金剛さん、キャリアーを機体の真下に潜り込ませて!」
「無茶を言うな! ……だが、やってやるよ!」
キャリアーが限界速度でアトラスと並走し、その直上、巨大な機体が降りてくる。刑部はMk-IIの四脚を最大限に伸ばし、左補助腕のゲージ・シールドを「クッション」として機体腹部へ押し当てた。
「右補助腕、ローター・ブレード! 逆回転でダウンフォースを発生させろ、浮き上がるな!」
Mk-IIの全身が軋みを上げ、キャリアーのタイヤが悲鳴を上げる。刑部は、レーザー・ダズラーをアトラスのセンサーに照射し続けて視界を確保しながら、その怪力で巨大な機体の重量を受け止め、滑走路へと導いた。
結び:雨上がりの滑走路
数分後。アトラスは滑走路の端で、Mk-IIに支えられるようにして完全に停止した。
「……レスキュー完了。アトラス、完全停止。パイロット、刑部……無事です」
刑部の荒い息遣いが通信機から漏れる。
「……お疲れ様。見事な着陸だったわ」
羽代がヘッドセットを外し、ふぅと長く息を吐いた。
しかし、静寂は長くは続かない。
「羽代課長! 空港事務所から電話です! 『高出力レーザーの使用により、近隣の航空機の計器にノイズが出た可能性がある』と、ものすごい剣幕で!」
外務係長が、いつものように書類を持って駆け寄ってくる。
「……あら。あれは『緊急救難信号』よ。国際条約でも認められているわ。……外務係長、その屁理屈……いえ、正当な理由を添えて、関係各所に報告書を20部送っておいて。……もちろん、朝までにね」
「20部!? ……課長、今日は私の結婚記念日……」
「おめでとう。お祝いに、最新の自動ホッチキス機を使っていいわよ」
羽代課長の無慈悲な笑顔に、刑部は苦笑しながらMk-IIのハッチを開けた。
雨上がりの滑走路に、夜明けの光が差し始める。
「……ダズラーも、使い道次第ってことか」
空路の安全を守り、しがらみをなぎ倒す。
空対課の「鋼の管制官」によるレスキュー劇は、こうして幕を閉じた。
【第08話:鋼の導き手 完】




