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第7話:外交特権の壁


第07話:外交特権の壁

港区、麻布。各国の大使館が立ち並ぶこのエリアの空に、一台の巨大な「空飛ぶリムジン」が滞空していた。特定外来機として登録されたその豪華ドローンは、周囲の交通を妨げ、あろうことか近隣のオフィスビルの窓を執拗に撮影して回っていた。

「……ターゲットは、A国大使館所有の大型ドローン。航空法第132条の制限区域を完全に無視して飛行中。ですが、警視庁も航空局本省も手出しができません」

羽田の詰め所。外務係長が、いつになく冷徹な、しかしどこか怒りを含んだ声で報告した。

「理由はもちろん、『外交特権』です。あの機体は法的には『大使館の一部』と見なされ、不可侵。たとえ都知事の許可なく都庁を撮影しようと、我々に強制着陸させる権限はありません」

「……黙って見てろっていうのか? あんな露骨なスパイ活動を」

刑部が、Mk-IIのコクピット・シートに座りながら吐き捨てる。

「……いえ。外交官という生き物は、表で握手しながら、机の下で相手の足を踏み抜くのが仕事です」

外務係長が、静かに眼鏡を直した。

「空対課、出動。刑部君、君には『事故』を起こしてもらいます。……責任は、この私が外交交渉の場で全て握り潰しましょう」

港区・大使館周辺

「……目標、高度50メートルで静止中。周囲にはA国の警備用ドローンが2機。……刑部さん、近づけば『主権侵害』として国際問題になるわよ」

瑞希の警告が無線に響く。

「金剛さん、キャリアーを大使館の境界線ギリギリに止めろ! 財前、奴のトランスポンダ信号を監視しろ!」

「了解! 道路交通法の範囲内ならどこまでも寄せてやるぜ!」

金剛がキャリアーを急停車させ、Mk-IIがアスファルトを蹴って飛び出した。

「刑部、Mk-II。……これより、空路の安全確保のための『清掃活動』を開始する」

刑部はMk-IIの四脚を使い、ビルの壁面を水平に駆け上がった。ターゲットのリムジンドローンが、こちらを威嚇するように不気味な赤いライトを点滅させる。

「外務係長! 相手がこちらの電子妨害ジャミングを攻撃と見なして、迎撃体勢に入りました! このままではMk-IIが撃たれます!」

財前の鋭い声。

「……想定内です。外務省のデータベースによれば、あの機体はA国の『私企業』が試作機として貸し出しているもの。……つまり、正式な政府資産としての登録には、まだ法的な不備がある」

外務係長の指が、タブレット上で複雑な条約文をスクロールさせる。

「今です、刑部君! 『正当な公務』として、あの大使館ドローンを物理的に排除してください! ただし、機体は傷つけず、ただ『飛ばせない』状態にするんです!」

「了解……! 右補助腕、ローター・ブレード、始動!」

刑部はMk-IIを跳躍させ、リムジンドローンの至近距離へ肉薄した。

ローター・ブレードの超高速回転が、周囲の空気を猛烈にかき乱し、局所的な「ダウンバースト(下降気流)」を作り出す。

「……何をする!」

大使館側からの抗議通信が響くが、刑部は止まらない。

「悪いな、風の悪戯だ。……左補助腕、ゲージ・シールド、パージ!」

刑部はシールドを盾として使うのではなく、リムジンドローンの巨大なプロペラの間に「楔」として放り投げた。

凄まじい火花と金属音。

物理的にローターを拘束されたリムジンドローンは、制御を失い、ゆっくりと――しかし確実に、大使館の敷地「外」にある公園の芝生へと不時着した。

結び:外交官の微笑み

数時間後、公園の周囲にはA国大使館員と警視庁、そして空対課が睨み合っていた。

「……これは明らかな主権侵害だ! 本国に報告し、正式な抗議を行う!」

激昂する大使館員に対し、外務係長は一歩も引かずに、優雅な手つきで一枚の書類を差し出した。

「……お言葉ですが、書記官。先ほど貴国の商務省から、あの機体は『民間企業による無許可のデモンストレーション機』であるとの回答を得ました。つまり、この機体に外交特権は適用されません」

「なっ……!?」

「さらに、我が国の航空法および道路交通法違反、ならびに機体の落下による公園の植栽破壊……。これら全てを不問にする代わりに、そちらが撮影した『オフィスビル』のデータを今すぐ破棄していただきたい。……さもなくば、この件を『違法機によるテロ未遂』として国際社会に公表しますが?」

外務係長の冷ややかな笑みに、大使館員は二の句が継げず、顔を真っ赤にして引き下がった。

夕暮れの羽田。

「……お見事でしたね、係長」

刑部がコーヒーを差し出すと、外務係長はひどく疲れた様子でネクタイを緩めた。

「……疲れましたよ。おかげで、外務省の同期からは『裏切り者』扱い。警察庁からは『越権行為だ』と詰め寄られ……。羽代課長、今回の件、私の有給申請に色を付けていただけますか?」

「いいわよ。でも、その前に……」

羽代課長が、笑顔で山のような書類を差し出した。

「『外交問題に発展しかねない事案に関する詳細報告書』。これ、本省と内閣官房に提出しなきゃいけないから。朝までにね」

「……結局、私に休みは来ないようですね」

刑部が笑い、財前が今回の件で発生した「大使館側の過失」を損害賠償に換算し始め、瑞希が明日の嵐を予報する。

空対課。

国家の壁さえも「書類」と「意地」で乗り越える彼らの日常は、夜の帳と共に更けていく。

【第8話:外交特権の壁 完】


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