第80話:高度20kmの命綱
第80話:高度20kmの命綱
見えないインフラと総務省の無茶振り 羽田空港の空対課オフィス。外務係長が、今度は総務省からの特命ファイルを通行手形のように掲げて飛び込んできた。
「た、大変です! 今度は総務省からの緊急要請ですぅぅーっ!」
「外務係長、声が大きいです。もう少し静かに報告できませんか」
財前鏡子が冷徹な視線でキーボードを叩きながらたしなめる。しかし、外務は血相を変えたまま大型モニターにデータを投影した。
「現在、通信各社が実用化している『HAPS』の一機が、何者かにハッキングされ、システムを乗っ取られました!」
「HAPS……。高度約20キロの成層圏を飛行し、携帯電話の電波中継局として機能する『空飛ぶ基地局』ね」
羽代課長が顎に手を当てて呟いた。
「はい! ソーラー発電で数ヶ月間連続滞空する無人機ですが、今回被害に遭ったのは浮力で滞空する『飛行船・気球型』の最新鋭機です! 犯人の目的は、機体に搭載された次世代通信インフラのコアデータの奪取と推測されます。機体は現在、東京湾の廃埋立地へ向けてゆっくりと降下中です!」
「なるほど」と財前が眼鏡のブリッジを押し上げる。
「総務省の言い分はこうですね。『HAPSは国民の通信インフラの要であり、機体価格も数十億円に上る。撃墜は言語道断。地上に落下して大破する前に、無傷で確保せよ』……と」
「その通りです! しかし、万が一機体が大破した場合、我が課に莫大な損害賠償が請求される可能性があります……!」
「……数十億の負債を抱えたら、空対課は即刻解散ね。でも、国民の通信インフラをテロリストに明け渡すわけにはいかないわ」
羽代課長はマイクを手に取り、凛とした声でオフィスに号令を響かせた。
「空対課、出動! 降下中のHAPSを確保し、待ち受けるテロリストから機密データを死守しなさい!」
成層圏からの落下物 東京湾岸道路を、金剛の操る大型特装キャリアーと、刑部・瑞希の乗るSUVが猛スピードで連れ立って走る。
「……瑞希。HAPSの降下予測地点と、現地の状況は?」
ハンドルを握りながら刑部風人が短く問うと、助手席の雲井瑞希がタブレットの立体マップを展開した。
「ターゲットは現在、高度3000メートルまで降下中。パラシュートを展開しているけれど、機体重量が大きすぎてこのままじゃ地面に激突して大破するわ。予測落下地点は『第7ふ頭』の廃棄コンテナエリア。……やっぱりね。現地には偽装した大型トレーラーと、武装した無人回収ドローンが複数機スタンバイしてる。犯人は機体が墜落しても、コアデータの入ったストレージさえ回収できればいいって腹よ」
「上等だ! マトリの次は総務省のお偉方か。俺たちの働きっぷり、きっちり見せつけてやろうぜ!」
無線越しに金剛の豪快な笑い声が響き、キャリアーが封鎖された第7ふ頭のゲートを強引に突破した。
巨体を受け止める鋼の脚 ふ頭の広場に到達した瞬間、上空から襲い来る武装ドローン群がキャリアーに向けて一斉に牽制射撃を開始した。
「刑部蓮、ADUADS Mk-II、起動。……行くぞ」
走行中のキャリアーの後部ハッチが開き、ADUADS Mk-IIがアスファルトへ躍り出る。 刑部は四脚のホイールを巧みに操り、コンテナを蹴り上げて立体的な軌道を描きながら、右メインアームのレーザー・ダズラーで次々と敵ドローンのセンサーを焼き切っていく。
『刑部さん! 上! HAPSが来るわ!』
瑞希の切羽詰まった声に、刑部は上空を見上げた。 パラシュートを引きずりながら、全長40メートルを超える白銀の飛行船型HAPSが、巨大な影を落として落下してくる。地上で待ち構えていたテロリストの車両は、Mk-IIの強襲に恐れをなしてすでに逃走を始めていた。
『おい刑部! 機体の重量計算が出た! そのまま地面に落ちたら衝撃でコアデータも吹っ飛ぶぞ!』
通信機から新田整備班長の焦った声が飛ぶ。
「……なら、クッションになるしかないな。瑞希、HAPSの係留索の射出ポートの位置を頼む」 『了解! 機体下部のハッチから、緊急着陸用のワイヤーが垂れ下がってる! 右から3メートル、風速6メートルで西に流されてるわ!』
刑部はMk-IIの四脚を全開に広げ、路面にタイヤを強力にグリップさせた。
「両補助腕、展開。ショックアブソーバー、最大減衰力に設定」
直後、上空から垂れ下がってきた極太の係留ワイヤーを、Mk-IIの両補助腕がガッチリと掴み取る。 「ッ……!」 数トンの質量と落下のエネルギーが、ワイヤーを伝ってMk-IIの鋼鉄の機体にダイレクトにのしかかった。四脚のサスペンションが限界まで沈み込み、激しい金属の軋み音を上げる。
『バカ野郎! 関節がもたねえ! ホイールを逆回転させてブレーキをかけろ!』
新田の叫びと同時に、刑部はタイヤを逆回転させてアスファルトを激しく削りながら、HAPSの強烈な牽引力に耐え抜く。巨大な飛行船は空中で強引にブレーキをかけられ、ゆっくりと……そして最後はふ頭の地面へ、ふわりと着地した。
計算された黒字と悲鳴 深夜の空対課格納庫。 着地には成功したものの、限界を超える負荷をかけられたMk-IIは、四脚のサスペンションからプシューと蒸気を吹き出しながら項垂れるように駐機していた。
「あーあ……。油圧シリンダーは全交換、フレームにも微細な歪みが出てる。徹夜でオーバーホールだぞこりゃ」
ツナギを油まみれにした新田が、ボヤきながらもどこか楽しそうにレンチを回している。 刑部が静かに頭を下げた。
「無茶な運用をしてすみません、新田さん」
「いいってことよ。お前が壊した分、俺がそれ以上に頑丈に直してやるからな」
その横で、財前が端末を弾きながら羽代課長に報告を行っていた。
「……今回のHAPS無傷回収に伴う、総務省からの特別報酬額の算定が出ました。Mk-IIの修理費、および第7ふ頭のアスファルト補修費を差し引いても、我が課の今年度の予算に大幅な黒字が計上されます」
「素晴らしいわ、財前さん。これで来年度の最新機材の導入も確実ね」
羽代課長が満足げに微笑む。
「あらあら、今日は総務省の方から、お礼に最高級のメロンをたくさんいただいたんですよ。皆でいただきましょう」
鳥海がワゴンに切り分けたメロンを乗せてやってくると、格納庫に歓声が上がった。
「やった! メロンなんていつぶりかしら!」
瑞希が嬉しそうに目を輝かせる。
「おい、待て財前。俺のキャリアーの燃料代もちゃんと経費から落ちてんだろうな?」
メロンに手を伸ばそうとした金剛が、ふと気になって尋ねた。 財前はメロンを一口上品に味わうと、氷のような視線を金剛に向けた。
「金剛さん。あなたはふ頭に突入する際、無駄にアクセルを吹かして威嚇していましたね。あれは不要な燃料消費です。よって、本日の金剛さんのメロンは皮の近くの硬い部分のみとします」
「鬼ィィィィッ!! 果肉を食わせろォォッ!!」
金剛の絶叫が夜の格納庫に響き渡る。 刑部は瑞希から渡された甘いメロンを頬張りながら、傍らで静かに休息につく相棒――ADUADS Mk-IIを見上げた。高度20キロのインフラを守り抜いた彼らの夜は、こうして賑やかに更けていくのだった。
【第80話:高度20kmの命綱 完】




