第77話:瞳を護る翼
第77話:瞳を護る翼
奪われた「目」
「な、何事ですかぁぁーっ!?」
羽田空港の空対課オフィスに、外務係長のお約束の悲鳴が響き渡った。モニターには、代々木公園周辺の歩道で起きたショッキングな映像が映し出されている。
視覚障害者を案内していた歩行支援用ガイドドローンが、突如上空から飛来した謎の小型機に体当たりを受け、煙を上げて墜落。盲導犬とユーザーが街頭で立ち往生する事態が発生していた。
「ここ数日で3件目よ。盲導犬の補助や、視覚障害者の歩行をナビゲートする福祉用ドローンばかりが狙われているわ」
羽代課長が冷徹な怒りを込めた声で言った。
財前が端末を操作しながら、淡々と補足する。
「被害を受けたのはすべて、福祉事業団が実証実験中の『アイ・バード』型支援機です。1機あたりの開発・導入費用は莫大。さらに、万が一ユーザーがパニックを起こして路上へ飛び出し、事故に遭った場合の損害賠償や社会的損失は……控えめに言っても当課の評判以前の問題です」
「福祉の足、そしてユーザーの『目』を狙うなんて卑劣極まりないわね」
羽代が受話器を置き、通信マイクを握る。
「空対課、出動! 犯行ドローンを特定し、速やかに制圧。ユーザーとガイドドローンの安全を確保しなさい!」
現場への急行と解析
代々木公園沿いの井の頭通りを、二台の車両が激しい排気音とともに駆け抜けていた。
先導する黒のSUVの運転席で、刑部風人は冷静にハンドルを握り、助手席の相棒へ声をかける。
「……瑞希。犯行のパターンは掴めたか?」
助手席の雲井瑞希は、タブレット端末に表示される電波データとビル風のベクトルを食い入るように見つめながら、ハキハキと答えた。
「ええ。犯人は公園に隣接する高層雑居ビルの屋上に潜んで、指向性の妨害電波と攻撃用ドローンを組み合わせているわ。刑部さん、次の標的になりそうなガイドドローンユーザーが、公園南側の交差点に近づいてる!」
その後方を追う巨大な特装キャリアーの運転席では、金剛鉄平が太い腕でハンドルをねじ込んでいた。
「ハンッ! ふざけたマネをするような泥棒ドローンなんぞ、俺のキャリアーで踏み潰してやりたいところだぜ!」
助手席の財前は、車体の揺れをものともせず冷たく釘を刺す。
「歩道の縁石や街路樹に車体を接触させないでくださいね、金剛さん。修繕費用が発生した場合は、当然全額ペナルティとして自腹切っていただきますから」
「分かってるよ! 鬼かあんたは!」
鋼鉄の盾と精密な一閃
現場の交差点に到着すると同時に、SUVから降りた刑部がキャリアーの後部コンテナへと滑り込む。助手席の雲井は素早く観測ドローンを上空へ展開させた。
「刑部蓮、ADUADS Mk-II、起動。……行くぞ、相棒」
コンテナが開き、四脚のホイールを高速回転させたADUADS Mk-IIがアスファルトに降り立つ。白とネイビーの機体がパトランプを明滅させながら、交差点へと滑り込んだ。
上空からは、漆黒の違法攻撃機が、杖を持った盲導犬ユーザーの頭上を飛ぶガイドドローンへ向けて急降下を開始していた。
「刑部さん、上! 攻撃機が来るわ!」
雲井の叫びと同時に、刑部はADUADS Mk-IIの左補助腕を展開。
「ゲージ・シールド、前方展開」
間一髪、ADUADS Mk-IIの巨大な物理シールドがガイドドローンとユーザーの頭上を覆う。激突した犯行ドローンは硬い金属音とともに弾き返されたが、体制を立て直して再び上空へと逃げ延びようとする。
「刑部さん、犯人機はビルの谷間の上昇気流に乗って逃走を図ってる! 風速3.5メートル、北北西! 1.2秒後にビルの影から出るわ!」
観測ドローンからの正確な空間データが、雲井の手によって瞬時に刑部のコックピットへ送信される。
「……捕らえた」
刑部はショットガンではなく、右メインアームのレーザー・ダズラーを選択。出力を極限まで絞り込み、精密なレバー操作でトリガーを引く。
目に見えぬ細いレーザー光線が、逃走する犯行ドローンのメインカメラと通信モジュールだけをピンポイントで焼き切った。制御を失った黒い機体はクルクルと回転しながら落下。それをADUADS Mk-IIの右補助腕のシングル・ローター・ブレードと、左補助腕のゲージ・シールドでハサミのように器用に挟み込んで空中キャッチした。
同時に、公園の雑居ビル屋上に潜んでいた操作役の男も、雲井から位置情報を受けた地元警察の手によって即座に御用となった。
「……こちら刑部。目標の無力化および確保完了。ガイドドローンならびにユーザーに怪我なし」
恐怖に怯えていたユーザーと盲導犬の前に、ADUADS Mk-IIがそっと膝を折ってかがみ込む。巨体でありながら威圧感を与えないその佇まいに、ユーザーは安堵の表情を浮かべ、深く頭を下げた。
奪われた予算と温かいお茶
深夜、羽田空港の空対課格納庫。
「あらあら、無事に解決して本当によかったですねぇ。今回の件で、福祉事業団の方々からも感謝状が届くそうですよ。差し入れのお寿司、買っておきましたから皆さまでどうぞ」
鳥海がニコニコと笑いながら、特上のお寿司の桶をテーブルに並べていた。
その横で、ツナギ姿の新田がエアダスターを手に、ADUADS Mk-IIのシールド表面を磨いていた。
「へっ、直撃を受けたシールドの特殊塗装に傷ひとつ付いてねえな。刑部、受け止め方の角度が完璧だったぞ」
「新田さんの日頃のメンテナンスのおかげですよ」
刑部はコックピットから降り、淡々と答える。
だが、めでたしめでたしでは終わらないのが空対課である。
「金剛さん」 財前がタブレットを手に、氷のような微笑みを浮かべて立っていた。
「現場の急停車時、歩道の車止めポールにキャリアーのリヤバンパーがわずかに接触していましたね。ポールの塗装補修費およびバンパーの研磨費、計4万8千円になります」
「なっ……! あの緊急事態でポールをかすめたくらい、目瞑ってくれたっていいだろ!?」 「予算外の支出です。自腹でお願いしますね。今月の金剛さんの寿司ネタは、かっぱ巻きと玉子のみに決定しました」
「鬼ィィィィッ!! 寿司の格差社会だァァッ!!」
天を仰いで絶叫する金剛の横で、雲井が呆れたように笑いながらマグロに手を伸ばす。
「金剛さん、騒ぐと喉が渇きますよ。……刑部さん、今日もお疲れ様でした」
「ああ、瑞希。見事なナビゲートだった」
静まり返った格納庫で、役割を果たしたADUADS Mk-IIが、優しく点滅する警告灯とともに静かに佇んでいた。東京の空と街の平穏は、今日も彼らの愚直なまでの情熱と、わずかな始末書の山によって守られている。
【第77話:瞳を護る翼 完】




