第76話:隅田川の徒花(あだばな)と鋼鉄の網
第76話:隅田川の徒花と鋼鉄の網
祭りの夜の緊急事態
「な、何事ですかぁぁーっ!?」
羽田空港の空対課オフィスに、外務係長のお約束の悲鳴が響き渡った。モニターには、色とりどりの花火が夜空を焦がす隅田川上空の映像が映し出されている。
「隅田川花火大会の第二会場上空、指定空域に未承認の大型無人機が侵入。公式の中継用ドローンに紛れ込んでいるわ」
羽代課長が鋭い視線をモニターに向ける。横から財前が、冷徹なタイピング音とともにデータを読み上げた。
「目標の積載物を解析。大量の引火性液体と、違法な電波ジャック用アンテナです。万が一、観客100万人の頭上で引火した場合の損害賠償額は……控えめに計算しても、当課が向こう10年は活動停止になる規模の損失です」
「最悪ね。観客がパニックになれば将棋倒しの大惨事よ」
羽代は通信マイクを握り、即座に決断を下した。
「空対課、出動! 目標を速やかに制圧しなさい!」
ナビゲーターの目
隅田川へと続く下町の路地を、二台の車両が猛スピードで駆け抜けていた。
先導する黒のSUVの運転席で、刑部風人は静かにハンドルを握り、助手席の方へ声をかけた。
「……瑞希。現着までの風向きと、熱源の状況は?」
助手席の雲井瑞希は、タブレット端末を弾くように操作しながらハキハキと答える。
「最悪ね。花火の熱源と閃光で、Mk-IIの赤外線・光学センサーはノイズだらけになるわ。私が観測ドローンで目になるから、私の指示通りに動いて!」
その後方を追従する巨大な特装キャリアーの運転席では、金剛鉄平が獰猛な笑みを浮かべていた。
「ハッ! 花火大会のド真ん中にこのデカブツを突っ込ませろだァ!? 下町の路地を舐めんじゃねえぞ!」
助手席に座る財前は、揺れる車内でも表情一つ変えずに交通データのモニターを注視している。
「ルート上の交通規制は既に完了しています。ただし、沿道の屋台やカラーコーンを一つでも破損させた場合、器物損壊の賠償金は金剛さんの給与から天引きします。自腹でお願いしますね」
「無茶言いやがる!」
弾けない引き金と裏方の執念
防潮堤付近の展開ポイントに到着するや否や、SUVから降りた刑部がキャリアーの後部コンテナへと駆け込む。同時に、助手席に残った瑞希が上空へ複数の観測ドローンを一斉に射出した。
「刑部蓮、Mk-II、起動。……出るぞ、相棒」
コンテナが展開し、全長3.8メートルの鋼鉄の機体が四脚のホイールを駆動させてアスファルトに滑り出る。花火の閃光が、白とネイビーの装甲を鮮やかに染め上げた。
「目標捕捉。高度40メートル。……課長、ショットガンの使用許可を」
『不許可よ!』 通信越しに羽代の厳しい声が飛ぶ。
『下には屋形船と100万人の観客がいるわ。散弾の破片一つでも落ちたら終わりよ。近接で仕留めなさい!』
「……了解した」
違法ドローンは、花火の爆炎を隠れ蓑にするようにトリッキーな機動で逃げ回っている。Mk-IIのセンサーには強烈なノイズが走り、ロックオンは不可能だった。 しかし、刑部に焦りはない。
『風速4メートル、南南東! 次、大きな尺玉が上がるわ! その瞬間の気流の乱れで、奴の姿勢が0.5秒崩れる!』
SUVの車内でドローンを操る瑞希から、完璧なタイミングで空間座標が刑部へと送り込まれる。
「……もらった」 刑部は巧みなレバー操作でMk-IIを跳躍させ、右メインアームのレーザー・ダズラーを照射。細く絞られた光が違法ドローンのセンサーを的確に焼き切る。
「左メインアーム、特殊カーボンネット射出」
Mk-IIの左主腕のショットガンから放たれた黒い塊が、空中で瞬時に網状に展開。姿勢を崩した違法ドローンを絡め取り、プロペラを完全に停止させた。落下しそうになる機体を、Mk-IIが危なげなくキャッチして着地する。
「……こちら刑部。目標の無力化、および確保を完了。周囲の安全を確認した」
夜空に、この日一番の巨大なスターマインが打ち上がる。川沿いの観客たちは、防潮堤に立つMk-IIと捕獲劇を「特別なサプライズ演出」だと思い込み、割れんばかりの歓声を送っていた。
祭りの後
深夜の空対課格納庫。
「あらあら、素晴らしい連携でしたねぇ。あの特殊カーボンネット、無理を言ってメーカーから試作品を融通してもらった甲斐がありました。差し入れのたこ焼きと焼きそばです、皆様お疲れ様でした」
鳥海がニコニコと笑いながら、屋台の包みをテーブルに広げていた。
その横で、泥だらけのツナギを着た新田が、Mk-IIの関節部をエアダスターで吹き飛ばしながらボヤく。
「チッ……装甲の隙間に花火の火薬の燃えカスが入り込んでやがる。明日は半日がかりでオーバーホールだな。おい刑部、手伝えよ」
「ああ。やりますよ、オヤジさん」
コックピットから降りてきた刑部が、いつものように淡々と頷いた。
一方、テーブルの反対側では財前がタブレットを掲げていた。
「金剛さん。帰路の裏道でキャリアーのミラーを電柱に擦りましたね。修理費は概算で15万円。予算外の支出ですので、今月の夜食の手当は全額カットです」
「鬼ィィィィッ!! 花火の音で誤魔化せると思ったのに!」
天を仰ぐ金剛の横で、瑞希が呆れたように笑いながら焼きそばのパックを開ける。
「刑部さんの無茶な跳躍のせいで、私の観測ドローンもバッテリーぎりぎりだったんだからね」
「……悪かった。俺のたこ焼き、一つ譲る」
「そういう問題じゃないでしょ!」
騒がしい格納庫の奥で、激闘を終えたADUADS Mk-IIが静かに休を休めていた。東京の夜空の平和は、彼らの泥臭い日常によって、今日も守られている。




