第75話:首都高の暴れ馬と鋼鉄の跳躍
第75話:首都高の暴れ馬と鋼鉄の跳躍
鳴り響く警報と最悪の積荷
「警視庁より緊急支援要請! 首都高湾岸線、西行き。完全自動運転の20トントレーラーがハッキングを受け、制御不能のまま暴走中です!」
羽田空港の空対課オフィスに、外務係長の悲鳴のような報告が響き渡った。 モニターに映し出されたのは、周囲の一般車両を蹴散らすように爆走する漆黒の大型トレーラー。最高速度はすでに時速120キロを超えている。
「積荷は?」
羽代課長が即座に問う。横から財前が、冷徹なタイピング音とともに答えた。
「高純度の産業用リチウムイオンバッテリー群です。もし横転して誘爆した場合、周囲のインフラ被害と損害賠償額は……控えめに計算して、当課の年間予算の3倍を吹き飛ばします」
「つまり、ショットガンでの強制停止は論外ね」
羽代はため息をつき、通信マイクを握った。
「空対課、出動! 目標を傷つけず、物理的にシステムを停止させなさい!」
アスファルトの波を乗りこなす男
「ハッ! 傷つけずに20トンを止めろだァ? 労働基準法どころか物理法則に喧嘩売ってんな!」
首都高湾岸線を咆哮とともに爆走する大型キャリアーの運転席で、金剛鉄平が獰猛な笑みを浮かべていた。彼の駆る巨大な特装キャリアーは、暴走トレーラーの真後ろにピタリと食らいついている。 助手席では、財前が交通のデータを、後部座席では、瑞希がタブレットを手に凄まじい速度で気象のデータを読み上げていた。
「金剛さん、この先の大井ジャンクションで左カーブ! 」
「海風の影響で横風7メートル、トレーラーの挙動がさらに不安定になるわ!」
「上等だ!財前、 雲井、舌噛むなよ!」
金剛がシフトレバーを叩き込み、キャリアーの巨大な車体が悲鳴を上げる。凄まじいドライビングテクニックで、暴走トレーラーの右側面に並走する形で車体をねじ込んだ。
「刑部! 準備はいいか! 俺の査定が下がる前にサクッと決めてくれ!」
後部コンテナに積載されたADUADS Mk-IIのコックピットで、刑部風人は静かに操縦桿を握り直した。
「……瑞希、トレーラーの制御ユニットの位置は?」
「キャブ(牽引車)のルーフ後方よ! 厚さ3センチのカバーで覆われてる」
「了解した。金剛さん、3秒だけ、速度と車間を完全に同調させてくれ」
「無茶言いやがる! ――行くぜ!!」
鋼鉄の跳躍
時速100キロの中、金剛の神業的なアクセルワークにより、キャリアーとトレーラーの相対速度が「ゼロ」になる。
「刑部蓮、Mk-II。出るぞ、相棒」
キャリアーのコンテナが展開され、四本の脚部に装備されたホイールが猛烈な勢いで回転を始める。Mk-IIは荷台の上を滑走し、左脚でコンテナの縁を強く蹴り上げた。 3.8メートルの鋼鉄の機体が、首都高の上空を舞う。
「着地時の衝撃、来ます!」
瑞希の警告と同時、Mk-IIがトレーラーの荷台に着地した。強烈な慣性エネルギーが機体を襲うが、刑部はホイールを逆回転させ、4本の脚部のサスペンションを限界まで沈み込ませて衝撃を完璧に殺し切った。
「Mk-Ⅱ、トレーラーの荷台に着地。……作業開始」
財前の報告が共有され、空対課のメンバー全員が安堵する。
刑部は這うような姿勢でキャブのルーフへ接近する。
「右補助腕、シングル・ローター・ブレード展開」
鋭い駆動音とともに、Mk-IIの右副腕からブレードが伸びる。刑部は精密なレバー操作で、暴走するトレーラーの揺れを完璧に相殺しながら、装甲カバーのラッチだけを正確に切り裂いた。 カバーが吹き飛び、複雑な配線が剥き出しになる。
「右メインアーム、ダズラー。出力を最小に絞れ。……基盤を焼く」
細く絞られたレーザー光が、制御基盤の中枢だけをピンポイントで焼き切った。 直後、ハッキングの呪縛から解き放たれたトレーラーが、急激にエンジンブレーキをかけて減速を始める。
「……こちら刑部。目標のシステム停止を確認。完全停止までサポートする」
トレーラーが十分に減速したところで、 Mk-IIはそのまま左補助腕のゲージ・シールドを展開し、トレーラーのフロント部分に機体を回り込ませて、物理的なブレーキの補助に入った。
英雄への報酬
夕暮れの羽田空港。無事に帰還した空対課の格納庫では、いつもの光景が繰り広げられていた。
「金剛さん。キャリアーの右側面装甲の擦り傷、およびタイヤ4本の完全摩耗。修理費は概算で240万円です」
財前がタブレットを掲げ、氷のような視線を金剛に向ける。
「なっ……! あれは不可抗力だろ!? あの速度で並走したらそりゃ擦るわ!」
「規定外の危険運転です。ペナルティとして、今月のあなたの現場手当を全額カットし、修理費の補填に回します。したがって本日の夕食は、備蓄用の乾パンと水道水です」
「鬼ィィィィッ!!」 金剛が天を仰いで絶叫する横で、
鳥海が「あらあら、大変ですねぇ。お茶でも淹れましょうか」と苦笑いしている。
天を仰ぐ金剛の横で、泥だらけのツナギを着た新田が、Mk-IIの脚部を睨みつけていた。
「……刑部の野郎、見事に着地しやがって。だが前脚のショックアブソーバーは完全にイカれちまってる。あのメーカー特注の部品、納期に3ヶ月はかかるぞ……」
頭を抱える新田の肩を、ポンと優しく叩く者がいた。補給担当の鳥海だ。
「あらあら、新田さん。心配ご無用ですよ。例のメーカーの営業さん、先月お子さんが生まれたので『お祝い』を贈っておいたんです。防衛省より先に、こっちに回してくれるそうですよ」
「……お前さんのその根回し、つくづく恐ろしいな」
「それより、冷たい麦茶とおにぎり握りましたから、皆で食べましょう」
騒がしい格納庫の奥で、激闘を終えたADUADS Mk-IIが、静かに休を休めていた。
【第75話:首都高の暴れ馬と鋼鉄の跳躍 完】




