第74話:系譜の鉄騎と三つの後継機(後編)
第74話:系譜の鉄騎と三つの後継機(後編)
東京湾に面した六菱井重工インダストリアルの広大なテストフィールド。 刑部風人は、機動隊仕様である『ADUADS Mk-III バージョンP』のコックピットで操縦桿を握り、感嘆の息を漏らしていた。
「……驚いたな。関節の挙動に一切のブレがない。まるで教習車に乗っているように素直だ」
ダミー標的に向かって大型シールドを構え、模擬弾を放つ。その一連の動作が、極限まで最適化されたOSによってオートマチックに補正されていた。
『でしょう!? ピーキーなMk-IIを乗りこなす刑部さんには物足りないかもしれませんが、現場の誰もが一定のパフォーマンスを出せるのがMk-IIIの強みなんです!』
見学エリアから通信を入れる小崎の声が、誇らしげに弾んでいる。
「確かにこりゃあ優等生だ。だが、面白みには欠けるな」
傍らでデータを見ていた新田班長が鼻を鳴らしたその時――雲井瑞希のタブレットに、けたたましい緊急アラートが鳴り響いた。
「課長! テストフィールドに隣接する大井ふ頭の第4ブロックで火災発生! 原因は……」
瑞希が高速でデータ照合を行い、顔を上げる。
「密輸業者の大型カーゴドローンです! 飛行中にバッテリーが発火して倉庫街に墜落、炎上。さらに護衛用の複数の違法武装ドローンがパニックを起こし、周囲に威嚇射撃をしていて消防のレスキューが近づけません!」
「なんですって!?」広報の橘が青ざめる。
「外務係長、港湾局と消防庁に連絡! 空対課が介入します!」
羽代課長は瞬時に決断を下し、小崎を振り返った。
「小崎さん、事後承諾で申し訳ないけれど……テスト機、実戦で使わせてもらうわよ!」
「えっ!? は、はい! どうぞ!」
「金剛さん、残りの二機をキャリアーに乗せて刑部君を追って! 刑部君はバージョンPで先行し、消防隊の盾になりなさい!」
『了解!』
黒煙が立ち上る大井ふ頭。 逃げ惑う港湾作業員たちの頭上を、威嚇射撃を繰り返す護衛ドローンが飛び回っていた。そこへ、白と黒の装甲を持つ『バージョンP(Police)』が凄まじい速度で突入する。
「シールド、展開!」 刑部が操縦桿を押し込むと、バージョンPの左腕に装備された大型シールドが展開。ドローンが放ってきた牽制の散弾を、完璧な安定性で弾き返し、右腕の小型アンチマテリアルライフルで、護衛ドローンを撃ち落とした。
「流石は警察仕様、Mk-IIのゲージ・シールドより分厚いが、姿勢制御が全く崩れない」
刑部が盾となり、その隙に消防隊員と作業員たちが安全圏へと退避していく。
だが、墜落したカーゴドローンから燃え広がった炎は、危険物指定の倉庫へと迫っていた。
『刑部、乗り換えろ! バージョンPじゃ火の中には入れねえ!』
背後から、金剛が猛スピードで運転する特装キャリアーが急ブレーキをかけた。荷台には、赤を基調とした『バージョンF』と、青を基調とした『バージョンM』が積載されている。
「了解。ホットスワップ(乗り換え)を行う」
刑部はバージョンPのハッチを蹴り開け、キャリアーの荷台へ跳躍。息つく間もなく、消防仕様の『バージョンF(Fire)』のコックピットへ滑り込んだ。
『バージョンF、起動。耐熱フレーム、限界値まで余裕あり』
赤いMk-IIIが、燃え盛る炎の中へ躊躇なく足を踏み入れる。
「右アーム、消化剤散布。左アームで瓦礫を排除する」
刑部は消化剤タンクのバルブを全開にしながら、瓦礫撤去用の強化アームで燃える鉄骨を次々と薙ぎ払っていく。熱センサーと連動したOSが延焼ルートを的確に予測し、炎は瞬く間に鎮火に向かった。
『刑部さん、上空の最後に残っていた護衛ドローンが逃げます! 炎上したカーゴドローンを見捨てて、東京湾の海上へ逃走する気です!』
瑞希の鋭いナビゲートがインカムに響く。
「逃がすか。……金剛さん、もう一度だ!」
燃え盛る倉庫を抜け出したバージョンFが、岸壁スレスレに停車していたキャリアーの横へ着地。刑部は再びハッチを開け、今度は海上保安庁仕様の『バージョンM(Marine)』へと乗り込んだ。
『目標は海上1キロ先、高度20!』
「バージョンM、起動。……出るぞ!」
青いMk-IIIが、岸壁から東京湾の海面へ向かって大跳躍する。 着水と同時、脚部に内蔵された特殊バランサーとスクリューが作動。完全防水仕様のモーターが海水を押し除け、機体はまるで水上スキーのように海面を滑走し始めた。
「海上のうねりをOSが完全に相殺している……! 素晴らしい安定性だ」
刑部はスロットルを全開にし、逃走するドローンの直下へ潜り込む。
「これでチェックメイトだ。対空ウォーターキャノン、発射」
バージョンMの右腕から放たれた超高圧の水流が、海風を切り裂いてドローンのローターを直撃。完全にバランスを崩した違法ドローンは、ショートして黒煙を吹きながら、東京湾へと墜落した。
「……こちら刑部。火災の鎮圧、および容疑機体の無力化を完了。これより帰還する」
波に揺れるバージョンMのコックピットで、刑部は小さく息を吐き、優秀な次世代機たちのコンソールを優しく叩いた。
数時間後、六菱井重工インダストリアルの格納庫。 テスト機三機を無事に生還させた刑部たちを、小崎と橘が涙ぐみながら出迎えた。
「す、素晴らしい……! 現場区域の警備、消火、海上追跡。三つのバージョンの特性を完璧に引き出した、これ以上ない実戦データです!」
小崎が興奮冷めやらぬ様子でタブレットを抱きしめる。
「まさかテスト機がそのまま人命救助に直結するなんて。広報としても、これ以上ないアピールになります。本当に、本当にありがとうございました!」
橘も深く頭を下げる。
「いやぁ、良い機体でしたよ。これなら現場の負担も減りますねぇ」
鳥海がふんわりと微笑み、新田も「まあ、優等生すぎるが、悪くねえフレームだ」と珍しく褒め言葉を口にした。
感動的な空気に包まれる中。 コツン、コツンと、冷酷なヒールの音が格納庫に響き渡った。
「小崎さん、橘さん。素晴らしいデータが取れて何よりです」
財前鏡子が、分厚いファイルと電卓を胸に抱えて進み出る。その眼鏡の奥の目は、獲物を狙う鷹のように鋭く光っていた。
「つきましては、本日の『Mk-III実戦テスト代行費』および『港湾火災鎮圧の緊急コンサルティング料』を計算いたしました」
「えっ……? コンサル、料?」 小崎の笑顔が引きつる。
「はい。この貴重な実戦データを提供する対価として、空対課で運用中のMk-IIの専用予備パーツ一式を、向こう5年間、無償提供という形で契約書にサインをいただきたく存じます。ああ、事後承諾で実戦投入したリスク分として、鳥海さんが欲しがっていた特殊弾のシェルケース100発分もお付けください」
「ご、5年無償!? いや、それは予算的に……!」
「おい小崎! あのバージョンFに使ってた耐熱フレームの素材、あれ最高じゃねえか。Mk-IIの関節にも塗りたいからドラム缶で三本寄越せ!」
新田班長がスパナを片手に迫り寄る。
「ヒィィィッ! わ、私が上に掛け合いますから、武器を下ろしてください新田さん!」
外務係長が慌てて割って入る。
「……やっぱり、自分の相棒(Mk-II)が一番手がかかるな」
見学エリアの隅で、刑部が苦笑しながら肩をすくめる。
「そうね。でも、刑部さんはやっぱり、あのじゃじゃ馬に乗ってる時が一番いい顔してるわよ」
瑞希がクスクスと笑いながら、刑部の背中を軽く叩いた。
次世代の背中を見送りながらも、彼らの乗るワンオフの鉄騎と、終わりのない予算交渉の「日常」は、これからも続いていく。




