第73話:系譜の鉄騎と三つの後継機(前編)
第73話:系譜の鉄騎と三つの後継機(前編)
「いやぁ、今日は素晴らしい日ですね! 銃撃戦もなければ、始末書を書く必要もない。ただの平和な工場見学だなんて!」
東京湾岸エリアに広大な敷地を持つ『六菱井重工インダストリアル』の開発センター。その真新しいエントランスで、外務係長が感動の涙を拭っていた。
「浮かれないでください、係長。本日の表敬訪問およびテスト機へのフィードバック業務は、今後の空対課の予備パーツ無償提供を引き出すための重要な『政治的交渉』です」
財前鏡子が冷徹な声で釘を刺す横で、羽代課長が苦笑しながら歩みを進める。
本日は、空対課のメンバー全員が揃って開発元である六菱井重工インダストリアルに招待されていた。目的は、彼らの実戦データを基に完成した次期量産機『ADUADS Mk-III』の試乗と評価である。
「皆様、本日はようこそお越しくださいました!」
ロビーで一行を出迎えたのは、以前空対課の凄まじい現場を視察して感銘を受けていたシステムエンジニアの小崎と、洗練されたスーツに身を包んだ広報担当の女性社員だった。
「広報部の橘と申します。皆様の多大なるご協力により、ついに次世代型がロールアウトいたしました。本日は私と小崎の二人で、機体のルーツと最新鋭機をご案内させていただきます」
橘の滑らかな案内に促され、一行は巨大なテスト用格納庫へと足を踏み入れた。
そこには、これまでのADUADS開発の歴史を示すパネルと、歴代の機体のモックアップが展示されていた。
「ADUADSの系譜、改めて見ると数奇なもんだな」
作業着姿の新田班長が、一番手前に飾られた無骨な重機のような四脚歩行機の写真を見て鼻を鳴らした。
橘がにこやかに解説を始める。
「はい。ADUADSの原型となったのは、元々は軍用でも警察用でもありませんでした。日本のベンチャー企業『ウォーターブリッジ・インダストリ』が、ホビー&アート目的で開発した大型歩行機『USATARUK』がすべての始まりです」
「ホビー目的でこんな鉄の塊を……平和な時代だったんだな」
金剛鉄平が腕を組んで感心する。
「USATARUKは建機をベースにしていたため、駆動系は油圧シリンダーがメインでした。パワーは絶大ですが、機敏な動きには不向きでした。しかし、この機体の『悪路走破性』に着目した防衛省の要請により、対ドローン兵器としての実験機『ADUADS タイプ0(試作機)』が誕生。それを経て、航空自衛隊の基地防衛用として実戦量産されたのが『ADUADS Mk-I』です」
橘の説明を引き継ぐように、小崎が熱を帯びた声で語り出した。
「しかし、都市部を飛び回る違法ドローンを追うためには、油圧駆動のMk-Iでは反応速度が足りなかった。そこで我々は、ベースとなるフレームそのものを根本から見直したんです」
小崎がパネルを切り替える。そこに映し出されたのは、空対課の面々が毎日のように泥だらけにしている「相棒」の設計図だった。
「実験機であるワンオフモデル、『ADUADS Mk-II』。我々はベース機を、スワロー重工がエンターテインメント・モビリティとして、開発した最新鋭機『XAHCRA』へと変更しました。USATARUKの重厚な油圧メインから、XAHCRAの高出力・高レスポンスなモーター駆動メインへと換装したのです」
「……そのおかげで、関節のトルク管理とモーターの熱暴走対策が地獄のようにピーキーになったけどな」
新田班長が恨み言をこぼすが、その顔はどこか誇らしげだった。
「ええ。ですが、その『じゃじゃ馬』を完璧に手懐けた刑部さんの操縦データと、雲井さんのナビゲートシステムとの同期データがあったからこそ……ついに、この最新鋭機たちが完成したのです!」
格納庫の最奥部。巨大なパーテーションが開き、スポットライトに照らされた三機の真新しいADUADSが姿を現した。 白とネイビーのMk-IIの面影を残しつつも、それぞれの任務に特化した独自のフォルムを持っている。
「Mk-IIのデータを基に開発された、三つの次期量産モデル『ADUADS Mk-III』です!」
小崎が誇らしげに両手を広げた。
「向かって右、警察の機動隊での使用を想定した警備用特化の『バージョンP(Police)』。装甲を強化し、大型シールドと小型のアンチマテリアルライフルを携行しています」
「中央、海上保安庁での運用を想定した『バージョンM(Marine)』。船上での揺れを相殺する特殊バランサーと、塩害を完全に防ぐ密閉型モーターを採用した防水仕様です」
「そして左、消防署のハイパーレスキューでの使用を想定した『バージョンF(Fire)』。耐熱フレームと大容量の消化剤タンク、そして瓦礫を撤去するための強化アームを装備しています」
整然と並ぶ三機の最新鋭機。その洗練された機体を見上げ、刑部風人は静かに目を細めた。
「……素晴らしい機体だ。Mk-IIのようなピーキーさはないが、現場の職員が安全に、かつ確実に任務を遂行できる堅実な設計になっている」
「刑部さんにそう言っていただけると、開発陣も報われます!」
小崎が嬉しそうに頷く。
「さあ、説明はここまでです」 羽代課長がパンッと手を叩いた。
「せっかく六菱井重工さんが用意してくれたテストフィールドよ。刑部君、雲井さん、金剛さん。それぞれの機体に実際に乗ってみて、空対課の厳しい目で『現場の意見』をフィードバックしてあげなさい」
「了解しました。……どれから試しましょうか」
刑部が軽く首を鳴らす。 瑞希もタブレットを取り出し、
「最新のOS、どのくらいスムーズに動くか楽しみね」と笑いかけた。
表敬訪問という名の平和なテストドライブ。 誰もが、今日こそは平和に定時で帰れると信じて疑わなかった。だが、彼ら「空対課」の行くところに、平穏なテスト走行などという概念が存在しないことを、この時の彼らはまだ知る由もなかった――。
(後編へ続く)




