第71話:次世代の雛形と、ワンオフの鉄騎
第71話:次世代の雛形と、ワンオフの鉄騎
羽田空港の格納庫に、場違いなほど真新しいスーツを着た青年が立っていた。 彼の視線の先には、新田班長によって装甲を外され、むき出しの駆動フレームを晒しているADUADS Mk-IIの姿がある。
「美しい……。実戦のフィードバックを受けたフレームの微細な歪みすら、まるで芸術品のようです」
熱に浮かされたように呟くのは、ADUADSシリーズの開発元である六菱井重工インダストリアルのシステムエンジニア、小崎だ。
「馬鹿野郎、そりゃただの金属疲労だ。刑部が無茶な機動ばっかりするから、サスペンションが悲鳴を上げてんだよ」
油まみれのツナギを着た新田が、スパナを片手に呆れたように言い放った。
小崎は持参したタブレットを開き、羽代課長と空対課の面々に向き直った。
「本日は視察の受け入れ、ありがとうございます。現在、我が社ではADUADSの次期量産モデル『Mk-III』の開発を進めております。Mk-Iと、この極端にピーキーなMk-IIの『中間』の性能を持たせ、各省庁のニーズに合わせた派生型を作る計画です」
画面に三つの機体シルエットが映し出された。
「警察向けの治安維持仕様『Type-P』。海上保安庁向けで、船上や塩害の多い港湾での運用を想定した『Type-W』。そして、消防・人命救助に特化した『Type-F』です」
「なるほど。我々のMk-IIは高性能すぎて、他のパイロットには扱えないし、何よりコストが高すぎますからね。量産化して現場の負担を減らすのは大賛成です」
外務係長が深く頷く。
「ええ。そこで、現在世界で唯一『Mk-II』を実戦運用している皆様の生データを、Mk-III開発の参考にさせていただきたく――」
小崎が言いかけたその時、詰め所にけたたましい緊急アラートが鳴り響いた。
『緊急事態です! 大井コンテナふ頭にて、荷役用の超大型ヘキサコプター(六発機)がシステム異常で暴走!』
オペレーター席に飛び込んだ瑞希が、凄まじい速度でキーボードを叩く。
『機体は海上コンテナを吊り上げたまま、港湾施設の上空を迷走中! 強風に煽られてワイヤーが切れれば、数十トンのコンテナが地上の作業員やタンク施設に直撃します!』
「港湾エリアでの高所作業……奇しくも『Type-W』の想定現場ですね」
羽代課長が鋭い視線を小崎に向けた。
「本物の現場、特等席でお見せしましょう。総員、出動!」
海風が吹き荒れる大井コンテナふ頭。 金剛が猛スピードでキャリアーを急停車させると同時に、後部ハッチからMk-IIが飛び出した。
『目標は上空40メートル! コンテナの重みと海風で、機体が大きく振り子のように揺れています!』
先導車の助手席で、瑞希が風向データと港湾の3Dマップを重ね合わせる。後部座席に同乗させられた小崎は、その常軌を逸した情報処理速度に息を呑んだ。
「ショットガンで撃墜すれば、コンテナごと落下する。ローターの駆動部だけを狙撃して出力を落とし、海側へ不時着させるしかないな」
刑部風人は冷静に状況を分析し、Mk-IIの四脚をコンテナ群の迷路へ滑り込ませた。
『刑部さん、海からの突風、秒速12メートル! 狙撃ポイントは、クレーンの支柱を登った先のキャットウォークしかありません!』
「了解した」
Mk-IIが駆動音を唸らせ、垂直に近いクレーンの鉄骨を跳躍しながら駆け上がっていく。
「ば、馬鹿な! あんな立体機動、Mk-IIのシミュレーターでも不可能です!」
小崎がタブレットのテレメトリーデータを見て悲鳴を上げた。
「関節モーターの限界値を完全に超えている! エラーを吐かないのがおかしい!」
「フン、機体の限界なんて、現場のパイロットと俺の調整でいくらでも書き換えてやるんだよ」
通信越しに新田の不敵な笑い声が響く。
クレーン上部に到達したMk-IIが、強風の中でライフルを構える。 上空では、暴走ドローンが吊り下げたコンテナが大きく揺れ、今にもワイヤーがちぎれそうになっていた。
『右からの横風、さらに強くなる。タイミングはコンテナが左に振り切った瞬間。猶予は0.5秒……!』
瑞希の声に、刑部が同調する。
「……見えるぞ」
引き金が引かれた。 特殊非致死性スラグ弾が海風を切り裂き、暴走ドローンの6つあるローターのうち、右側の2つだけを正確に粉砕した。
バランスを崩したドローンは、推力を失いながらも致命的な墜落は免れ、コンテナの重みに引かれるように、安全な海側の空き地へとゆっくりと不時着していく。 ズシン、と重い音を立ててコンテナが接地し、ドローンの活動が完全に沈黙した。
「……こちら刑部。目標の無力化、およびコンテナの安全確保を完了」
『お見事。被害ゼロよ』
羽代の安堵の声が、風の音と共にインカムに響いた。
数時間後。無事に帰投した格納庫で、小崎は深く、深く頭を下げていた。
「驚きました。カタログスペックや設計図がすべてだと思っていた私が浅はかでした。あのMk-IIは、機体だけで完成しているわけではないのですね」
小崎は感極まった顔で、空対課のメンバーたちを見渡した。
「完璧な情報を導き出すナビゲーター、最前線へ送り届けるトランスポーター、機体の限界を引き出すメカニック、それを支える兵站と指揮……皆様の『チーム』そのものが、あの機体の本当のスペックだったのですね」
小崎のまっすぐな称賛に、刑部たちは少し照れくさそうに視線を逸らした。
「この視察データは、必ずMk-IIIの開発に活かします。皆様のような熟練のチームでなくとも、現場の警察官や海上保安官、消防隊員が安全に空の脅威と戦える、そんな素晴らしい機体を作ってみせます!」
「いやぁ、開発元の方にそこまで言っていただけると、我々も鼻が高いですよぉ」
鳥海がニコニコと笑う。 良い雰囲気の中、視察は最高の形で終わろうとしていた。
――しかし、そこに響くのは冷酷なヒールの足音である。
「小崎さん、素晴らしい決意表明をありがとうございます」
財前鏡子が、分厚いファイルと電卓を手にして歩み寄ってきた。
「ところで、本日の視察は我が空対課の『実地コンサルティング』と言っても過言ではありませんね。つきましては、開発への協力費として、今後のMk-IIの専用予備パーツを定価の6割引きで納入していただきたいのですが」
「……え?」 小崎の笑顔が引きつる。
「おい財前! 6割引きじゃ足りねえ、8割だ! 消耗品のグリスとベアリングは無償提供させろ!」
新田がスパナを振り回しながら加勢する。
「ちょっと! お二人とも、スワロー重工の社員さんを脅さないでください! ああっ、また私の胃が……!」
外務係長が慌てて割って入るが、財前と新田の猛攻は止まらない。
「ふふっ。やっぱり、こうでなくちゃね」
瑞希が呆れたように笑い、刑部もMk-IIの装甲に寄りかかりながら、いつもの騒がしい日常に目を細めるのだった。




