第69話:学び舎の潜入捜査と放課後の鉄騎
第69話:学び舎の潜入捜査と放課後の鉄騎
「――というわけで、本省からの直々の特命です」 羽田空港の空対課ブリーフィング・ルーム。羽代課長がホワイトボードに一枚の写真を貼り出した。緑豊かな敷地に立つ、歴史あるレンガ造りの校舎。
「都内屈指の名門、私立『聖英学園』小中高一貫校。政財界のVIPの子弟が多数通うこの学園の敷地内で、軍事転用可能な違法大型ドローンの組み立てとテスト飛行が行われているというタレコミがありました」
外務係長が頭を抱える。
「VIPの子供ばかりの学校に、警察が令状なしで踏み込むわけにはいかない……。だからといって放置もできない。そこで、目立たずに動ける我々『空対課』に白羽の矢が立ったというわけですか」
財前鏡子が冷ややかに眼鏡を押し上げる。
「警察を動かさず、我々だけで内偵から容疑者の特定、そして無力化までを行います。予算は……本省持ちなので、今回は少しだけ気が楽ですが」
「よし、じゃあみんな、制服を着替えて」
羽代課長がニヤリと笑った。
翌日から、空対課の地道な潜入捜査が始まった。
「保健室の先生って、情報が集まりやすいんですよねぇ」
白衣を着た鳥海詩織は、すりむいた膝の治療をしながら、小学生たちから
「旧体育館の裏で、夜に変な羽音がする」
という噂を聞き出していた。
一方、IT特別講師として潜り込んだ雲井瑞希は、職員室のネットワークを密かに監視。 「……学園内のサーバーを経由して、海外のダミー会社から大容量のバッテリーと高出力モーターが発注されているわね。暗号化されてるけど、私の敵じゃないわ」
そして、用務員に変装した刑部風人は、竹箒で落ち葉を掃きながら、鋭い視線で校庭を測量していた。 (……中庭の地盤はMk-IIの重量に耐えられる。だが、渡り廊下の高さがネックだな。射線を通すなら、第2グラウンドへの誘導が必須か)
学園の経理書類を「外部監査」の名目で洗い直していた財前が、決定的な証拠を見つけ出した。
「備品購入費の偽装工作を発見しました。容疑者は生徒ではありません。物理教師の柏木です。個人的な借金を返済するため、違法な密輸用ドローンを組み立てて裏社会に売却しようとしています」
「裏付けは取れたわね。放課後、奴が旧体育館でテスト起動をするタイミングを押さえるわよ」
羽代の指示が、全員のインカムに飛んだ。
夕暮れ時。生徒たちが下校し、静まり返った旧体育館。 踏み込んだ刑部と外務係長の前に、巨大なクアッドコプター型ドローンを前にした柏木がいた。
「な、なんだお前たちは! 用務員がなぜここに!」
「国土交通省・航空管理局だ。違法ドローン製造の容疑で同行願う」
刑部が身分証を突きつける。
しかし、追い詰められた柏木は血走った目でリモコンのスイッチを叩いた。
「冗談じゃない! こいつの初速を止められるものか!」
轟音と共に、違法ドローンが旧体育館の天窓を突き破って飛び立った。それは通常の法規制を完全に無視した、暴力的なまでの推力を持っていた。
『目標、上空へ逃走! このまま市街地へ出られたら、あの違法バッテリーがいつ発火するか分かりません!』
瑞希の悲痛な報告が響く。
「させるかよ! 待たせたな刑部!」
正門から、スクールバスに偽装した特装キャリアーが猛スピードで突入してきた。運転席で金剛がハンドルを切り、荷台のハッチが勢いよく開く。 中には、新田班長が完璧に調整を終えたADUADS Mk-IIが鎮座していた。
「刑部、行くぞ!」 「了解」 刑部は用務員の作業着のままコックピットに飛び込み、Mk-IIを起動した。四脚のホイールが校庭の土を蹴り上げ、白とネイビーの機体が夕空の下に躍り出る。
『刑部さん、目標は高度80。校舎の屋根を越えて逃げようとしています!』
「距離が遠い。ショットガンでは校舎の窓ガラスを割る危険があるな」
『私が予測軌道を出します!』
瑞希のタイピング音がインカム越しに響く。
『風速、気温、すべて計算済み。第2グラウンドの中央から仰角65度。……ピンポイントでローターの駆動部を狙撃して!』
「……信頼している」
刑部はMk-IIを第2グラウンドへスライド移動させ、ピタリと静止。左メインアームのショットガンを構えた。 校舎のシルエットと重なるドローン。一歩間違えれば、歴史ある校舎を破壊してしまう極限のプレッシャー。
しかし、刑部に迷いはなかった。 瑞希のデータと、新田が組み上げた照準システムは完璧に同期している。
「ショットガン、展開。……撃つ」
バシュッ!!特殊粘着弾 が、夕日を切り裂いて一直線に空へ伸びる。 特殊粘着弾は、校舎の屋根をかすめるように飛び、逃走を図るドローンの右前衛ローターに完璧に命中した。
ガガガッ! とモーターが焼き切れる音が響き、バランスを崩したドローンが第2グラウンドの砂煙の中へと墜落する。
「……こちら刑部。目標の無力化、および確保を完了した。生徒への被害、校舎への損傷ゼロだ」
『お見事。お疲れ様、みんな』
羽代課長の安堵の声が響いた。
翌日、空対課の詰め所。 無事に極秘任務を終え、日常に戻ったメンバーたちは、いつも通りの朝礼を迎えていた。
「いやぁ、今回は警察に恩を売れましたし、本省の覚えもめでたい! 私の胃も久しぶりに休まりますよ」
外務係長が上機嫌でコーヒーを啜る。 鳥海も
「保健室の先生、楽しかったですぅ」
とニコニコしている。
しかし、そこに財前がいつものように分厚いファイルを叩きつけた。
「喜んでいるところ申し訳ありませんが。今回の作戦、本省持ちとはいえ『制服の偽装費』や『キャリアーのスクールバス偽装費』は経費で落ちませんでした。理由は『やりすぎ』だそうです」
「な、なんだってーーーっ!?」 金剛が悲鳴を上げる。
「不足分は、当然皆さんの今月の手当から補填します。……それと刑部さん」 財前は眼鏡を光らせて刑部を見た。 「Mk-IIの急発進で、第2グラウンドの芝生を盛大に抉りましたね? 名門校の特注芝生の修繕費、後で請求書を回しますから」
『おい刑部!! また泥だらけにしやがって! 今日は関節部の泥掻き出しで徹夜だぞ!!』 インカムから新田班長の怒号が響く。
「……どうやら、潜入捜査よりこっちの方が過酷らしいな」
刑部がやれやれと肩をすくめると、隣で瑞希がクスクスと笑った。
「仕方ないわね。用務員のおじさん、手伝ってあげるから早く行きましょ」
見事なチームワークで難事件を解決しても、空対課の泥臭い戦いと予算の悩みは、今日も終わらない。




