第67話:静寂の墓標と夜陰の羽音
【第67話:静寂の墓標と夜陰の羽音】
「うぉぉい! なんで深夜2時に墓場なんだよ! 出るだろ、絶対出てるってアレ!」
深夜の都立多摩霊園。広大な敷地に鬱蒼と茂る木々が風で揺れる中、特装キャリアーの運転席で金剛鉄平がガタガタと震えていた。
助手席に座る財前鏡子は、暗闇に光るタブレットから一切目を離さずに冷たく言い放つ。
「幽霊は赤外線センサーに映りませんし、私たちの予算も奪いません。落ち着いてください金剛さん。今回の敵は、物理的な『窃盗犯』です」
インカムから、羽代課長の落ち着いた声が響いた。
『現在、多摩霊園では深夜帯を狙った連続窃盗事件が発生しているわ。ターゲットは墓石に供えられた高価な金属製の装飾品や、真鍮製の花立て。犯人は低空を這うように飛ぶ小型のステルスドローンよ』
『東京都公園協会からの泣きつきですぅぅ!』
外務係長が、本部で頭を抱えながら通信に割り込んできた。
『警察のレーダー網を掻い潜り、パトカーが入れない墓石の隙間を飛び回るせいで、お手上げ状態だそうです! いいですか皆さん、ここは120万平方メートルの神聖な慰霊の場です! 墓石に傷一つでもつけたら、都からの損害賠償と遺族からの慰謝料で、空対課は跡形もなく消し飛びますよ!』
「つまり、発砲は完全不可。Mk-IIの巨体で、数万の墓石を避けながら飛び回るハエを捕まえろというわけか」
黒いスーツに身を包んだ刑部風人が、キャリアーのコンテナ内で操縦桿を握りながら静かに呟いた。
『そういうこと。……刑部君、いける?』
「問題ありません。出ます」
重厚なハッチが開き、ADUADS Mk-IIが夜の霊園のメインストリートに降り立つ。今回はホイールによる装輪走行を封印し、完全な四脚歩行モードだ。3.8メートルの鋼鉄の塊が、不気味なほど静かな足取りで敷地内へと足を踏み入れる。
「……静かな眠りを妨げてすまない」
刑部は暗視モニター越しに無数の墓標へ短く一礼すると、機体を前進させた。
『刑部さん、第4区画の桜並木周辺。熱源反応が3つよ』
後方のSUVで待機する雲井瑞希から、即座に座標データが送られてくる。
『機体は中型のクアッドコプター。超低空……地上からわずか50センチの隙間を縫って移動してるわ。逃げ足に特化したカスタムね』
「捕捉した。……これより捕獲する」
Mk-IIが桜並木の影から静かに身を乗り出した瞬間、センサーに気づいた窃盗ドローン3機が、パニックを起こしたように散開した。 それらはあろうことか、密集する墓石と墓石の間の、幅1メートルにも満たない狭い通路へと逃げ込んでいく。
『追って! ただし絶対に墓石に触れないで! 1基あたり平均200万から300万円の請求が来ます!』
財前の容赦ない警告が飛ぶ。
「了解している」 刑部の指先が、コンソールのスイッチを流れるように叩く。 Mk-IIは巨体に見合わぬ滑らかな挙動で右前脚を上げ、墓石群を跨ぎ越すように着地。四つの関節が独立して動き、まるで糸の上を歩く巨大な蜘蛛のように、一切のブレなく墓石の迷路をすり抜けていく。 その精密すぎる機体制御に、本部で見守っていた外務が「ヒィッ」と息を呑んだ。
『敵機、さらに加速! このままじゃ敷地の外へ逃げられるわ!』
「逃がさない。右メインアーム、レーザー・ダズラー展開。……出力10%」
刑部はあえて出力を極端に絞った攪乱光を、ドローンの進行方向にある木々の梢に照射した。網膜を焼かない程度の不自然な光のチラつきに、自律制御のドローンが一瞬センサーエラーを起こし、空中でホバリングして停止する。
「そこだ」 Mk-IIが跳躍。 だが、武器は使えない。鳥海が苦労して調達した特殊カーボンネット弾でさえ、落下時の衝撃で墓石を傷つけるリスクがある。
刑部が選択したのは、機体そのものを使った「制圧」だった。 Mk-IIは空中で姿勢を捻り、右補助腕のシングル・ローター・ブレードを展開。しかし、敵を切断するのではない。ブレードを最大出力で空回りさせ、強烈な「ダウンウォッシュ(吹き下ろしの風)」を発生させたのだ。
凄まじい風圧が上空から叩きつけられ、ホバリングしていた窃盗ドローン3機はたまらず地面へと墜落。墓石の間の土の露出した通路へ、見事に叩き落とされた。
「……こちら刑部。対象3機を無力化。墓石への接触および破損、一切なし」
インカムの向こうで、外務係長が泣き崩れる音が聞こえた。
『お見事。完璧な制圧だったわね、刑部君』
羽代課長の声に安堵が滲む。
『うぉぉぉ……終わったかぁ!? 幽霊は出なかったか!?』
金剛が涙声で叫ぶ中、SUVから降りてきた瑞希が、Mk-IIの足元に転がったドローンを回収しながらため息をついた。
「もう、金剛さんったら大袈裟なんだから。……でも刑部さん、あんな器用な動き、よく出来たわね。私、途中でヒヤヒヤしちゃった」
機体から降り立った刑部は、暗闇の中で静かに佇む無数の墓標を見つめた。
「ここは彼らが眠る場所だ。Mk-IIの足音で起こすわけにはいかないだろう」
「あらあら、刑部さんもMk-IIも、すっかり泥だらけですねぇ」
いつの間にか現場に到着していた鳥海詩織が、ふんわりと微笑みながら温かいほうじ茶の入った紙コップを刑部と瑞希に手渡した。
「金剛さんにも、温かいお茶を持ってきたんですよぉ。怖かったですねぇ」
「と、鳥海ちゃん……! あんたは女神か……!」
ほっと一息つく現場組だったが、背後から冷ややかな声が響いた。
「さて。見事な作戦でしたが、Mk-IIの脚部に搭載された繊細なバランサーを限界まで酷使したため、サーボモーターの寿命が想定より12%縮みました。……新田班長からの部品交換の請求書、後で回しておきますね」
タブレットの光に照らされた財前の顔が、幽霊よりも恐ろしく見えたのは言うまでもない。 夜明け前の多摩霊園。静寂を取り戻した墓標の間を、空対課の面々を乗せたキャリアーが、ひっそりと帰路についていった。




