第63話:多摩湖畔の攻防、水際の番人
【第63話:多摩湖畔の攻防、水際の番人】
「現在、村山下ダム――通称、多摩湖の堤体周辺にて、東京都水道局の管理メンテナンス用ドローンが、所属不明の違法ドローン複数機による妨害行為を受けています」
羽田空港の空対課本部。大型モニターに映し出された美しい湖畔とレンガ造りの取水塔の映像を前に、羽代課長が凛とした声で状況を告げた。
「敵の目的は?」
出動準備を整え、パイロットスーツならぬ作戦用スーツに身を包んだ刑部風人が問う。
「不明よ。単なる愉快犯か、あるいはインフラ施設の弱点を探るための偵察か。いずれにせよ、首都の重要な水瓶で好き勝手は許されないわ」
「ひぃぃ……水道局からは『歴史的建造物でもあるから、絶対に傷をつけるな』と釘を刺されていますぅ! 警視庁への出動報告と並行して、もう胃に穴が開きそうです!」
外務係長が泣きそうな顔で電話の保留ボタンを押しながら叫んだ。
「空対課、出動! 現着後、直ちに違法機を排除しなさい」
――東京都東大和市・村山下ダム(多摩湖)
「うおぉぉっ! 道が狭え!!」
巨大なADUADS Mk-IIを積載した特装キャリアーのハンドルを握りながら、金剛鉄平が雄叫びを上げた。
都心から離れた水源地。ダムへと続く道は入り組んでおり、3.8メートルの鋼鉄の塊を運ぶにはあまりに窮屈だった。
「文句を言わないの、金剛さん。それより刑部さん、堤体(ダムの壁面)周辺の風況データ、送るわ」
先導するSUVの助手席で、雲井瑞希がタブレットを弾く。
「湖面からの冷たい風と、日射で暖められた陸地の温度差で、堤体に沿って局地的な上昇気流が発生してる。機体の姿勢制御、普段のビル風とは勝手が違うから気をつけて」
「……了解した。瑞希のデータの通りに動かす」
キャリアーがダム湖畔の開けたスペースに停車し、後部ハッチが開く。
「刑部風人、Mk-II、出る」
四本の脚部を器用に使い、Mk-IIが堤体の上の舗装路へと降り立った。その巨大な威容に、遠巻きに見ていた観光客たちからどよめきが起こる。
『おい刑部!』
通信機から、本部で待機する新田班長のダミ声が飛んだ。
『湖畔は湿気がすごいぞ! 関節部に水気が入り込むと後のメンテが地獄だ。なるべく水しぶきは上げるなよ!』
『あらあら、新田さんったら。刑部さん、気にせず思い切りやってくださいねぇ。後のケア用の特殊潤滑油は、さっき業者の人に泣きついて確保しましたから』
すかさず鳥海詩織のふんわりとした声がフォローを入れる。公務員になっても、この二人の立ち位置は変わらない。
「目標捕捉」
刑部の網膜投影ディスプレイに、赤くハイライトされた機影が三つ映し出された。
高出力モーターを積んだ競技用のFPVドローンだ。それらが、水道局の鈍重な点検用ドローンに体当たりを繰り返している。
「右アーム、レーザー・ダズラー展開」
Mk-IIが右腕を掲げ、撹乱用のレーザー光を照射する。しかし、相手はそれを嘲笑うかのように湖面スレスレまで急降下し、光線を回避した。
「すばしっこいな……。課長、ショットガンの使用許可を」
『却下よ』
羽代課長の即答に続き、現場の財前鏡子が冷ややかな声で補足した。
「刑部さん、ここは都民の水瓶であり、取水塔は東京都選定歴史的建造物です。万が一、散弾の流れ弾が施設を傷つけたり、ドローンの有害なバッテリー液が湖に落下した場合、賠償金と環境浄化費用で空対課は即時解散です」
「……なるほど。完全な『縛りプレイ』というわけか」
刑部は短く息を吐き、操縦桿を握り直した。
「瑞希、敵機の軌道予測を」
「任せて。湖面からの上昇気流を利用して、波状攻撃を仕掛けてきてる。……来るわ! 三秒後、あなたの右下から!」
「シールド展開」
左補助腕のゲージ・シールドを構え、Mk-IIが堤体の縁ギリギリに立つ。
直後、ダムの下から飛び上がってきた違法ドローンの一機が、シールドの格子に激突し、プロペラを砕かれて沈黙した。そのまま機体は湖畔の草地へと落下していく。
「一機撃墜。だが、残りの二機が……!」
残る二機はMk-IIを避け、今度はレンガ造りの第一取水塔に向かって一直線に加速し始めた。
「あそこには、避難し遅れた水道局の職員がいるわ!」瑞希が叫ぶ。
「行かせるか……!」
刑部はMk-IIのホイールを限界まで回転させ、堤体の上を猛スピードで滑走した。
『刑部! 右アームのシングル・ローター・ブレードを使え!』
新田の指示が飛ぶ。
「瑞希、風の動きは?」
「上昇気流が強まってる! ブレードを振るなら、下から掬い上げるように!」
「了解!」
Mk-IIが取水塔の前に立ち塞がり、四脚を踏み込んで急ブレーキをかける。アスファルトとの摩擦で白煙が上がった。
迫り来る二機の違法ドローンに対し、刑部は右補助腕のシングル・ローター・ブレードを起動。
瑞希の気象データと完全に同期したタイミングで、湖面からの風に乗せるように、下段から上段へとブレードを振り抜いた。
斬鉄の軌跡。
一閃の下、二機のドローンは空中で真っ二つに両断され、取水塔に触れることもなくコンクリートの通路へと叩き落とされた。
「……こちら刑部。対象の完全沈黙を確認。水道施設および人員に被害なし」 『ふぅ……お見事です、刑部君。操縦者の位置は瑞希さんの観測データから特定済みよ。今頃、地元の東大和署が取り押さえているはずだわ』 羽代課長の声に、対策室の安堵の空気が伝わってくる。
――一時間後。
美しい夕日に染まる多摩湖畔。 巨大なMk-IIをキャリアーに収容し終え、汗を拭う金剛鉄平と刑部風人の前に、いつものように財前鏡子がタブレット端末を片手に歩み寄ってきた。
「さて、刑部さん。見事な腕前でしたが……」 氷のような声色に、金剛が「ヒィッ」と身構える。 「わ、分かってるよ財前! 急ブレーキで堤体にタイヤの跡を残しちまったんだろ!? 晩飯はコンビニの塩むすびで我慢するから、自腹だけは勘弁してくれ!」
目を瞑って両手を合わせる金剛に対し、財前は小さく、本当に小さく息を吐いた。 「……先ほど、東京都水道局の責任者から対策室へ連絡がありました。歴史的建造物である第一取水塔を『文字通り無傷で』守り抜いた空対課の功績を高く評価し、堤体道路の清掃・修繕費は水道局側で全額負担してくれるそうです」
「えっ?」 金剛が間の抜けた声を上げる。
財前はタブレットをスワイプし、画面を金剛たちに向けた。 「加えて、今回は高価な特殊弾を使用せず、Mk-IIの近接兵装のみで事態を解決しました。これにより、今月の弾薬費および補修予算に『大幅な黒字』が発生しています。……よって」 財前はクイッと眼鏡の位置を直し、僅かに口角を上げた。
「本日の夕食は、水道局からの感謝の差し入れである『特産の狭山茶』に加え、近隣名物である『多摩湖・特盛ダムカレー(カツ乗せ)』の購入を許可します」
「う、うおおぉぉぉっ!!」 金剛が、夕陽に照らされた多摩湖に向かって涙ながらに雄叫びを上げた。 「ダムカレー! ご飯の堰堤を決壊させてルーを流し込む、あのロマンあふれるダムカレーか!! しかもカツ乗せ! 財前、お前本当は血も涙もある仏の化身だったんだな! 一生ついていくぜ!!」
「勘違いしないでください。予算の範囲内で適正な経費を計上しただけです。……はしゃいでルーをこぼして作業服を汚したら、クリーニング代は給料から天引きですからね」
『あらあら、よかったですねぇ、現場の皆さん。特盛ダムカレー、私の分も本部で待ってますからねぇ。ルーが決壊しないように、そぉーっと運転して帰ってきてくださいね』 通信機越しに、鳥海詩織のふんわりとした笑い声が響く。
「ふふっ。見事な首都防衛戦の報酬がダムカレーなんて、空対課らしくていいじゃない」
瑞希が呆れたように、しかし嬉しそうに笑う。 刑部も、予想外のジャンクな厚遇に少しだけ目を丸くし、それから穏やかに微笑んだ。
「……ああ。今日の働きなら、たまにはそういう報酬も悪くない」
『おい刑部、金剛!! 浮かれてんじゃねえぞ!!』 その時、通信機から新田厳三班長の怒鳴り声が空気を切り裂いた。
『水道局が道路の修繕費を払おうが、俺の知ったことか! 水際で暴れ回ったせいで、Mk-IIの足回りに泥と湿気がビッシリこびりついてやがる! カレーの堰堤を決壊させる前に、機体の汚れを落とすのが先だ! 帰ったら朝までみっちり、関節部の高圧洗浄と防錆コーティングの再施工に付き合ってもらうからな!!』
「ゲェーッ!! カレーが冷めちまう!!」 金剛が頭を抱え、特盛の歓喜から一転、絶望の表情を浮かべる。
「……了解した。美味いカレーを味わうには、相応の代償が伴うということか」
刑部は苦笑しながら、泥の跳ねた「相棒」の装甲を優しく撫でた。
夕陽を反射してオレンジ色に輝く湖面を背に、空対課の長い一日は、スパイシーなカレーの匂いと鉄の匂いと共に暮れていくのだった。
【第63話:多摩湖畔の攻防、水際の番人 完】




