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第62話:新しい名刺と、変わらない鉄の匂い

【第62話:新しい名刺と、変わらない鉄の匂い】

東京湾アクアライン、海ほたるパーキングエリアの上空。 吹き荒れる強風の中、三機の違法改造ドローンが不規則な軌道を描きながら逃走していた。工業用の大型モーターを不正に積み込み、過積載の密輸品を抱えたまま、東京側の市街地へ突入しようとしている。

「目標、高度を下げて東京湾岸道路へ向かっています! このままでは一般車両のフロントガラスに直撃するわ!」

先導SUVの助手席で、雲井瑞希がタブレット端末を弾きながら叫んだ。

「……逃がさない」

違法改造ドローンの背後を追従するADUADS Mk-IIのコックピットで、刑部風人は操縦桿を静かに倒した。四本の脚部に備わったホイールが唸りを上げ、アスファルトを蹴って機体を加速させる。

『こちら本部、外務です! 千葉県警および警視庁との管轄の押し付け合い……いえ、連携調整が完了しました! 発砲許可、下りましたぁぁっ!』

通信機から外務係長の悲鳴のような報告が響く。

「刑部君、やりなさい。ただし、施設の損壊は最小限にね」

羽代課長の冷静な声に、刑部は「了解」と短く応じた。 Mk-IIの左メインアーム、大口径のショットガンが展開される。

『刑部、今日装填してあるのは「特殊カーボンネット弾」だ! 射程は短いが、対象を確実に絡め取る。……国交省の予算で買った、大事な弾だぞ! 外すなよ!』

通信に割り込んできたのは、いつもの整備班長・新田厳三の声だ。しかし、今日はどこか誇らしげな響きがあった。

「分かっています、新田さん」

刑部は強風の計算を瑞希のデータと照合し、引き金を引いた。 轟音と共に発射された特殊弾頭は、空中で炸裂し、黒い網となって三機のドローンを次々と捕獲。そのまま海上の安全なエリアへと落下させた。

「目標の無力化、および証拠品の確保を完了。……任務完了です」

『お見事ですぅ、刑部さん。ネットの耐久性テストも兼ねていたので、助かりましたぁ』

ふんわりとした鳥海詩織の声が、緊迫した空気を優しく解きほぐした。

数時間後。羽田空港の一角にある航空管理局小型無人機対策課、通称「空対課」の本部対策室。

「はい、お疲れ様。これが本日の特殊カーボンネット弾の使用証明書、およびアクアラインの路面摩擦に関する報告書のフォーマットです。……それから」

財前鏡子が、無表情のままタブレットをスワイプして二人の人物に視線を向けた。

「新田整備班長、鳥海補給担当。本日から国家公務員としての採用、おめでとうございます。さっそくですが、公用端末のアカウント設定と、共済組合の加入手続き、それから初日の出動に関する顛末書の作成をお願いしますね」

そう、今日から空対課の組織拡充に伴い、これまで民間企業から派遣されていた新田厳三と鳥海詩織が、国土交通省の中途採用枠を突破し、正式に空対課の職員として着任したのだ。

「ゲェーッ! 採用初日から顛末書かよ!」

大型キャリアーの運転を終え、ツナギ姿で入ってきた金剛鉄平が同情するように叫んだ。 しかし、当の新田は油まみれのタオルで手を拭きながら、鼻で笑った。

「へっ、民間時代のクソみたいな稟議書に比べりゃ、お上の書式なんておとなしいもんだ。機体がいじれて、刑部が暴れるためのメンテができるなら、肩書きが公務員だろうが何だろうが関係ねえよ」

「頼もしいですねぇ」 鳥海も、真新しい「国土交通省」の身分証が下げられたネックストラップを胸元で弄りながら、ニコニコと笑っている。

「でも、これで防衛省や警察庁への『備品の融通』のお願いが、少しやりやすくなりますぅ。民間人の立場だと、どうしても門前払いされることが多かったですから。これからは『省庁間連携』という名目で、堂々と交渉おねだりができますねぇ」

その言葉に、外務係長が「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げた。

「と、鳥海さん、あまり他省庁を怒らせないでくださいよ……! 尻拭いをするのは私なんですからね!」

「まあまあ、外務係長。今日はめでたい日じゃないですか」

羽代課長が、珍しく柔らかい笑みを浮かべて立ち上がった。

「空対課も、ようやく一つの『組織』としての体裁が整ってきたわ。新田さん、鳥海さん、改めて歓迎します。……ということで、今日はささやかだけど、歓迎会よ」

課長の合図で、会議用の長机に並べられたのは、近所のスーパーで買ってきたと思われる大量のオードブルと、ノンアルコールビールの缶だった。

「おっ! 飯だ飯だ! 今日こそは豪華な……って、おい財前! なんだこの『割引シール』が貼られた揚げ物の山は!」

金剛が絶叫する。 財前は冷たく眼鏡の位置を直した。

「当然です。空対課の予算は火の車なんですよ? 今回の歓迎会費は、私のポケットマネーと、皆さんの毎月の『親睦会費』から念入りに算出したギリギリのラインです。自腹を切らないだけマシと思いなさい」

「鬼! 悪魔! 財務省の犬!」

騒ぐ金剛を尻目に、刑部と瑞希は缶を手に取った。

「でも、これで新田さんたちも完全に『こちら側』ですね」

瑞希が笑いかけると、刑部も僅かに口角を上げた。

「ああ。これからは、今まで以上にMk-IIを酷使しても、身内なら気兼ねなく頼める」

「バカ野郎!」 新田が紙コップを片手に怒鳴る。

「公務員になったからって、あの機体を乱暴に扱っていい理屈にはならねえ! 明日も朝イチでサスペンションの調整だ。付き合えよ、刑部!」

「……了解しました、班長」

「あらあら、皆さん仲良しですねぇ。さ、冷めないうちに唐揚げをどうぞ」

鳥海が甲斐甲斐しく取り分ける中、空対課の面々はそれぞれのグラスや缶を掲げた。

「それじゃあ、新田班長と鳥海さんの、国土交通省入省を祝して。……そして、明日の東京の空の平和を祈って」

羽代課長の音頭で、チープな紙コップとアルミ缶がぶつかり合う音が、対策室に響く。

窓の外では、羽田空港の滑走路を飛び立つ旅客機の灯りが、夜空を静かに切り裂いていた。 新しい名刺を手に入れても、彼らのやるべきことは変わらない。 東京の空の平穏と、「日常の中の非日常」を守り抜くこと。

刑部は、手に持ったノンアルコールビールを静かに飲み干し、格納庫の奥で静かに眠る「相棒」の姿を思い浮かべていた。

【第62話:新しい名刺と、変わらない鉄の匂い 完】


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