第61話:幕張の熱気、暴走する未来
【第61話:幕張の熱気、暴走する未来】
「日本最大のドローン展示会『ジャパン・ドローン・エキスポ』。今回の舞台は、ここ幕張メッセよ」 熱気あふれる展示ホールの片隅で、羽田空港の本部(対策室)にいる羽代課長の声が、現場のインカムに響いた。
今回は、国土交通省航空局無人航空機安全課からの正式な依頼による「ドローン安全利用の啓発活動」としての出展である。会場の中央には、空対課が誇る全高3.8メートルの鋼鉄の獣――ADUADS Mk-IIが、巨大なシンボルタワーのように鎮座し、多くの来場者やメディアのカメラに囲まれていた。
幕張の現場にいるのは、金剛鉄平、刑部風人、財前鏡子、雲井瑞希の4名だ。
「おい刑部、子供たちがすげえ目でMk-IIを見てるぜ。俺たちが日本の空を守ってるって、少しは伝わってるのかね」
金剛がパンフレットを配りながら、機体を眺めて笑う。
「……そうだといいですね」
刑部も、スーツ姿で静かに来場者の誘導を行っていた。
『あらあら、現場の皆さんお疲れ様ですぅ。追加の啓発パンフレットと、ノベルティのボールペン、午後には届くように手配しておきましたからね』
本部の通信マイクから、補給・輸送担当の鳥海詩織のふんわりとした声が聞こえる。
『今回は展示用ということで、ショットガンなどの実弾兵器はすべて外してあります。』
『おう刑部!』 通信の奥から、新田厳三班長の怒鳴り声が割り込んだ。
『今回のMk-IIは、装甲に特製のワックスを三度塗りしてピカピカにしてある! 来場者に触らせるのはいいが、絶対に傷をつけるなよ!』
平和な啓発活動。誰もがそう信じていた、その時だった。
ウィィィィィン――!!
突如として、展示会場内の照明が警告色へと切り替わり、耳を聾するようなエラー音が鳴り響いた。 同時に、会場内に展示されていた海外メーカー製の最新鋭デモ用ドローン数十機が一斉に自律起動し、凄まじい羽音を立てて天井の高い展示ホールの空間へと浮上し始めた。
『な、何事ですかぁぁーっ!? 安全啓発の会場で、最大の不安全事態が発生していますぅぅ!』
本部の外務係長が悲鳴を上げる。 現場でタブレット端末を高速で叩いていた雲井瑞希が、鋭い声を上げた。
「課長、テロじゃありません! 海外製の新型AIが、会場内の密集した数万人のWi-Fi電波やBluetoothと深刻な混線(干渉)を起こし、自律プログラムが暴走しています! 完全にただの『システム事故』です!」
「よりによってこんな場所で……!」
現場の財前が顔をしかめる。 暴走したドローン群は、展示ブースの看板をなぎ倒し、逃げ惑う来場者たちを目がけてコントロールを失ったまま超低空で突っ込み始めていた。パニックになった人々が、出口へと殺到する。
『このままじゃ、ドローンが来場者に直撃して大惨事になるわ! 空対課、ただちに展示モードから戦闘モードへ移行! 人命を最優先に制圧しなさい!』
羽代課長の号令が下る。
「行くぞ、刑部!」
「了解」
刑部がスーツの上着を脱ぎ捨て、Mk-IIのタラップを駆け上がり、コックピットへと滑り込んだ。 メインモニターに、「aduads」の起動ロゴが瞬時に点灯する。
『刑部さん、敵は時速40キロで会場内を不規則に飛び回っています! 実弾は使えません!』
瑞希のナビゲーションに、刑部は静かに応じた。
「問題ない。他の装備を使う」
ガシャリ、と音を立てて、Mk-IIが展示台からフロアへと降り立った。 頭上から、暴走したドローンの群れがMk-IIの巨体を障害物と認識できず、真っ直ぐに突っ込んでくる。
「シールド展開」 刑部は左サブアームに装備された『ゲージ・シールド』を前面に突き出した。 鳥籠のように隙間の空いた頑丈な格子状の盾。突撃してきたドローンがシールドに激突すると、格子の中にプロペラが入り込んで絡まり、機体を破壊することなく物理的に回転を停止させた。
「右サブアーム、起動」 続いて刑部は、右サブアームに格納された『シングル・ローター・ブレード』を展開する。 単発の回転刃が唸りを上げて高速回転を始める。シールドで防ぎきれない側面のドローンに対して、刑部はブレードを精密な太刀筋で振り抜いた。 ギャリィィッ! という金属音と共に、暴走ドローンのローター部分だけが綺麗に切断され、次々と床に無力化されて落ちていく。
『刑部さん、残り10機! 天井付近に逃げ込んで、制御不能のまま落下してきそうよ!』
瑞希の声が飛ぶ。 屋内では、高く跳躍すれば天井の鉄骨を傷つけてしまう。
「……目を潰す」
刑部は右メインアームに装備された『レーザー・ダスター』を上空へ向けた。 本来は光学センサーの汚れを焼き切る清掃用、あるいは非致死性の眩惑用装備だ。 刑部がトリガーを引くと、銃口から目にも留まらぬ高出力のレーザー光線が掃射された。
光の束が天井付近のドローン群を正確に捉え、機体の光学センサーとカメラレンズを一瞬で焼き切る(ダストする)。 「視覚」を失ったドローンのAIは緊急停止モードに移行し、推進力を失ってバラバラと床に落下していった。
「……こちら刑部。会場内の暴走ドローン、全機無力化。来場者および建物への被害は最小限に留めた」
『ふう……お見事です、刑部さん。』
本部の通信から、鳥海の安堵した声が響いた。
『現場の千葉県警も到着したわ。見事な鎮圧だったわね、空対課』
羽代課長の声にも、安堵が混じっていた。
数時間後・幕張メッセ 展示ホール
夕方になり、騒然とした事件の事後処理も落ち着きを見せていた。 しかし、現場の特設ブースの前には、いつものように財前鏡子がタブレット端末を片手に、氷のような微笑を浮かべて立っていた。
「お疲れ様でした。来場者への被害を出さなかったのは見事です。……ですが」
財前が画面をスワイプする。
「急旋回した際に床に残した『タイヤのブラックマーク(焦げ付き跡)』の特殊清掃費、およびレーザー・ダスターのエネルギーパック消耗費。締めて45万円です。したがって、帰りに予定していた『千葉中央港の活磯料理・浜焼き食べ放題』はキャンセル。全員、帰りのパーキングエリアで、一番安いパックのいなり寿司を自腹で食べてください」
「ゲェーッ!! 幕張を、いやドローン業界の未来を守ったのに、自腹でいなり寿司かよ!!」
金剛が広大な展示ホールの天井に向かって絶叫した。
すると、本部の通信機から新田班長の怒鳴り声が飛んできた。
『おう刑部、金剛! 終わったからって安心するんじゃねえぞ!』 『展示会場特有の、目に見えない細かい「ハウスダスト」と、数千人の来場者が持ち込んだ塵が、Mk-IIの関節にびっしり詰まってやがるはずだ! 飯を食う前に、二人で手分けして駆動系の「埃落としの空拭き洗車」だ! ワックスが剥がれるから絶対に水は使うなよ!』
「……了解した。行くぞ、金剛さん」
刑部はスーツの袖をまくり上げ、用意されていた乾いたウェス(布)を手に取った。
「トホホ……分かったよ。いなり寿司食いながら、徹夜で空拭きだ……!」
『あらあら、大変ですねぇ。でも、本部に戻ってきたら、私から熱いお茶と塩飴の差し入れをしますから。頑張ってくださいねぇ』
鳥海のふんわりとした声が、少しだけ二人の心を癒やす。
夕闇が迫る幕張の海。 潮風が遠くで鳴る展示ホールの片隅で、現場と本部の絆を繋ぎながら、空対課の面々は鋼鉄の相棒を黙々と磨き続けるのだった。
【第61話:幕張の熱気、暴走する未来 完】




