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【第60話:熱海の湯けむり、夜空を焦がす群れ】

祝60話到達、ということで、空対課のメンバーには公務員ですが、慰安旅行にいってもらいました。


【第60話:熱海の湯けむり、夜空を焦がす群れ】

「あぁ〜……極楽、極楽。胃薬を飲まなくていい休日なんて、何年ぶりだろうか……」 静岡県・熱海市。相模湾を一望できる高台に建つ、国土交通省の職員用保養所兼研修施設。 その大広間で、外務係長は感涙にむせびながら、妻と娘にお酌をしてもらっていた。

この日、空対課のメンバーは全員で「慰安旅行」に訪れていた。 日頃から外務係長が胃壁を削り、ここ最近は全国を飛び回る彼らのための、国交省の福利厚生である。 羽代課長も夫と子供たちを連れてビールを呷り、金剛鉄平は舟盛りにかぶりつき、雲井瑞希は色浴衣を着て温泉街のスイーツをSNSにアップしている。刑部風人は 朝から露天風呂に浸かりきり、財務省出身の財前鏡子すら、この日ばかりは「あらかじめ承認された福利厚生費」の枠内ということで、静かに伊勢海老を嗜んでいた。

「いやあ、浴衣で飲む酒は最高だな、刑部!」 「……そうですね、金剛さん」 刑部はパリッとした浴衣に身を包み、縁側で静かに熱海のお茶をすすり、涼んでいた。 富士山での三連戦の疲労も、熱海の名湯がすべて洗い流してくれたかのように思えた。

――その時である。

ドドドーン!!

突然、眼下の「熱海サンビーチ」の方角から、空気を震わせるような破裂音が響き渡った。 「なんだ!? 花火大会は明日のはずだぞ!」 金剛が舟盛りのエビを落とす。 瑞希が血相を変えて、浴衣の帯にねじ込んでいたタブレット端末を引き抜いた。休暇中だろうと、彼女は常に広域レーダーのアプリをバックグラウンドで起動しているのだ。

「課長! 大変です! 熱海湾の沖合から、数百機の小型ドローン群が接近中! 機体に高出力の演出用花火パイロテクニクスを積んだ違法な『ゲリラ・ドローンショー』の編隊です!」 「ゲリラショー!? 許可も取らずに!?」 「おそらく違法カジノか何かの広告用だったみたいですが……コントロールAIが熱海特有の海風と地形のせいでエラーを起こし、暴走しています! このままじゃ、火を噴きながら熱海の温泉街とホテル群に突っ込んできます!」

「な、なんだってえええっ!?」 外務係長が絶叫と共にひっくり返り、反射的に浴衣の袖から特大の胃薬を取り出して丸飲みした。 「私の……! 私の家族との平和な休日が!!」

羽代課長がビールジョッキを叩きつけ、家族の前で見せる「母親」の顔から、一瞬にして「指揮官」の顔へと切り替わった。 「熱海の温泉街が火の海になったら、日本の観光産業は大打撃よ! 雲井さん、被害想定エリアは!」 「到達まであと15分! 海岸線のホテルから順に直撃します!」

「くそっ、肝心な時にキャリアーもMk-IIも、羽田のガレージに置いてきやがった!」 金剛が頭を抱える。 すると、羽代課長がニヤリと笑った。 「舐めないで。国交省の特権、フル活用させてもらうわ。……外務係長、防衛省と国交省の災害協定に基づく『緊急空輸ヘリ』を要請! 羽田で待機している整備班の新田班長と補給・輸送担当の鳥海さんに連絡して、Mk-IIをコンテナごと熱海サンビーチへ空中投下させなさい!」 「はいぃっ! すぐに手配します!」

「ちょっと待ってください!」 ここで、伊勢海老を咀嚼し終えた財前鏡子が、タブレットを冷酷に弾いた。 「民間向けの大型輸送ヘリの緊急チャーター費、および夜間特別空輸割増し。ざっと計算して850万円です! 慰安旅行の予算を遥かに超えています!」 「『次世代防空システムの実地展開訓練費』として後で予算計上するわ! 決済印なら私が押す! 行くわよ、空対課!」

熱海サンビーチ

夜の砂浜に、ヤシの木を揺らすほどの猛烈なダウンウォッシュ(下向きの風)が吹き荒れた。 上空に飛来した大型輸送ヘリから、巨大なコンテナが砂浜に投下される。

「着地確認! ハッチ開くぞ!」 温泉から飛び出してきた金剛が、浴衣の裾をまくり上げてコンテナのロックを解除する。 ガシャアアン! 夜の海を背に、全高3.8メートルの鋼鉄の獣――ADUADS Mk-IIが熱海の砂浜に降り立った。 コックピットのメインモニターに、「aduads」の起動ロゴが白く浮かび上がる。

「刑部、出る!」 浴衣の袖を「たすき掛け」に縛り上げた刑部が、裸足のままコックピットに滑り込んだ。 Mk-IIが砂浜に四脚を踏み込ませ、波打ち際ギリギリで機体を固定する。

『刑部さん! 暴走ドローン群、海岸まであと1000メートル! すでに花火のランダム射出が始まっているわ!』 高台の保養所から、瑞希がデータリンクで叫ぶ。 「本部、こちら刑部。温泉街への被害を防ぐため、奴らの進路を海上に逸らす。Mk-IIの全サーチライトとレーザーポインターを最大出力で照射し、ドローン群のセンサーをこちらに『デコイ(囮)』として引きつける」

Mk-IIの機体各所から、強烈な光の束が夜空に向けて放たれた。 暴走していたドローンの光学センサーが強烈な光源に反応し、編隊ごと進路を「熱海の市街地」から「砂浜のMk-II」へと変更した。

シュルルルル……ッ! ドローン群から、Mk-II目掛けて無数の火花とロケット花火が降り注ぐ。 「うおっ! 刑部、シールドを展開しろ! 塗装が焦げる!」 砂浜に伏せた金剛が叫ぶ。

「問題ない。ここから一網打尽にする」 刑部は左メインアームのショットガンを構えた。 「装填されているのは、演習用の『水溶性ゲル弾』だな?」 『ええ! 命中と同時に周囲の酸素を奪い、対象を瞬時に冷却・機能停止させる非致死性の消火弾よ!』

「……熱海の夜空に、悪趣味な火花は似合わない」 刑部は無数の花火が迫る中、冷静にトリガーを引いた。

――ドズンッ! ドズンッ! ドズンッ!

空中に撃ち出されたゲル弾が次々と炸裂し、夜空に巨大な「水の華」を咲かせた。 ゲルに包み込まれたドローン群は、花火の火を一瞬で消火され、次々とコントロールを失って真っ暗な熱海湾の海面へとポチャポチャと落ちていった。

「……全機、海への不時着を確認。温泉街への被害ゼロだ」 『やったああああっ!!』 保養所から、課長や係長の家族たちの大きな歓声が響いた。 夜の砂浜で、Mk-IIは静かにサーチライトを下ろした。

数時間後・熱海サンビーチ

事件は無事に解決し、熱海は再び静けさを取り戻していた。 しかし、波打ち際には、高圧洗浄機のホースを握りしめる新田班長と、バケツを持った鳥海、タブレット端末を持った財前鏡子が立ちはだかっていた。

「お疲れ様でした、皆さん」 財前のメガネが、海に反射する月光で怪しく光る。 「緊急空輸費に加え、海に落ちたドローンの回収作業費、およびゲル弾の消耗費。締めて1,250万円の赤字です。よって、明日予定していた『熱海クルージング』と『高級アワビの踊り焼きランチ』は全面キャンセル。朝食・昼食ともに、保養所の基本メニューである『アジの開き定食』のみとなります」

「ゲェーッ! 温泉旅行に来てまで予算削られるのかよ!!」 金剛が砂浜に膝から崩れ落ちる。

さらに、新田班長がだみ声を上げる。 「おう刑部、金剛! 塩害を舐めるなよ! 海水と潮風、おまけに細かい砂! こいつはMk-IIの関節にとって『富士山の火山灰』以上に最悪の敵だ! 明日の朝までに関節のグリスを全部抜いて、真水で徹底的に『潮抜き洗車』だ!」 新田は、浴衣姿の刑部たちに向かって、容赦なく洗浄機の冷水を浴びせた。 「うおっ! 冷たっ! 温泉に入った意味がねえ!!」

「新田さん、それはやりすぎです!」

鳥海補給・輸送担当が慌てて、優しくたしなめた。

「……了解した。やるぞ、金剛さん」 刑部はたすき掛けにした浴衣の裾をさらに捲り上げ、黙々とスポンジを手に取った。

「トホホ……俺の慰安旅行、まだ数時間しか経ってないのに……!」 金剛の嘆きが波の音に消えていく。

きらびやかな熱海温泉の夜景を背に。 潮風が吹き抜ける砂浜で、浴衣姿の男たちは、慰安旅行の夜を徹して、鋼鉄の相棒をピカピカに磨き続けるのだった。

【第60話:熱海の湯けむり、夜空を焦がす群れ 完】



結局、空対課のメンバーには、仕事して貰いました。(笑)


まだまだ続けてさせていただきます。目標は目指せ100話、ブクマです。これからもよろしくお願いします。

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