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第58話:霊峰の頂、暁(あかつき)の御来光(富士山編・後編)

【第58話:霊峰の頂、あかつきの御来光(富士山編・後編)】

「いよいよ大詰めよ。空対課、日本最高峰へ飛びなさい!」

羽田空港・空対課対策室。スクリーンには、日本が世界に誇る霊峰・富士山の山頂火口群が映し出されていた。羽代課長が厳しい表情でレーダーの軌跡を指差す。


「成層圏を飛行していた海外製の大型気象観測ドローンが、何者かにハッキングされて富士山頂に向けて落下中よ。機体には実験用の特殊な化学バッテリーが大量に積載されているわ。奴らの狙いはこれよ。火口に墜落させて爆発させ、有害物質で富士山の地下水脈を汚染し、取り返しのつかない環境破壊を引き起こす気だわ!」


「は、はいぃ……っ! すでに環境省、静岡県、山梨県、さらには山頂一帯を所有する浅間大社との緊急調整は、土下座の連続で完了しました!」

外務係長が、震える手で胃薬の瓶を丸ごと呷りながら絶叫する。

「世界遺産での汚染事故だけは絶対に防いでください! 樹海、山中湖と続いた心労で、私の胃壁が富士山の火口より先に崩落します!」


富士山・富士宮ルート五合目


星空の下、標高2,400メートルの五合目駐車場。極寒の風が吹き荒れる中、大型キャリアーの助手席で財前鏡子がタブレット端末をタップしていた。防寒着に身を包んでいても、その冷徹な指捌きは健在だ。

「金剛さん、刑部さん。高地対応用の特殊混合燃料、油圧シリンダーの耐寒コーティング、さらに富士山の入山料と夜間特別通行許可費用。すでに今回の出張経費は450万円を突破しています。山頂の鳥居や貴重な高山植物を一つでも踏み躙ろうものなら、国家予算レベルの賠償金が発生しますからね」

「富士山頂へのアタックってだけでテンション上がるが、昨日の山中湖から徹夜のうえに財前の数字を聞くと、一気に現実に引き戻されるぜ……」

分厚いダウンジャケットを着込んだ金剛鉄平が、白い息を吐きながら苦笑する。


「落下中のドローン、高度を下げているわ! 山頂到達まであと40分!」

SUVの運転席から降りず、完全に車を停車させた雲井瑞希が、助手席でタブレット端末を高速で操作する。

「敵は樹海と湖で収集した私たちの迎撃データを元に、落下軌道を不規則に変化させてレーダーのロックオンを外しているわ。完全に空対課うちを熟知した動きよ! でも……!」

瑞希の目に、強い光が宿る。

「データで測れない『現場の意地』を見せます! 刑部さん、Mk-IIなら五合目から山頂までのブルドーザー用登山道(運搬路)を登れるはずよ! 新田班長が徹夜で組んだ高高度用スーパーチャージャーを信じて!」


「刑部、日本の頂上を頼んだぜ!」

金剛がキャリアーのハッチを開放する。

極寒の夜気の中、全高3.8メートルの鋼鉄の獣――ADUADS Mk-IIが、富士の火山礫の上に降り立った。メインモニターに「aduads」の起動ロゴが白く輝く。


「刑部、出る。……相棒、少し息苦しいが付き合ってくれ」

刑部風人は操縦桿を握り、Mk-IIを前傾姿勢にさせた。四脚のホイールをロックし、各脚の先端に装備されたスパイク・アンカーを展開する。時速50キロの機動力は封印し、完全な「四足歩行モード」で、傾斜角30度を超える火山灰と岩塊の急斜面へと挑む。


ザクッ、ザクッ、ザクッ。

鋼鉄の爪が、富士山の過酷な斜面に食い込む。新田たちが急造で組み上げたスーパーチャージャーが、薄い酸素を強引に吸い込んで重低音の咆哮を上げる。


『刑部さん、現在八合目! 気温マイナス15度! ドローンは火口の真上から螺旋状に落下してきているわ。迎撃ポイントは、最高峰の「剣ヶけんがみね」よ!』

瑞希のナビゲーションを頼りに、刑部は暗闇の急斜面をひたすらに登り続けた。油圧計が危険域を行き来するが、Mk-IIの強靭な四脚は決してバランスを崩さない。敵がどれだけデータを集めようと、この極限環境を這い上がる「鋼鉄の四本足」の踏破力までは計算できていないはずだ。


「……見えた」

標高3,776メートル。日本最高峰・剣ヶ峰の気象観測所跡地のすぐ脇。

巨大なすり鉢状の火口(大内院)の縁に、Mk-IIがその巨体を滑り込ませた。


直後、星空を遮るように、翼幅10メートル近い巨大な無人ドローンが、火口の底を目指して音もなく滑空してきた。

「本部、こちら刑部。目標を確認。火口への墜落を阻止するため、特殊ワイヤーアンカーで機体を直接捕獲する」


『特例許可、すでに下りています! 刑部君、絶対に火口に落とさないで……!』

無線の奥で外務係長が祈るような声を上げる。


「了解。……奴らの予測データごと、撃ち抜く!」

ズドンッ! と、Mk-IIの左アームから太いチタン製ワイヤー付きのアンカーが発射された。

不規則な落下軌道を先読みした刑部の神業的なエイムにより、アンカーは火口へ沈み込もうとしていた巨大ドローンの胴体フレームを見事に貫通し、ロックした。


ガァァァン!!

数トンの落下エネルギーが、ワイヤーを伝ってMk-IIの機体を猛烈に引っ張る。

「くっ……!」

Mk-IIの機体が火口の縁へズルズルと引きずり込まれそうになる。刑部は即座に四脚のスパイクを火口の岩盤に最大出力で打ち込み、機体を完全に岩山と一体化させた。

「……止まれぇっ!」


ギギギギギギ……ッ!

鋼鉄の関節が悲鳴を上げ、火花が散る。しかし、Mk-IIの四脚は富士の岩盤を離さなかった。

数十秒の綱引きの末、ワイヤーの先の巨大ドローンは火口の底に激突することなく、中空で力なく宙吊りとなって静止した。


「……こちら刑部。目標の捕獲に成功。有害物質の漏洩なし。火口の安全は守られた」

『やったああああっ!!』

対策室と、五合目の金剛や瑞希からの大歓声が、インカムを通して刑部の耳に響き渡った。


数時間後・富士山頂 剣ヶ峰


東の空が白み始め、雲海の下から眩い太陽が顔を出し始めていた。

御来光ごらいこう」である。


ドローンを安全な平地へ引き上げ終えた刑部は、Mk-IIのコックピットハッチを開け、氷点下の風を全身に浴びながら、日本の頂上からの荘厳な日の出を見つめていた。樹海から始まった三日間の死闘が、この美しい朝焼けによって報われたような気がした。


『刑部、聞こえるか? そっちの景色はどうだ?』

無線から、五合目で待機している金剛の声がする。

「ああ。最高の景色だ。お前たちにも見せてやりたいくらいにな」

刑部が微笑んだその時、通信に別の声が割り込んできた。


『お疲れ様でした、刑部さん。見事な登頂でしたね。……ですが』

財前の冷たい声だった。

『限界駆動によるスーパーチャージャーの焼き付き、四脚スパイクの全損。さらに、ワイヤー巻き上げ機のオーバーホール費用。締めて120万円の追加経費です。よって、下山後に予定していた「特上うな重」の三連戦お疲れ様祝賀会は中止です。五合目で金剛さんが沸かしているお湯で、カップ麺を啜ってください』


「ウソだろおお!? 樹海、湖、日本一の山を守り抜いたのに、最後はカップ麺かよ!!」

五合目にいる金剛の悲痛な叫びが、山頂の刑部のインカムにまで響いてくる。

刑部はついに声を出して笑いそうになるのを必死にこらえた。


さらに、新田班長のだみ声と鳥海補給・輸送担当の優しい声が響く。

『おう刑部、絶景に浸ってるところ悪いがな。富士山の火山灰スコリアはガラス質だ。関節の駆動部に侵入したまま動かせば、ギアが削れて一発で廃車だぞ。五合目に下山した瞬間、凍るような冷水で『灰落としの刑』だからな! ブラシを三本用意して待ってるぞ!』


『気を付けて、降りて来てくださいね刑部さん」


「……了解した。すぐに下山する」

刑部は苦笑しながら通信を切り、再び御来光を見つめた。

黄金色に染まる雲海と、眼下に広がる広大な日本の地。得体の知れない組織の陰謀を打ち砕き、空の安全を守る彼らの戦いは、この美しい景色がある限り続いていく。


「行くぞ、相棒。下界で冷水とカップ麺が待っている」

刑部はMk-IIのコックピットに滑り込み、ハッチを閉じた。

朝日を浴びて黄金に輝く鋼鉄の相棒は、静かに、そして誇り高く、霊峰からの下山を開始した。


後日、一連の事件で回収されたドローンの解析結果が、国土交通省航空局無人航空機安全課から空対課にもたらされた。

事件の背後にゴースト・パピヨンの関与が濃厚という内容であった。


【第58話:霊峰の頂、暁の御来光 完】(富士山編副題:ゴースト・パピヨンの影)


次回は空対課、慰安旅行で熱海に行く(仮題)です。どうぞお楽しみに。



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