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第50話:格納庫の調律師たち

【第50話:格納庫の調律師たち】

夜の帳が下りた羽田空港。航空管理局の片隅にある空対課のハンガーは、稼働中のエアコンプレッサーの重低音と、切削油の匂いに満たされていた。


中央に鎮座するのは、全長3.8メートルの鋼鉄の塊、ADUADS Mk-II。

その足元には、バケツと大量の雑巾、そして「洗車完了」と書かれたパイロンが置かれている。つい先ほどまで、刑部と金剛が泥と戦いながら機体を磨き上げていた名残だ。


「……よし、外装の清掃は合格だな。刑部さんの雑巾がけは相変わらず隅々まで丁寧だ。まあ、金剛さんがガシガシ洗ったらしい脚部は、ちょっと水滴が残ってるがね」


Mk-IIの左メインアームの駆動系を覗き込んでいた男――整備班長の新田にったが、ペンライトを咥えたままニヤリと笑った。彼は国交省の職員ではない。Mk-IIを製造した重工業メーカーからメンテナンス委託で派遣されている、生粋の民間技術者だ。


そこへ、台車に重々しいジュラルミンケースを載せた男が近寄ってきた。

「新田班長、お疲れ様です。頼まれてた12ゲージの特殊散弾、次発分の50発、納品・検収終わりました。火薬類取締法クリアの、民間警備ロジスティクス公認の特注品です」


そう言って汗を拭ったのは、補給・輸送班の鳥海とりうみ。彼もまた、民間物流企業から空対課の装備管理を請け負う契約社員だった。


「おう、鳥海。ご苦労。……で、例の『特例弾』の補充はどうなった?」

新田が左腕の油圧シリンダーをスパナで叩きながら尋ねる。


鳥海は苦笑いして、手元のタブレットを叩いた。

「タングステン製スラッグ弾ですか? 無理ですよ。あれ一発48万円の受注生産品ですからね。ウチの輸送班の管理簿でも『超特規品』扱い。財務省の財前さんが本省に稟議を通して、ウチの会社に発注書が届くまで、最低でもあと二週間は納品されません」


「ハッ、お役所仕事のスピード感は相変わらずだな。まあ、あんな化け物みたいな弾、滅多に撃たれてたまるかってんだ」

新田はスパナを置くと、Mk-IIの歪んだシリンダーを愛おしそうに撫でた。

「見ろよこれ。昨日の湾岸線でのスラッグ弾発射の反動だ。左アームの油圧弁が、許容圧力を0.8メガパスカルもオーバーしてやがる。陸上のタクシー止めるために、軍用の対自爆ドローン用の弾を水平射撃するなんて、パイロットの刑部さんも無茶苦茶しれくれるぜ」


「でも、おかげで大惨事は防げたんでしょう? 」


「そりゃそうだ。だがな、その後始末をする俺たちの身にもなってくれ」

新田はため息をつきながら、作業着のポケットからタバコ(ハンガー内は禁煙のため、もちろん火はつけない)を咥えた。

「ウチと国交省との契約書を読んでみろよ。俺たちの仕事は『装備品の整備・修理』と『弾薬の補給・管理・輸送』だけだ。だから、機体に付いた泥の清掃や洗車は、刑部さんと金剛さんが自分たちでやることになってる。民間委託の予算枠をケチるから、パイロット自ら雑巾がけする羽目になるんだ」


「あはは、だから刑部さん、さっき『相棒を洗ってやる時間は嫌いじゃない』って言いながら、嬉しそうにブラシ持ってましたよ」

鳥海が笑いながら、ジュラルミンケースから散弾のカートを一本ずつ取り出し、Mk-IIの弾薬ホルダーへ慎重に装填していく。


「ま、あの公務員連中がMk-IIを『道具』じゃなく『相棒』として大事に扱ってくれてるから、俺たちも裏方としてやり甲斐があるんだけどな」

新田はクレーンを操作し、新しい油圧シリンダーを吊り上げた。

「よし、鳥海。弾薬の装填が終わったら、ちょっとその脚部のホイールの軸受けを支えてくれ。公務員たちが明日も安心して『お役所仕事』と戦えるように、この鉄獣の爪を完璧に研いでおいてやるか」


「了解です、班長。夜は長いですからね、付き合いますよ」


カチリ、と弾薬がロックされる硬質な音と、油圧シリンダーが噛み合う金属音が、静まり返った夜の格納庫に響き渡る。

表舞台には決して出ない、しかし彼らがいなければ一歩も動けない、民間プロフェッショナルたちの夜は、まだ始まったばかりだった。


【第50話:格納庫の調律師たち 完】

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