第49話:湾岸線の鉄獣
【第49話:湾岸線の鉄獣】
羽田空港、航空管理局内の空対課・対策室。
重苦しいサイレンの代わりに、外務係長のデスクにある警視庁からの直通電話が、これまでにない激しさで鳴り響いた。
「はい、空対課です。……は? 自動運転車の暴走!? 恐れ入りますが、我が課の管轄はドローンでして、陸上の車両は交通機動隊の――何ですって?」
受話器を握る外務の顔が、驚愕で強張る。
その様子を見ていた羽代課長が、鋭い視線を向けた。
「外務係長、何事?」
「課長……警視庁からの超法規的な協力要請です。ハッキングされた最新型の自動運転EVタクシーが、首都高湾岸線を時速120キロで暴走中。車載AIの安全ロックが完全に書き換えられ、ブレーキが一切効かない状態です。パトカーが先導して一般車を退避させていますが、このままだとジャンクションの急カーブで激突炎上します」
外務はゴクリと唾を飲み込んだ。
「彼らが求めているのは、我が課のMk-IIに配備されている、対自爆型ドローン(シャヘド)用・タングステン製スラッグ弾の超高貫通力です。あれでタクシーの床下にある頑強なバッテリー・ブロックを正確に撃ち抜き、全システムを緊急強制停止させてくれと」
「使用実績ゼロの、あの禁じ手を使えってわけね」
羽代は不敵に微笑むと、即座に無線を起動した。
「管轄違いの特例案件よ! 空対課、全員出動!」
首都高速湾岸線・大井料金所跡地付近
サイレンを鳴らし、先導する黒のSUVのハンドルを握る刑部風人の横で、雲井瑞希がタブレット端末を操作しながら暴走タクシーの軌道を追う。
「目標は川崎方面から東京臨海副都心へ向けて北上中。Mk-IIの最高速度は時速50キロ……まともに追いかけっこをしても絶対に追いつけない。刑部さん、大井インターの料金所跡地の手前で先回りして待ち伏せるしかないわ!」
その後方を走る大型キャリアーの車内。
「おいおい、ドローンじゃなくて今度は暴走車相手かよ! 労働基準監督官の俺の仕事の範疇を完全に超えてるぜ!」
金剛鉄平が怒鳴りながらキャリアーを走らせる。
「金剛さん、文句を言う暇があるならアクセルを踏んでください。……刑部さん、聞こえますか」
助手席の財前鏡子は、タブレット端末の画面に表示された真っ赤な数字を睨みつけながら、マイクに冷徹な声を吹き込んだ。
「今回使用を要請されているタングステン製スラッグ弾は、1発の製造コストが48万円です。下手に外して首都高の路面や防音壁を破壊した場合、道路法に基づく復旧費用は数千万円規模になります。外したら、空対課の来期の予算は一瞬で消し飛びますからね」
「……耳が痛いな。だが、やるしかない」
刑部はSUVを大井料金所跡地の安全な路肩に滑り込ませた。
「現着! 刑部さん、急いで!」
雲井が叫ぶ。彼女はSUVを停車させ、助手席からナビゲーションと車載観測ドローンの操縦に完全に専念する体制に入った。
刑部はSUVを飛び降り、キャリアーのコンテナ内にあるADUADS Mk-IIの操縦席へ滑り込む。
コンテナが開き、四本のホイールがアスファルトを捉えた。全高3.8メートルのMk-IIが、封鎖された湾岸線の本線上へと厳かに這い出、直線道路のど真ん中に立ちはだかる。
「瑞希、目標の到達まであと何秒だ」
刑部が操縦桿を握り直す。
雲井はタブレットを叩き、上空の観測ドローンからの映像をMk-IIへリンクさせた。
『あと15秒! 直線を時速120キロで接近中! 刑部さん、普通の散弾じゃタクシーのボディに弾かれるか、最悪の場合、火花で車両が爆発するわ。狙うのはフロントバンパーの奥、床下に敷き詰められたメインバッテリーの基盤ユニットだけよ!』
「了解した。……本部、許可を!」
Mk-IIの左メインアーム——大口径ショットガンの薬室に、鈍い銀色に光る規格外の巨弾、タングステン製スラッグ弾が装填される。
対策室のモニターを凝視していた外務係長が、警察庁長官官房からの決裁書を画面に叩きつけた。
『警察庁、国交省本省、共に承認! 特例発砲許可、下りました! 後ろに弾が抜けたら大不祥事です、絶対に一発で止めてください!』
「照準、固定……!」
時速50キロのMk-IIにとって、時速120キロで正面から突っ込んでくる物体は、一瞬でもタイミングを外せば自機ごと大破する死神と同じだ。
迫り来る暴走タクシーのヘッドライトが、Mk-IIの装甲を白く照らす。
超高速で接近する世界の中で、刑部の感覚が極限まで研ぎ澄まされた。
「行けえ!」
距離50メートル。刑部がトリガーを引いた。
――ドォォォォン!!!
これまでの特殊散弾とは次元の違う、鼓膜が破裂するかのような重低音の爆鳴が湾岸線に轟いた。
銃口から放たれたタングステン塊は、突進してくるタクシーのフロントグリルを正確に貫通。超高硬度の弾丸はエンジンルームを消し飛ばし、床下のチタン製バッテリーカバーをも容易くブチ抜いて、メイン基盤を瞬時に粉砕した。
バチバチバチッ! と激しい青白い火花が散り、タクシーの全電気システムが完全停止。
駆動力を失い、激しい摩擦音を立ててゴムの焦げる臭いを巻き上げながら、タクシーはMk-IIの手前わずか数メートルの位置で、完全に沈黙した。
「……こちら刑部。目標、緊急停止。二次災害なし」
操縦席で大きく息を吐き出す刑部。
SUVの車内でタブレットを握りしめていた雲井が、「よかった……!」と深く胸をなでおろした。
数時間後・空対課 対策室
事件解決の興奮も冷めやらぬ対策室で、現場チームを迎えたのは、いつにも増して青白い顔をした外務係長だった。
「みなさん、お疲れ様でした……。警視庁からは、大惨事を防いだとして最高級の感謝状が出るそうです」
「それは良かったじゃない。外務係長、来期の予算編成に有利に働くわね」
羽代課長がコーヒーを啜りながら言うが、外務は力なく首を振った。
「それが、そうもいかなくてですね……」
ドン、と財前が自分のタブレット端末を刑部の前に突きつける。画面には、目を疑うような数字の並んだ請求書が並んでいた。
「タングステン製スラッグ弾1発、48万円。さらに……」
財前は冷徹に画面をスワイプした。
「スラッグ弾を発射した際の強烈な反動のせいで、Mk-IIの左アームの油圧シリンダーに歪みが発生しました。特注部品の交換費用、280万円。そして、発射時の衝撃波で大井料金所跡地の路面アスファルトに亀裂が入りました。首都高速道路株式会社からの復旧費用請求、500万円。総額、828万円です。警視庁は『陸上車両のトラブルとはいえ、機材の消耗は各省庁の自己負担が原則』と言って、予算の補填を拒否してきました。つまり、全額空対課の持ち出しです」
「……何のための超法規的要請だ。お役所仕事め」
刑部が頭を抱える。
「まあまあ、誰も死ななかったんだから安いもんさ」
金剛が湿布を腰に貼りながら笑うが、その顔も引きつっている。
「それより財前、この顛末書と補正予算の稟議書、どっちから先に片付ければいい?」
「両方、今日中ですよ。金剛さん、刑部さん」
財前はタブレットを小脇に抱え、クスリともせずに言い放った。
窓の外では、夕暮れの湾岸線がいつものように静かに輝き始めている。
空の安全のみならず、陸の暴走まで押し付けられた空対課の、書類との泥沼の戦いは夜が明けるまで続くのだった。
【第49話:湾岸線の鉄獣 完】




