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第48話:隅田川、水面の咆哮と鉛の雨

【第48話:隅田川、水面の咆哮と鉛の雨】

羽田空港、航空管理局・空対課の対策室。

メインモニターには、隅田川を水面スレスレの高度で滑空する、巨大な影が映し出されていた。


「目標は大型の密輸用ホバー・ドローン。レーダー網を掻き潜るため、河川を侵入ルートに選んだようです。積載物は違法な高純度レアメタルと推測されます」

外務係長が、各省庁のホットラインを片耳に押し当てながら報告する。

「海上保安庁、警視庁水上署、および東京都建設局河川部と調整中! ……ええ、ですから管轄権の争いをしている場合ではなく!」

「積載物の重量と速度からして、橋脚や水上バスに激突すれば大惨事よ。空対課、全機出動!」

羽代課長の鋭い号令が、ハンガーに待機する現場チームへ飛んだ。


東京都内・隅田川沿い


サイレンを鳴らし、先導する黒のSUVのハンドルを握りながら、刑部風人が前方の道路状況を睨みつける。

「……瑞希、現場の風と水面の状況は」

助手席でタブレット端末を開く雲井瑞希が、即座に応じた。

「南の風3メートル、波は穏やか。でも、川特有の川霧が発生していて視界が悪いわ。目標は現在、両国橋を通過して下流へ向かっている」


その後方を、金剛鉄平の運転する大型キャリアーが猛追する。

「前のSUV、ちょっと飛ばしすぎだぜ。こっちには3.8メートルの鉄の塊が乗ってんだぞ!」

「金剛さん、車間距離をあと5メートル開けてください。ブレーキが遅れて追突した場合の修理費と、労働災害の保険金計算が面倒です」

助手席の財前鏡子は、顔を上げることもなく手元のタブレット端末を高速でタップし続けていた。


隅田川テラス・展開ポイント


「現着。これよりMk-IIを展開する」

SUVを路肩に急停車させると、刑部は素早くキャリアーのコンテナへ向かい、ADUADS Mk-IIのコックピットへ滑り込んだ。

それと同時に、雲井がSUVの後ろに回り、トランクルームから小型の観測ドローンを空へ放つ。

「観測ドローン、発進。私はこのままドローンで並走してナビゲートするわ。刑部さん、目標は清洲橋の手前! 水面ギリギリを飛んでいるから、テラスの遊歩道からなら射線が通るわよ」


コンテナから飛び出したMk-IIが、四脚のホイールを回転させ、隅田川沿いの親水テラスへと降り立つ。

『刑部さん、テラスの舗装タイルは1平方メートルあたり約8千円です! ホイールの空転で削らないよう、急発進・急ブレーキは極力控えてください!』

通信越しに、財前のタブレットから弾き出されたシビアな警告が飛ぶ。


「……善処する」

刑部は姿勢制御に細心の注意を払いながら、テラスを疾走した。

川霧の向こうに、鈍く光る装甲で覆われた密輸ドローンの姿が見えた。

「右アーム、レーザー・ダズラー照射!」

光学兵器の閃光が放たれるが、ドローンの装甲と水面の乱反射、さらに川霧に阻まれて効果が薄い。目標は速度を落とさず、前方に迫る水上バスの航路へと真っ直ぐ突っ込んでいく。


「課長! 距離が遠すぎ、ローター・ブレードも届きません。このままでは一般の船舶に被害が出ます!」

刑部の声に、本部から外務係長の歓喜に近い怒声が響いた。


『たった今、警察庁と海上保安庁から条件付きで下りました! 発砲許可、承認! ただし、積載物のレアメタルを川に沈めたら環境汚染で大問題になります。本体の推力のみを奪ってください!』


久しぶりの「発砲許可」のサインが、Mk-IIのコンソールに緑色で点灯する。

刑部は即座に左メインアーム——大口径散弾砲ショットガンのロックを解除し、マニュアル照準に切り替えた。


『刑部さん!』

財前の声がインターコムに割り込む。

『特殊散弾(タングステン製バード・ショット)は1発1万2千円です! 外したら始末書に加えて、環境局から水質汚濁防止法違反で査察が入ります! 必中でお願いします!』


「……プレッシャーをかけるのが上手いな、お前たちは」

刑部は薄く笑うと、操縦桿のトリガーに指をかけた。

SUVを走らせながら観測ドローンを操る雲井から、リアルタイムのデータが送られてくる。

『風速、弾道予測、ターゲットの相対速度、すべてMk-IIのFCSにリンク完了。……いけるわ、刑部さん!』


「Mk-II、発砲する!」


ドンッ!!


隅田川の水面を震わせるような、鼓膜を裂く轟音が響き渡った。

ショットガンの銃口から放たれた無数の散弾が、計算し尽くされた拡散パターンで空気を切り裂く。散弾は積載物のカーゴを寸分違わず避け、密輸ドローンの左右の推進用ローター基部だけを正確に粉砕した。


推力を完全に喪失した巨大な機体が、水面で派手な水柱を上げてバウンドし、河川敷の泥濘に深々と突き刺さって沈黙した。


「……目標の無力化、および積載物の確保を確認。水上バスに被害なし」

Mk-IIの銃口から立ち昇る白煙を川風が流していく中、刑部が静かに報告した。


『やりましたね! いやあ、見事な一撃でした!』

本部の外務係長が歓喜の声を上げる。


数時間後・空対課 対策室


久しぶりのショットガン発砲による制圧の余韻も束の間、対策室はいつもの重苦しい空気に包まれていた。


「刑部さん」

現場から戻り、コーヒーを口にしようとした刑部の前に、財前がタブレットをスッと差し出した。

「散弾1発分の経費精算書、それと、泥濘に突っ込んだ目標を引き上げるためのクレーン手配費用。極めつけは……」

タブレットの画面をスワイプすると、Mk-IIの足跡がくっきりと残ったテラスのタイルの写真が表示された。

「遊歩道のタイル損傷、計12枚。東京都建設局への始末書と補修費用の稟議書です」


「……善処はしたんだがな」

刑部がため息をつく横で、ツナギ姿の金剛がボヤく。

「川べりの泥を被ったMk-IIの洗車で、俺は腰が痛えよ。明日こそきっちり有給を取らせてもらうからな」


「お疲れ様。でも、これで来期の予算要求には弾みがつきそうね。……雲井さん、明日の天気は?」

羽代課長が苦笑しながら尋ねると、書類の山から顔を出した雲井が明るく答えた。

「明日は晴れ。風も穏やかで、絶好の洗車日和ですよ、金剛さん」


刑部は、タブレットに表示された膨大な電子書類の山を睨みつけながら、再び深い、深いため息をついた。

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