第47話:銀座四丁目、硝子の包囲網
【第47話:銀座四丁目、硝子の包囲網】
羽田空港の空対課・対策室。
休日の穏やかな空気を切り裂くように、外務係長のデスクの電話が一斉に鳴り始めた。
「はい、はい! 警視庁から要請を受理! 現場は銀座四丁目交差点、歩行者天国のど真ん中ですね。……被害総額、推定三億円!?」
電話を耳に押し当てたまま、外務の顔から血の気が引いていく。
羽代課長がメインモニターを切り替えると、銀座のメインストリートを我が物顔で飛び回る黒塗りの重装甲ドローンの姿が映し出された。
「高級宝飾店を狙ったスナッチ・ドローンね。強化ガラスを破ってショーケースを丸ごと掴んで逃走中。……外務係長、所轄と銀座通連合会に連絡。被害拡大を防ぐため、Mk-IIを展開するわ。ただし、発砲許可は絶対に下りないと伝えてちょうだい」
「了解です! ああ、もう胃が痛い……」
銀座・中央通り(歩行者天国)
「……瑞希、風の状況は」
現場に急行した自動車の運転席で、刑部が尋ねる。
「銀座特有のビル風、東南東から4メートル。風は穏やかだけど、問題は休日の人出よ。歩行者天国で人が多すぎるわ。ドローンは高度を下げて、人混みを盾にするように飛んでいる」
雲井がタブレットの熱源探知を睨みながら報告した。
金剛が巧みなクラッチ操作で、巨大なキャリアーを銀座の裏路地へとねじ込む。
「ったく、銀座の裏通りにこんなデカブツを入れさせるなんて、労働環境もクソもねえ。建物の壁を擦ったら俺の始末書だぞ」
「金剛さん、擦ったら始末書じゃ済みませんよ」
助手席でタブレット端末を開いた財前が、冷ややかな声を上げた。
「刑部さん、よく聞いてください。現在地周辺のブティックのショーケースガラスは、特殊仕様で一枚数百万円。展示されている商品は数千万円クラスです。散弾はおろか、ドローンを弾き飛ばして建物に激突させた場合、空対課の年間予算が今日で消滅します」
「……傷一つつけずに制圧しろということか」
刑部は短く応え、キャリアーからADUADS Mk-IIを出撃させた。
白昼の銀座四丁目交差点。
和光の時計塔が見下ろすアスファルトの上に、全長3.8メートルの鋼鉄の獣が降り立つ。
『本部より現場へ。目標は銀座通りを新橋方面へ逃走中。装甲が厚く、レーザー・ダズラーの効きが悪いわ。物理的に止めるしかないわね』
羽代の指示が飛ぶ。
「了解。追尾する」
刑部はホイールを駆動させ、中央通りを疾走する。前方を飛ぶ黒いドローンは、ショーケースの入った重いコンテナをぶら下げているため速度は遅いが、巧妙にショーウィンドウの近くを飛んで的を絞らせない。
「刑部さん、右手のブランドショップ、総ガラス張りです! 寄せないで!」
財前の悲鳴に近い警告が飛ぶ。
「わかっている!」
ドローンが右へ逃げようとするのを、刑部はMk-IIの巨体でブロックする。
しかし、ドローンは進路を急に変え、今度は交差点のど真ん中、歩行者の頭上を越えて逃げようと高度を上げた。
『外務です! 警察庁から入電、歩行者の頭上に落下するリスクがあるため、絶対に上空で撃墜しないでください!』
本部の外務からの悲痛な叫び。
撃てない。落とせない。建物にもぶつけられない。
刑部は一瞬の判断を下した。
「瑞希、ドローンの進行方向、三秒後の高度を予測しろ!」
「地上から2.5メートル! でも、そのままじゃ交番の屋根に激突するわ!」
「十分だ!」
刑部はMk-IIの四脚をフルに使い、アスファルトを蹴って大ジャンプを敢行した。
銀座の空中に舞い上がったMk-IIは、ドローンの真上を取る。
「左補助腕、ゲージ・シールド展開!」
落下するMk-IIの自重とシールドの面を使って、逃げるドローンを「上から」押さえつける。
そのまま、被害のない交差点の中心、アスファルトのど真ん中を狙って着地した。
ガシャァァァン!!
重装甲ドローンは、Mk-IIのシールドとアスファルトの間に挟まれ、無残にひしゃげた。ぶら下げていた宝飾品のコンテナは、衝撃を吸収するように計算されたシールドの角度のおかげで、傷一つなく路上に確保された。
「……こちら刑部。目標の無力化、および盗難品の確保完了。周囲の店舗に被害なし」
和光の時計塔が、作戦終了を告げるように鐘の音を響かせた。
数時間後・空対課 対策室
「お疲れ様。見事な制圧だったわね」
羽代が労いの言葉をかけるが、現場チームはぐったりと椅子に沈み込んでいた。
「店舗への被害はゼロ……ゼロでしたけど……」
財前が、震える手で端末を刑部に向ける。
「交差点のど真ん中でドローンをプレスしたせいで、アスファルトが陥没しました。中央区からの道路補修費用の請求書と、交通規制延長に伴うバス会社への補償金……それと、警視庁への『過剰な実力行使に対する顛末書』です」
外務も、ゲッソリとした顔で電話を置いた。
「……銀座のオーナーの方々からは『安心した』と感謝されましたが、本省からは『もっとスマートにやれないのか』とお叱りを受けました。刑部君、次はもう少し……ソフトにお願いしますよ」
「……ドローンにクッションでも巻きつけて飛べと言うのか」
刑部は溜息をつき、山積みになった電子決済の画面を無表情でタップし始めた。
隣では、金剛が湿布を肩に貼りながらぼやいている。
「キャリアーのタイヤも限界だが、俺の胃袋も限界だ。今日は有楽町のガード下で焼き鳥でも食って帰るぞ、刑部」
「……付き合います金剛さん」
煌びやかな銀座のネオンの裏側で、空対課の地味で過酷な戦いは今日も続くのだった。
【第47話:銀座四丁目、硝子の包囲網 完】




