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第5話:下町の絆


第05話:下町の絆

葛飾区、柴又。帝釈天の参道から一本外れた路地裏には、古き良き長屋と、小規模な町工場が密集している。

その一角にある「坂本製作所」で、最新型の自律警備ドローンが暴走。工場内に社長と従業員を閉じ込めたまま、近づく者を無差別に攻撃しているという通報が入った。

「……坂本製作所。航空局の登録データによれば、所有しているのは旧式の観測機1機のみ。暴走しているのは、未登録の海外製AI搭載モデルね。不法所持の疑いもあるわ」

羽田の詰め所、財前が冷徹にデータを読み上げる。

「社長の坂本さんは頑固一徹な職人でね。近所でも有名な人なんだけど、最近は経営難で無理な受注を受けていたという噂もあるわ」

元管制官の羽代課長が、心配そうにモニターを見つめる。

「……金剛さん、どうした? 顔色が悪いぞ」

刑部が、装備を整えながら金剛に声をかけた。金剛は、かつて自分が労働基準監督官としてこのエリアを担当していた頃の古い記録を端末で開いていた。

「……あの親父さん、昔から安全管理だけは口うるさかったんだ。『道具に振り回される奴は職人じゃねえ』ってな。そんな奴が、出所のわからねえAIドローンに頼るなんて……。現場へ急ごう、風人。あそこは道が狭い。俺の勘が必要だ」

葛飾・路地裏

「……狭い。狭すぎるわ」

瑞希がセダンの助手席で悲鳴を上げた。キャリアーは、道幅数メートルの路地を、民家の軒先をかすめるような神業で突き進んでいく。

「任せろ、瑞希! この先の角は右折禁止だが、緊急車両の特権と俺のハンドル捌きでショートカットさせてもらう!」

金剛が、かつての巡回ルートを完璧に把握した走りで、パトカーすら立ち往生する最短ルートを駆け抜けた。

現場の工場前。不気味な電子音を鳴らす黒いドローンが、窓から身を乗り出そうとする従業員を威嚇射撃(スタン弾)で追い返している。

「刑部、Mk-II、展開!」

キャリアーの荷台からMk-IIが降り立つが、四脚を広げるスペースすらない。

「……無理に動けば家屋を壊すわよ、刑部さん!」

財前の警告に、刑部が歯噛みする。

「刑部! 工場の裏手に回れ!」

金剛が無線で叫ぶ。

「あそこには法規上、必ず設けなきゃならねえ『非常用搬入口』がある。今は物置になってるはずだが、Mk-IIのパワーならそこから突入できる! 構造は俺の頭に入ってる。俺の指示通りに動け!」

突入・職人の誇り

金剛の正確なナビゲートにより、Mk-IIは建物の構造的な弱点を見抜き、最小限の破壊で工場内へ侵入した。

工場内には、火花を散らす旋盤の影で震える坂本社長たちの姿があった。

「右補助腕、ローター・ブレード、始動!」

刑部がブレードを回転させ、狭い室内でドローンが放つスタン弾を弾き飛ばす。同時に、金剛が拡声器で叫んだ。

「坂本親父! 労働安全衛生法第20条だ! 機械による危険防止措置を怠ったな! 今すぐそのドローンの『緊急停止用バックドア』のパスワードを教えろ! あんたの工場の安全装置なら、あそこ(・・・)にあるはずだ!」

「……金剛か! 生意気な監督官め……。パスワードは『0610』、俺の孫の誕生日だ!」

「了解! 財前、叩き込め!」

「一瞬で終わらせるわ!」

財前がパスワードをバイパスしてシステムに介入。暴走していたドローンは、糸が切れた人形のように床へ落下した。

結び:残業代と冷たい茶

夕暮れ時。騒ぎが収まった工場の前で、金剛は坂本社長と向き合っていた。

「……悪かったな、金剛。安く済ませようとして、出処の怪しいセキュリティ会社と契約しちまった。職人が道具に裏切られちゃ、おしまいだな」

坂本社長が、油汚れの手で頭を掻く。

「……親父さん。今回の件、国交省には俺からうまく報告しておく。だが、従業員への特別手当と、機械の再点検はきっちりやってもらうぜ。監督官としての目は、まだ誤魔化せないからな」

金剛が不器用な笑顔を見せると、社長は「わかってるよ」と、冷えたお茶のペットボトルを全員に配った。

羽田に戻るキャリアーの中。

「……金剛さん、カッコよかったですよ」

瑞希が冷やかすと、金剛は照れ臭そうにハンドルを握り直した。

「ふん、労働法を守らせるのが俺の仕事だ。……それより財前、今日の超過勤務手当、ちゃんと申請しといてくれよな」

「わかってるわよ。でも、その前に……」

財前が、大量のデジタル書類を提示する。

「『民家への接近に伴う騒音苦情』と、『路地裏の縁石損壊』に関する始末書。金剛さんの名前で作成済みだから、サインしてね」

「……結局、お役所仕事からは逃げられねえか」

刑部が笑い、Mk-IIが静かにキャリアーの中で揺れる。

下町の絆と、それを守るためのしがらみ。空対課の夜は、江戸川の風と共に更けていった。

【第5話:下町の絆 完】


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