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第4話:路地裏の風を読む


第04話:路地裏の風を読む

東京都墨田区、向島。

古くからの木造家屋と入り組んだ路地が残るこのエリアで、最近「空飛ぶ泥棒」が世間を騒がせていた。高価な貴金属や美術品を窓から強奪し、入り組んだ空路を縫うように逃走する、通称「カラス小僧」。

「……ターゲット、また現れたわ。隅田公園付近、高度15メートル。逃走経路は東向島方面の路地裏ね」

羽田の詰め所で、雲井瑞希がモニターを凝視しながら告げた。彼女の目の前の画面には、複雑な等圧線と、都市部特有の「ビル風」のシミュレーションが重なり合っている。

「係長、警察庁からの要請は?」

羽代課長が尋ねる。

「墨田署からは、パトカーが入れない細い路地での捕捉が困難なため、空対課の『高機動機』による支援を、との要請です。……ただし、周辺は火災に弱い木造住宅密集地域です。発砲許可はまず下りないと思ってください」

外務係長が、いつになく真剣な表情で書類を差し出した。

「わかった。……刑部君、Mk-IIは路地裏には大きすぎるわ。どうする?」

「……足がなきゃ、手を使えばいい。キャリアーを『台座』にして追い込む」

刑部はヘルメットを掴み、金剛と財前の方を向いた。

墨田区・言問橋付近

「……瑞希、風はどうだ」

先行するセダンの運転席で、刑部が無線を入れる。

「今のところ北風3メートル。でも、この先は違うわ。スカイツリーから吹き降ろす風と、隅田川からの湿った空気が、あの入り組んだ路地で『見えない渦』を作っている」

前方を走るキャリアーの荷台では、ADUADS Mk-IIが四脚を折り畳み、獲物を狙う蜘蛛のように身を潜めていた。

「見えた! あの金色の塗装……『カラス小僧』だわ!」

財前の指差す先、重い荷物を吊り下げた中型の改造ドローンが、民家の軒先をかすめるように低空飛行している。

「金剛さん、あのアパートの角で右に振ってくれ! 刑部、行くわよ!」

「了解! Mk-II、展開!」

走行中のキャリアーから、Mk-IIが側溝の縁を蹴って跳躍した。

全高3.8メートルの機体は路地には入れない。刑部は機体の四脚を左右のビルの壁面や電柱にかけ、地上に降りることなく「屋根の上」と「壁」を伝って移動を開始した。

「右アーム、レーザー・バスター展開! ……チッ、逃げ足が速い!」

刑部がバスターを振り回すが、ターゲットのドローンは、まるで気流を熟知しているかのように、Mk-IIが近づけない狭い隙間へ、隙間へと逃げ込んでいく。

「無理よ刑部さん、そのまま追っても追いつけない。あのドローン、このエリア特有の『ダウンバースト』を利用して加速してる!」

雲井が叫ぶ。

「あいつ、次の交差点を右折するわ。そこは高いビルに囲まれた『風の袋小路』。……刑部さん、機体を30メートル先の歩道橋まで移動させて。あいつを『撃つ』のではなく、『風』で落とすのよ」

「風で落とす?」

「そう。あと15秒で、スカイツリー側から強い突風が吹き抜ける。その風が路地にぶつかって跳ね返る瞬間に、Mk-IIのシールドで『風の流れ』を変えて! ターゲットを失速させるの!」

「……無茶を言う。だが、やるしかないな!」

刑部はMk-IIをフル加速させ、歩道橋の鉄骨を掴んでスイング。ターゲットのドローンの進路を塞ぐように、空中でゲージ・シールドを大きく広げた。

「今よ! 突風、来るわ!」

刹那、ビル風が路地を駆け抜けた。

Mk-IIの巨大なシールドが風を完璧に受け止め、その反動で生じた強力な「乱気流」が、ドローンの姿勢制御を一瞬で奪う。

「……捕まえた!」

バランスを崩し、錐揉み状態で落下するドローン。刑部は左補助腕を伸ばし、地面に激突する寸前でターゲットを鷲掴みにした。

結び:気象予報士の勝利

「……あーあ。また隅田署から苦情が来てるわよ。『歩道橋を機体の重さで少し歪ませたのは誰だ』って」

数時間後、詰め所に戻った財前が、呆れたように計算機を叩いていた。

「修理費の見積もり、墨田区役所から届く前に法務省に回しておかないと」

「悪い。……でも、雲井の読みがなきゃ、あいつには追いつけなかった」

刑部が、珍しく素直に雲井の方を向いた。

雲井は、自分の端末で明日の雨雲レーダーをチェックしながら、事も無げに答える。

「気象データは嘘をつかないわ。特に下町の入り組んだ場所では、風は嘘つき(トリッキー)になる。……それを手懐けるのが、気象予報士の仕事よ」

「……ま、外交的には『日本の気象技術が犯罪抑止に貢献した』とでも報告しておきましょう」

外務係長が、どこか誇らしげに眼鏡を拭く。

「そうね。でもその前に、外務係長。さっきの『風の悪戯』で近隣の民家の洗濯物が数軒分飛んでいったらしいわ。その補償手続き、よろしくね」

羽代課長の言葉に、係長の顔が途端に引きつった。

空対課。

自然の力と、お役所のしがらみ。その両方を相手にする彼らの戦いは、今日も終わらない。

【第04話:路地裏の風を読む 完】


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