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第45話:カメラと盾と稟議書

【第45話:カメラと盾と稟議書】

羽田空港の片隅にある航空管理局・小型無人機対策課(空対課)のハンガーは、いつになく眩い照明に照らされていた。


「はい、刑部さん! そこでMk-IIの装甲を撫でながら、カメラ目線で『俺の相棒です』って渋く決めてください!」

「……お断りします。私は俳優ではありませんし、これは官給品の装備です。」


テレビ局のディレクターの無茶な要求を、刑部風人が冷たく切り捨てる。その横で、外務係長が愛想笑いを浮かべながらディレクターをなだめていた。

「まあまあ、監督。彼は法務省出身でして、生真面目なのが取り柄で。……しかしこの密着ドキュメンタリー特番、我が課の来期予算獲得への『強力なカード』になりますからね。何卒よろしく頼みますよ」

「外務係長、照明機材の持ち込みでハンガーの電気代が今月の規定値を3%オーバーしています。広報推進費から補填の稟議を回してくださいね」

財前鏡子がタブレットを叩きながら、冷徹に数字を突きつける。


空対課は現在、テレビ局の密着取材の真っ只中にあった。派手な活躍を取り上げて予算増額を狙う外務の思惑とは裏腹に、現場は普段と違う環境に辟易していた。


その時、けたたましいアラートが鳴り響いた。


「事案発生!」

羽代課長の声がハンガーに響く。

「お台場、レインボーブリッジ上空。高積載型の農業用ドローンが違法改造され、制御不能状態で迷走中。積載物は不明ですが、挙動から見てかなりの重量物です。落下すれば大惨事よ!」

「カメラ回して! ほら、皆さん走って!」

ディレクターが興奮気味に叫ぶが、空対課の動きは彼らの期待する「映画のようなスクランブル」とは違った。


「金剛さん、キャリアー発進準備。法定速度順守でお願いしますね」

「わかってますよ。労働基準法と道交法は俺の魂です。テレビが乗ってるからって、信号無視なんかしませんよ」

金剛鉄平が苦笑しながら、大型キャリアーのエンジンを始動させる。


レインボーブリッジ・封鎖区画


「……雲井さん、現場の風は?」

キャリアーの助手席で、財前が通信を入れる。

「東京湾特有の海風、南南西から8メートル。橋の構造物によるカルマン渦が発生中。あの重量ドローン、風に煽られてプロペラの出力バランスを崩しているわ。落下の危険大よ」

雲井瑞希の冷静な気象分析が、事態の深刻さを物語る。


「展開ポイント到達。さあ、行ってこい!」

金剛の合図とともに、キャリアーのコンテナが開く。ADUADS Mk-IIが四本の脚部のホイールを唸らせ、レインボーブリッジの主塔へ向かって疾走を開始した。

その後方では、安全距離を保った取材車両からカメラがMk-IIの勇姿を追っている。


「目標捕捉。違法ドローン、高度を下げながら接近してきます!」

刑部の視界に、巨大な六枚羽根のドローンが捉えられた。網状のカーゴには、大量の不審なバッテリーらしきものが積まれている。

「課長、積載物は発火の危険があるリチウムイオン電池の密輸品の可能性が高い。ショットガンで空中で粉砕すれば、炎の雨が降ります。非殺傷での制圧を試みます」

「了解。それに……」

通信の向こうで、羽代がため息をつく。

「本省と警察庁から『ゴールデンタイムの特番で、派手にぶっ放す映像を流すのは世論の反発を招く』と、発砲許可に強烈なストップがかかっているわ。今日は撃てないと思ってちょうだい」


「……テレビのせいか。了解」


刑部は操縦桿を握り直す。Mk-IIが主塔のケーブル基部に陣取り、待ち構える。

「右アーム、レーザー・ダズラー照射!」

強烈な閃光が違法ドローンの光学センサーを焼く。しかし、重量の大きい機体は慣性でそのままMk-IIへと突っ込んでくる。


「ディレクター! ここが山場ですよ!」

本部から無線で外務が囁く。


「させるか……!」

刑部はMk-IIの左補助腕、ゲージ・シールドを前面に展開。同時に右補助腕のシングル・ローター・ブレードを起動させた。

激突の瞬間、刑部はシールドの角度を絶妙に傾け、ドローンの突進エネルギーを上空へと「受け流す」。

ギガァァン! という激しい金属音が海風を切り裂いた。

体勢を崩したドローンに対し、刑部はローター・ブレードの峰(刃の無い部分)を的確にカーゴのジョイント部分へ叩き込む。


バチン! という音と共に、積載物の網が切り離され、橋の安全な路面へと滑り落ちた。

軽くなり、狂ったように回転し始めたドローン本体は、そのまま海へ向かって放物線を描き、東京湾の海面へと水飛沫を上げて墜落した。


「……こちら刑部。積載物の確保完了。本体は海上へ墜落。被害ゼロだ」


数日後・空対課 詰め所


放送翌日。詰め所のテレビでは、昨晩放送された特番の録画が流れていた。

しかし、画面に映っていたのは、Mk-IIの華麗なシールド捌きでも、刑部の職人芸でもなかった。


『……彼らは戦っている。そう、終わりの見えない書類の山と――』


画面には、事後処理のために各省庁へ電話をかけまくる外務、バッテリーの処理費用を計算して頭を抱える財前、そして、取材クルーの安全管理規定について延々とカメラに向かって説教をする金剛の姿が大々的にフィーチャーされていた。


「……俺の活躍シーン、シールドで防いだ一瞬だけじゃないか」

刑部が呆れたように呟く。

「『お役所仕事のリアル』ってディレクターさんは大喜びでしたけどね。親近感が湧くって」

雲井がコーヒーを飲みながらクスクスと笑う。


「刑部さん」

ドンッ、と財前が刑部の机に分厚いファイルの山を置いた。

「テレビ局からの『機体肖像権使用同意書』と『取材協力経費の請求書』、それから橋の路面を削った『原状回復工事の決裁書』です。今日中に判子をお願いしますね」


「……テレビは、当分こりごりだ」

刑部はペンを手に取りながら、深く、深くため息をついた。


【第45話:カメラと盾と稟議書 完】

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