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第44話:新宿ダンジョンの追走劇

第44話『新宿ダンジョンの追走劇』


一日約三百五十万人。世界最大の乗降客数を誇る巨大な地下迷宮――新宿駅。

その入り入り組んだ地下コンコースを、一機の小型ドローンが猛スピードで暴走していた。けたたましい警告音を鳴らし、逃げ惑う利用客の頭上をかすめていく。


「こちら新宿駅東口、地下2階中央通路! 対象は依然として暴走中、まもなくメトロプロムナード方面へ向かいます!」


警視庁からの悲鳴のような無線を受け、新宿駅の非常用搬入口に滑り込んだ巨大キャリアーの中で、空対課の面々が即座に動き出した。


「金剛さん、ハッチを開けてくれ! ここからはMk-IIの精密脚部の出番だ!」

「おう、任せろ刑部! だが地下構内は柱が多い、ホイールの速度を出しすぎるんじゃねえぞ!」

金剛鉄平がレバーを引き、キャリアーの重厚なハッチが開放される。


白とネイビーブルーのADUADS Mk-IIが、パトランプを激しく点滅させながら、天井の低い地下通路へと滑り出した。全長3.8メートルの巨体ながら、狭い地下空間での運用を想定してコンパクトに設計された四肢が、ガシャガシャと滑らかに駆動する。


「刑部、システムオールグリーン。現在の新宿駅構内は各路線からの乗り換え客で過密状態よ。対象を見失わないで」

雲井瑞希がタブレットの構内図と睨み合いながらナビゲートを開始する。


「分かってる。財前、ターゲットの現在地は!?」

「現在、東口から西口を結ぶ通路を西進中。一般客は警察が避難誘導していますが、完全に隔離できているわけではありません」

財前鏡子が冷徹な声でモニターを叩く。


『皆さん、絶対に一般利用客に怪我をさせないでくださいね。それから……』

羽田の庁舎から通信を繋ぐ羽代課長が、いつものように涼やかだが、逃げ場のないトーンで告げた。

『駅構内の柱や壁、床のタイルは鉄道各社の資産です。もちろん、天井の誘導灯や案内板一枚にいたるまで、傷つければすべて我が課の賠償対象となります』


『そ、そうです! 私、さっきからJRさん、京王さん、小田急さん、東京メトロさん、都営地下鉄さんから同時に電話がかかってきて、もう胃の形が変わりそうなんですから! 刑部さん、本当にお願いしますよ!』

通信の向こうで、外務係長が泣きそうな声を上げている。


「外務係長、無茶言わないでくださいよ! こっちは数トンの鉄の塊を動かしてんだ!」

刑部は操縦桿を繊細にコントロールし、Mk-IIをホイール走行から精密な四脚歩行へと切り替えた。

入り組んだ新宿駅の地下通路。曲がり角の先から、あの不快な高周波のモーター音が響いてくる。


「見つけた……!」


前方の通路、天井近くをジグザグに飛び回る黒い違法ドローンを捕捉した。

刑部は右メインアームを突き出し、レーザー・ダズラーのスイッチに指をかける。


「ダズラーでセンサーを焼く!」

「待って、刑部さん! 撃っちゃダメ!」

瑞希の鋭い制止が入る。

「背後の壁を見て! 案内板のデジタルサイネージがあるわ。ダズラーの出力をあそこに直撃させたら、液晶が焼き切れて何百万円の損害になるか分からない!」

「くそっ、財前みたいなこと言うな!」

「当然の指摘です、刑部。サイネージの弁償代はあなたの給料から引き切れません」

財前の容赦ない追撃に、刑部は操縦桿を握る手に冷汗をにじませた。


散弾砲ショットガンなど論外。跳弾すれば駅の構造物を破壊し、一般客に危害が及ぶ。

射線が通らず、非殺傷兵兵器すら制限される地下迷宮。ドローンはMk-IIを嘲笑うかのように、丸ノ内線の改札方面へと鋭角に曲がって逃走を図る。


「逃がすかよ……! 瑞希、この先のルートは!?」

『この先は広いコンコースに出るわ。だけど、地下鉄がトンネルから侵入してくることによる独特の『列車風れっしゃかぜ』が、換気口から吹き出しているはず。その風圧で、ドローンは一瞬、高度を下げざるを得ないわ!』


「そこが狙い目だな!」

刑部はMk-IIの脚部サスペンションを限界まで引き絞り、コンクリートの床を蹴った。

ホイールとレッグのハイブリッド機動が、地下通路の角を滑るように曲がり、広いコンコースへと躍り出る。


瑞希の予測通り、地下の排気口から凄まじい列車風が吹き上がった。

暴走ドローンが風に煽られ、ふらりと高度を下げたその瞬間――。


「これで、詰みだァ!!」

刑部が展開したのは、右補助腕のシングル・ローター・ブレード。

高速回転する金属の刃が、ドローンのプロペラだけをピンポイントで正確に、かつ最小限の衝撃で弾き飛ばした。


推進力を失った黒い機体が、床に向けて落下する。

そこへすかさず、左補助腕のゲージ・シールドを滑り込ませ、床のタイルに激突する直前で、ガシィッと優しくキャッチした。


ガシャアアン……と、Mk-IIが静かに着地する。

周囲の柱にも、床にも、傷一つついていない。


「……対象の完全確保。駅の設備も、サイネージも、オールクリアだ。ミッション・コンプリート」

刑部が深く息を吐き出し、コクピットのハッチを開けて地下の生温かい空気を吸い込んだ。


『見事な制圧です、刑部君ん。雲井さん、財前さんも素晴らしいサポートでした』

羽代課長の静かな称賛の声が響く。

『よかった……! 本当によかった……! これで鉄道各社に頭を下げずに済みます……!』

外務係長が心底安堵したように、通信の向こうでへたり込む音が聞こえた。


「いやぁ、冷や汗かいたぜ。金剛さん、終わったからキャリアーを回してくれ」

「おう、お疲れさん。被害ゼロたぁ大したもんだ」


Mk-IIを撤収させようとしたその時、財前が手元のタブレットを見つめたまま、凍りつくような声で呟いた。


「……刑部さん。今、警視庁から追加の連絡が入ったわ」

「ん? なんだよ、財前。ドローンはもう捕まえたぜ?」

「今回の暴走ドローンを追跡する際、あなたが搬入口から進入したルート……。あそこ、東京都の管轄の『有料駐車スペース』を2区画分、Mk-IIの足がまたいでいたそうよ」


刑部は嫌な予感がして、首をすくめた。

「……それが、どうしたんだよ」


「キャリアーの分も含めて、1時間分の超過料金が発生しています。それと、進入時に警察が設置したカラーコーンを、Mk-IIが踏み潰した形跡があるとのことです。合計で、一万二千八百円の請求です」


『……えっ?』

羽田の通信機越しに、外務係長の声が裏返った。

『一万、二千……? 予算申請の修正、また私が各所に書類を回すんですか……? 今から……?』


「あ、外務係長? 係長ー!?」

刑部が呼びかけるが、通信の向こうからは、ただ胃薬の瓶がサラサラと虚しく揺れる音だけが返ってくるのだった。


大都会の地下迷宮で繰り広げられた追走劇は、やはり空対課らしい、世知辛いオチと共に幕を閉じた。

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