第41話:観光地の空とシラス丼
第41話『観光地の空とシラス丼』
「……江ノ島大橋、大渋滞じゃねえか。労働時間内に帰れるのか、これ」
「文句を言わないの、金剛さん。それにこの辺り、大型車両の駐車料金がバカにならないんだから」
初夏の陽光が降り注ぐ神奈川県・湘南海岸。
観光客でごった返す江ノ島へと続く橋のたもとに、空対課の巨大なキャリアーが窮屈そうに停車していた。
の金剛鉄平がハンドルに突っ伏し、財前鏡子が領収書の束を睨みながら電卓を叩いている。
今回の出動は、ゴースト・パピヨンが絡むような大規模テロではない。
『動画配信サイトで目立ちたい』という承認欲求をこじらせた迷惑系配信者が、違法に改造した超高速FPV(一人称視点)ドローンを江ノ島上空で飛ばし、観光客や参拝客を煽り散らしているという通報だった。
神奈川県警からの応援要請を受けた「日常業務」である。
「刑部、Mk-IIのシステムは正常よ。対象の違法ドローンは現在、江ノ島シーキャンドル(展望灯台)の周辺を旋回中。時速80キロで飛び回ってる」
気象庁出向の雲井瑞希が、モニターに風速データを重ね合わせながら告げる。
「了解だ、瑞希。とっとと虫網で捕まえて、美味いシラス丼食って帰ろうぜ」
刑部風人が操縦桿を握り、Mk-IIがキャリアーから発進する。
だが、その動きはひどく鈍重だった。
『刑部くん、気をつけてくださいね』
羽田の庁舎から、羽代課長の涼やかな声がインカムに響く。
『江ノ島神社へ続く参道は歴史ある石段です。Mk-IIの重量で石を割ったり、周囲の土産物屋の看板を壊したりすれば、藤沢市と神社庁から莫大な損害賠償を請求されます。慎重に、優雅に歩いてください』
『そ、そうですよ! 私は今、神奈川県警と観光協会に必死で頭を下げてるんですからね!頼みますよ、刑部くん』
外務係長の胃薬を噛み砕く音が、通信越しに聞こえてきた。
「無茶言わんでください! パトランプ回した数トンの四脚メカで、観光客を避けながら石段を登る身にもなって下さいよ!」
Mk-IIはホイール走行を封印され、四脚モードの「つま先立ち」のような姿勢で、参道の階段を一段一段、冷や汗をかきながら登っていく。
周囲の観光客たちはパニックになるどころか、「うおお、国交省のロボだ!」「写真撮っていいですか!」とスマホを向けてくる始末だ。
ようやく頂上の広場へたどり着くと、上空からけたたましいモーター音が接近してきた。
配信者の操る違法ドローンが、Mk-IIを新たな「被写体」と認識し、挑発するように周囲を飛び回り始めたのだ。
「舐めやがって。財前、散弾砲の許可は!」
「下りるわけないでしょう。観光客の頭上で散弾なんか撃ったら大惨事です」
「だよな! じゃあ、ダズラーで焼く!」
刑部が右メインアームのレーザー・ダズラーを照射するが、ドローンはマニュアル操縦によるアクロバット飛行で光の束をひらりとかわす。
『刑部さん、深追いしないで』
瑞希の冷静な声が飛ぶ。
『相模湾からの南風が、島の崖にぶつかって強い上昇気流を作ってる。あのドローン、バッテリーを節約するために、必ずシーキャンドル裏手の気流に乗って高度を稼ごうとするはずよ』
「なるほど、風の道で待ち伏せってわけか。瑞希の予測ポイントはどこだ?」
『現在地から右へ15メートル。3、2、1……来るわ!』
「もらったァ!」
刑部はMk-IIの脚部サスペンションを瞬時に沈み込ませ、瑞希の予測したポイントへ向けて跳躍した。
下から吹き上がる風に乗って、違法ドローンがフワリと浮き上がったまさにその瞬間。Mk-IIが空中で対象の正面に立ち塞がった。
「自衛隊の『完全自動』も凄いが、こっちには最高のナビ(人間)がいるんだよ!」
刑部が右補助腕のシングル・ローター・ブレードを展開する。
狙うのは機体の破壊ではない。ブレードの鋭い回転を利用して、ドローンの周囲の「空気の流れ」を強引に断ち切ったのだ。
ブレードが生み出した乱気流に巻き込まれ、ドローンは完全に揚力を失って失速する。
そこへすかさず、左補助腕のゲージ・シールドを「虫網」のように展開し、落下してきたドローンをガシィッと優しくキャッチした。
「対象の確保を確認。……ミッション・コンプリートだ」
Mk-IIが着地し、周囲の観光客から拍手と歓声が湧き上がる。
インカムからは、羽代課長の『お見事です、皆さん』という労いの言葉と、外務係長が『よかった……これで始末書を書かずに済む……!』と泣き崩れる声が聞こえた。
数時間後。江ノ島大橋のたもと。
違法ドローンと配信者を神奈川県警に引き渡した空対課の面々は、参道の食堂で名物の「生シラス丼」を囲んでいた。
「いやぁ、労働の後のメシは格別だな! 金剛さん、醤油取ってくれ」
「おう。刑部も瑞希も、今日はいい連携だったじゃねえか。……おい財前、お前シラス丼に電卓並べて何してんだ?」
「……今回のキャリアーの燃料代、江ノ島の大型駐車場代、そして観光地価格のこのお昼代」
財前が冷酷な目で電卓の液晶を弾き出した。
「どう計算しても、経費(予算)をオーバーしています。というわけで、このシラス丼は皆さんのお給料から天引きの自腹となりますので、美味しくいただいてくださいね」
「「「えええええええええっ!?」」」
湘南の青い海に、刑部たちの悲鳴が響き渡る。
一方その頃、羽田空港のプレハブ庁舎では、羽代課長と外務係長が順番にコンビニの鮭弁当を温めていたのだった。




