第39話:南国(トーキョー)の特命出張
第39話『南国の特命出張』
「……おえぇぇぇ……」
「金剛さん、エチケット袋もう一枚いります?」
「すまん、財前……。厚労省時代に船の立ち入り検査は何度もやったが、24時間揺られっぱなしは流石に堪える……」
竹芝桟橋からフェリー『おがさわら丸』に揺られること実に24時間。
国土交通省航空管理局「空対課」の出張組は、小笠原諸島の玄関口である父島・二見港(東京都小笠原村)に降り立っていた。
青く透き通った海、照りつける南国の太陽。だが、金剛鉄平の顔色は青白い。
「ここもれっきとした『東京都』よ。私たちの管轄内」
雲井瑞希がタブレットで現在地の風速データを読み込みながら淡々と言う。
財前鏡子は、港に降ろされたばかりの巨大なキャリアーをねめつけながら眉間を押さえた。
「それにしても……機材の運搬費だけで今月の予算の半分が吹っ飛びました。これで空振りに終わったら、私、霞が関で腹を切りますよ」
「金剛さん、しっかりしてくれ。仕事の時間みたいだぜ」
刑部風人が海を指さした。
彼らの視線の先、二見港の沖合から、猛スピードで接近してくる数機の黒い影がある。
通信が繋がり、羽田のプレハブ庁舎で留守を預かる羽代課長から、衛星通信越しに静かで凛とした声が響いた。
『皆さん、長旅お疲れ様です。対象は小笠原の固有種(希少動植物)を不法に持ち出そうとしている密猟グループの無人機です。パピヨンの技術を流用した自律型と見られます。刑部さん、Mk-IIの起動をお願いします』
『私と課長は羽田から各省庁への根回しを全力でサポートするからね! 頼んだぞ、現場組!』
モニターの端で、外務係長が電話を何台も抱えながら叫んでいる。
「了解。金剛さん、キャリアーのハッチを開けてくれ!」
「おう! ここからは自走しろ、刑部!」
金剛がフラフラになりながらロックを解除する。
パトランプを回転させ、Mk-IIが二見港のコンクリートへ降り立つ。
「さあて、コンクリートジャングルじゃない本当の大自然だ。四脚モードの出番だな!」
刑部が操縦桿を切り替えると、Mk-IIはホイール走行から歩行モードへ移行し、ガシャン、ガシャンと重低音を響かせながら岩場と急斜面へ向かって跳躍した。
『刑部さん、気をつけて。海風が崖にぶつかって複雑な上昇気流を生んでいるわ。敵の軌道が読みにくい!』
「了解、瑞希! さっさと撃ち落として終わらせるぜ。外務係長、散弾砲の使用許可を!」
『ま、待て! 撃つな!』
羽田の外務係長が、悲鳴のような声を上げた。
『そこは世界自然遺産だぞ! 環境省の自然保護官から「鉛玉や破片が固有種のアカガシラカラスバトに当たったらどうするんだ!」って猛抗議が来てる!』
「なんだと!? じゃあどうやって密猟ドローンを止めろってんだ!」
『刑部くん』
羽代課長の冷静な声がインカムに割り込む。
『環境省と林野庁、および小笠原村役場の決裁が下りるまで、発砲は許可できません。対象を自然保護区域外、つまり海上へ誘導してください。それまでは非殺傷兵装での足止めをお願いします』
「だからそれがお役所仕事だって……うおおおっ!」
上空から急降下してきた密猟ドローンの一機が、Mk-IIへ向けて突進してくる。
刑部は咄嗟に左補助腕のゲージ・シールドを展開して激突を防ぐが、足場は舗装されていない赤土の斜面だ。機体が大きくバランスを崩す。
「くそっ、財前! 足場が悪くてシールドじゃ押し負けるぞ!」
「気合で踏ん張ってください! シールドの予備パーツは今期もう買えません!」
「無茶言うな!」
ドローンがシールドの死角に回り込み、鋭利なカーボンブレードを展開してMk-IIの脚部を狙ってきた。
「瑞希、敵の風下をとる! ナビ頼む!」
『右へ3メートル! 次の突風に合わせて踏み込んで!』
瑞希の完璧なタイミングに合わせ、刑部が機体をスライドさせる。
「散弾がダメなら、こいつで斬り払う!」
刑部が展開したのは、右補助腕のシングル・ローター・ブレード。
強烈な回転を伴う近接迎撃用の刃が、唸りを上げて空を裂く。
ガギィィィン!!
火花を散らしながら、密猟ドローンのカーボンブレードを真っ向から叩き折り、その衝撃で敵機を海上へと弾き飛ばした。
『……よし! 環境省からOK出ました!』
羽田の外務係長が叫ぶ。
『海上保安庁との調整も完了しました。発砲許可です、刑部さん。決めてください』
羽代の声が響いた瞬間、刑部の目に獰猛な光が宿った。
「待ってましたァ!!」
左メインアームの特殊散弾砲が火を噴く。
海上へ向けて放たれた特殊ネット内蔵の散弾が、迫り来る密猟ドローンをまとめて空中で絡め取り、青い海原へと叩き落とした。
「……対象の沈黙を確認。ミッション・コンプリート」
刑部が深く息を吐き出す。
「はあ……終わった……」
羽田の通信機越しに、外務係長がデスクに突っ伏す音が聞こえた。
「お疲れ様です、皆さん」
羽代課長の声は相変わらず涼やかだ。
「では、回収した密猟ドローンの引き渡しと、環境省への『自然を壊していません』という報告書の作成をお願いしますね」
『わ、わかりましたぁ……』と現場組の声が響く。
「あ、そうだ」
現場の財前が容赦のない事実を告げる。
「次の東京(本土)行きのフェリー、3日後まで出ませんからね。それまで出張組は、宿で報告書作りと待機です。もちろん残業代は出しませんよ」
「「「えええええええええっ!?」」」
南国の青い空に、刑部と金剛の悲鳴、そして瑞希の深いため息がこだました。
彼らの過酷な「東京出張」は、まだ始まったばかりである。




