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第38話:滑走路端の番人


第38話『滑走路端ランウェイエンドの番人』

東京国際空港——通称、羽田空港。

その広大な敷地の片隅、かつて旧整備場の資材置き場だったうらぶれた区画に、国土交通省航空管理局「小型無人機対策課」、通称・空対課の真新しいプレハブ庁舎と格納庫がある。

「あー、もう! なんで正式配属になったのに、エアコンの効きが試験運用時代と変わらないんですか!」

財前鏡子がデスクの上の卓上扇風機を叩きながらぼやいた。

「予算編成の時期を逃したからだよ。それに、君が『備品購入費は極力抑える』ってハンコを押したんだろ?」

外務係長が、胃薬を水で流し込みながらツッコミを入れる。

その時、のどかな空気を切り裂いて、けたたましいアラートが庁舎内に鳴り響いた。

『緊急警報。多摩川河口上空、高度300。未登録の大型無人機が侵入。警告を無視し、羽田の制限表面へ向けて飛行中』

雲井瑞希が即座にモニターを叩く。

「対象は高出力のローターを持つ違法改造機。積載重量から見て、爆発物か……あるいはゴースト・パピヨンの息がかかったスウォームのジャマー機の可能性があります。このままではC滑走路の進入経路アプローチ・パスに干渉します!」

「旅客機が降りてくるルート上じゃないか……!」

外務が顔面を蒼白にした。

「金剛さん、キャリアーを出してください。刑部くん、Mk-IIの起動を。現場は第1ゾーン、多摩川河口の干潟です」

羽代課長の声には微塵の焦りもない。彼女の冷徹で丁寧な指示が、チームを一瞬で「現場の顔」に切り替えた。

「了解。労働基準法には抵触しねえ時間帯だが、急ぎの仕事だ。飛ばすぜ!」

金剛鉄平が、大型キャリアーのアクセルを踏み込む。白とネイビーブルーに塗装された法執行仕様の「ADUADS Mk-II」を載せた装甲車両が、空港内の外周路を猛スピードで駆け抜けた。

「刑部、システムオールグリーン。Mk-II、いつでも出れるぞ」

「了解!」

キャリアーのハッチが開き、全長3.8メートルの四脚歩行・装輪ハイブリッド機が、パトランプの赤い光を回転させながら飛び出した。

ホイールの駆動音を唸らせ、アスファルトを蹴って多摩川の河川敷へと滑り込む。

頭上の空には、着陸態勢に入った民間旅客機の巨大な腹が見える。そのはるか下方、川面を舐めるような超低空を、黒い影――違法改造ドローンが猛スピードで滑空してきた。

「対象を捕捉! 課長、散弾砲ショットガンの使用許可を!」

刑部が叫ぶ。

「現在、警察庁および航空局と調整中です!」

外務係長が電話を三台同時に耳に当てながら悲鳴を上げている。

「ダメです! 旅客機の着陸経路直下での発砲なんて、万が一ペレット(散弾)が旅客機のエンジンに吸い込まれたら大惨事だと、上が首を縦に振りません!」

「財前さん、被害想定の試算を警察庁に回してください。金で解決できると分かれば彼らも動きます。刑部さん、許可が下りるまで対象の足止めをお願いします」

「無茶苦茶言ってくれるぜ……!」

刑部が操縦桿を引くと、Mk-IIが四脚の姿勢制御を駆使して干潟の泥濘をスケートのように滑走した。

右メインアームを突き出し、非殺傷兵器であるレーザー・ダズラーを照射。強烈な光の束が違法ドローンの光学センサーを焼きにかかるが、敵はAIによる自律機動で蛇行し、直撃を避ける。

『刑部さん、海風シーブリーズが強まっています! 風速7メートル、敵機の軌道が右に流れる!』

「サンキュー、瑞希!」

雲井の完璧な気象予測によるナビゲートを受け、刑部は敵の回避先へと先回りする。

ドローンが突破を諦め、邪魔なMk-IIを排除すべく、鋭利なカーボンブレードを展開して特攻を仕掛けてきた。

「撃てないなら、弾く!」

左補助腕のゲージ・シールドを前面に展開。

ガキィィィン!! という金属音と共に、激しい火花が散る。Mk-IIの巨体が泥に沈み込み、後方へズルズルと押し込まれた。

「くそっ、出力が高い! シールドが保たねえぞ!」

「外務係長! まだですか!」

「待って! 今、ハンコが……警察庁警備局長の決裁が下りました!!」

「上空の旅客機、クリアしました。発砲許可ウェポンズ・フリーです。制圧してください、刑部くん」

羽代課長の声がインカムに響く。

「待たせやがって……! これが“お役所仕事”のやり方だ!!」

刑部が左メインアームの特殊散弾砲を構える。

照準システムが赤から緑へ。

トリガーを引く。

轟音と共に放たれた対ドローン用のネット内蔵散弾が、至近距離で違法ドローンを捉えた。

無数のペレットがローターを粉砕し、展開した特殊ネットが機体を絡め取る。黒い機体は推進力を失い、多摩川の浅瀬へと水飛沫を上げて墜落した。

「……対象の沈黙を確認。ミッション・コンプリート」

刑部が安堵の息を吐きながら、パトランプの光を止めた。

「お疲れ様。……で、刑部さん? シールドの装甲材がひしゃげてるんだけど、この修理費、誰が始末書書くの?」

通信越しに、財前の氷のような声が響く。

「……外務係長、お願いします!」

「なんで私なんですか!」

夕焼けに染まる羽田の空に、今日も旅客機が安全に降りていく。

回収したドローンの基盤には、あの「パピヨン(蝶)」の刻印が微かに刻まれていたが、それを解析するのはまた明日の業務(仕事)である。

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