第37話:湾岸フル・バースト
第37話:湾岸フル・バースト
1. 撃ってよし、壊してよし
「……えっ。本当に撃っていいんですか?」
羽田の詰め所で、刑部風人が思わず聞き返した。
ここ数回の出動が「皇居」や「明治神宮」といった、絶対に傷をつけてはいけない超デリケートな現場ばかりだったため、彼の感覚はすっかり「忍び足モード」に慣れきっていた。
「ええ、存分にやりなさい」
羽代課長が、モニターに東京湾の海図を映し出しながらニヤリと笑った。
「現在、東京湾の沖合に建設中の『メガフロート式・洋上風力発電プラント』に、所属不明の重装甲ドローン5機が接近中。プラントの建設を妨害する、過激な環境テロリストか産業スパイの可能性が高いわ」
「現場は海の上。周囲5キロ以内に民間人はゼロ、歴史的建造物もゼロよ!」
財前鏡子が、珍しくノリノリでキーボードを叩く。
「総工費数千億円の国家プロジェクトを守るためよ。今回ばかりは、Mk-IIの火器管制システムのリミッターを完全解除します。弾薬費の稟議はすでに通してあるわ!」
「おおっ! 久しぶりに相棒の『本来の力』が出せるってわけか!」
刑部が歓喜の声を上げる。
「文化庁や宮内庁の偉いさんに頭を下げなくていい現場……最高です!」
外務係長までもが、感動のあまり涙ぐんでいた。
「よし野郎ども! 久しぶりのドンパチだ、キャリアー出すぜ!」
金剛の怒声とともに、空対課のメンバーは弾かれたように出動した。
2. 海風と重装甲
東京湾、海ほたるパーキングエリアのさらに沖合。
海上にそびえ立つ巨大な風力発電のタービンのメンテナンス・デッキに、クレーン船によってADUADS Mk-IIが降ろされた。
「潮風が気持ちいいぜ……! 瑞希、状況は!」
刑部が操縦桿を握り込む。機体のシステムはすべてグリーン、武器のセーフティは解除されている。
「目標、高度50メートルから接近中! ……気をつけて、刑部さん。相手は民生用の改造じゃないわ。分厚いカーボンケブラー装甲を纏った、軍用崩れの『強襲型』よ。普通のネットランチャーじゃ弾き返されるわ!」
瑞希が、海風のデータと敵の熱源反応を重ね合わせながら警告する。
「上等だ。重い鎧を着てるなら、まずは『目』を焼いてやる!」
ブォォォン! という重低音とともに、5機の無骨な重装甲ドローンがプラントに向けて急降下してきた。その下部には、プラントの施設を破壊するための小型爆弾が抱えられている。
3. 閃光
「敵機、光学センサーと赤外線レーダーによる複合ロックオンの兆候!」
財前の声が響く。
「させるか! 右アーム、レーザー・ダズラー、最大出力!!」
刑部がトリガーを引いた瞬間、Mk-IIの右腕にマウントされた照射装置から、空気を焦がすような高出力の指向性エネルギー光――「レーザー・ダズラー」が放たれた。
――ピカァァァァッ!!!
真昼の海上にあってなお、直視できないほどの強烈な閃光がドーム状に広がり、先頭を飛んでいた3機の重装甲ドローンの「顔」を直撃した。
パチパチッ! と敵機のカメラレンズが焼け焦げ、内部の光学センサーが完全に焼き切れる音が響く。
「視覚」を奪われたドローンたちは、パニックを起こしたように空中でバランスを崩し、互いに衝突しそうになって陣形を崩した。
「よし! 敵のフォーメーション崩壊! 刑部さん、今よ!」
瑞希が叫ぶ。
「相棒、ごちそうの時間だ!」
4. 散弾、乱れ撃ち
刑部はMk-IIの左アームに懸架された主武装――対ドローン用特殊散弾銃のグリップをがっちりと握り込んだ。
「一機目!」
空中でふらつくドローンに狙いを定め、引き金を引く。
――ズドンッ!!!
12ゲージの特殊マグナム弾から放たれた無数のタングステン球が、海風を切り裂き、ドローンの分厚いカーボン装甲を粉々に粉砕した。爆発物を抱えたまま、一機目が海面へと真っ逆さまに墜落していく。
「二機目、三機目!」
刑部は機体をターンさせながら、ポンプアクションで次弾を装填。連射だ。
――ガシャッ、ズドン!! ガシャッ、ズドン!!!
腹に響くような発砲音が海上に轟く。
どれほど分厚い装甲を持っていようと、Mk-IIの至近距離からの散弾を浴びればひとたまりもない。空中で火花が散り、バラバラになったドローンの残骸が、次々と東京湾の波間に吸い込まれていく。
「残り二機! 爆弾を捨てて逃走姿勢に入りました!」
「逃がすかよ!」
刑部はMk-IIの四脚をデッキに踏ん張り、上空へ向けて銃口を跳ね上げた。
「瑞希、風の修正を!」
「北北東の風、風速8メートル! ターゲットの左下、1.5メートルを狙って!」
「了解!!」
刑部は一切の躊躇なく、残りの全弾を空へ向けて撃ち尽くした。
――ズドドドドンッ!!!
計算し尽くされた散弾の「壁」が、逃げる二機の進路を完全に塞いだ。ローターを蜂の巣にされたドローンたちは、断末魔のような駆動音を上げて海へと散っていった。
「……全機、撃墜確認。プラントへの被害ゼロ」
刑部が、銃口から立ち昇る硝煙を吹き飛ばすように、フゥッと長く息を吐いた。
5. 結び:硝煙と経費の匂い
「ヒューッ! 最高にスカッとしたぜ!」
金剛が無線越しに快哉を叫ぶ。
「本当に……玉砂利や御神木を気にせず、思う存分トリガーを引けるって、素晴らしいですね!」
刑部も、Mk-IIのコクピットの中で伸びをした。久しぶりに「本来の制圧任務」を完遂した相棒も、どこか誇らしげに排熱ファンを回している。
しかし、詰め所のモニター越しに、財前鏡子が冷ややかな声を出した。
「……刑部さん、随分と楽しそうね」
「そりゃあな! お前が『存分にやれ』って言ったんだろ?」
「ええ。プラントは無事に守られたわ。でもね……」
財前が手元の電卓をカタカタと弾く。
「ショットガンの特殊マグナム弾、計6発消費。一発あたりの単価が3万円だから、18万円。さらに、ダズラーを最大出力で照射したせいで、集光レンズにクラック(ひび)が入ったわ。特注レンズの交換費用が20万円。……しめて、本日の弾薬・消耗品費、38万円よ」
「げっ……」
「まあ、プラントの被害額に比べれば安いものだけど。……明日から一週間、あなたのデスクワークのノルマは3割増しよ。経費を使った分は、きっちり労働で返してもらうからね」
「……鬼!」
刑部が悲鳴を上げる中、瑞希と外務係長の笑い声が通信機から漏れ聞こえた。
東京湾の海風に吹かれながら、Mk-IIは空になったショットガンを静かに背中にマウントした。
大立ち回りの後の「経費の計算」もまた、空対課の立派な日常なのである。
【第37話:湾岸フル・バースト 完】




